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 目の前にたつ少年を見ながらアーチャーは考える。
 先には大層なことを言いはしたが、少年に本当の覚悟がないことに気づいていた。
 しかし、それを咎めるつもりは露ほどにもない。
 初めからこちらの領域に踏み入れさせるつもりはなかったし、何より坂井悠二は本当に覚悟を持っている。ただ、それの種類が違うというだけに過ぎない。
(正常と異常。その境界を越えることは容易ではない)
 その異常。それに伴う危険を避けられないこちら側に引き入れる必要はない。
 日常とは、それだけで尊いものなのだから。
(しかし……)
 違和感、それを感じる大元、つまり坂井悠二と名乗った少年をいくらか不躾とも取られるかもしれない目で眺める。
(契約のせいではないようだが……、この違和感はいったい)
 何か考え込んでいるのか、見つめられていることに気がついてないらしくどこか一点を向いたままの視線は揺るぎない。
 明らかに、住む世界は違うと言うのに、さほど動じていないように見える姿は、少したくましくも見えた。
 それが若さからくる楽天なのか、本人の資質なのかは判別しがたかったが。
 とにかく、アーチャーは内心では自分のマスターとなった少年を、見直していたのだ。



「なるほど、アーチャーか。なら僕は、君をアチャと呼ぶことにするよ」
 なんとなく、悠二が口にした言葉だったが、相当にお気に召さなかったらしい。
 少女は、半眼で、悠二を見つめている。
「――悠二、いや、マスター。君は私に喧嘩を売っているのかね?」
 その口から出た言葉は決して大きなものではなかったが、悠二にとっては全身を締め付けられるような錯覚を覚えるほどに威圧的であった。
「駄目かな?」
 それでも、どうにか口を開き、訊いてみる。
「駄目だ」
 少女はこれ以上ないというタイミングで即答し、悠二から視線を外した。
「……」
少女、アーチャーは背を向け、窓の外を見つめているようだ。
「呼び名に、そうこだわるつもりはないのだが、さすがに“アチャ”などと呼ばれるのは承服しかねる。それではポチ、とか と呼ばれているようなものだ。略すのはいいが、するなら私以外の者にしてくれ」
「それなら、何と呼べばいいのかしら?」
「基本的にはアーチャーが望ましいのだが、世間的には妙な呼び名には違いない」
「立派な名前だと思うけど?」
「さすがに、“アーチャー”とするのもな。とすると、“エミヤ”もしくは……あ、“アルトリア”が望ましい、と思う」
 何故か最後の方は小声になってしまって、何を言っているのかは聞き取れない。
 借り物がなんだと言っている様子だったが、悠二には聞こえなかった。
(多分、“エミヤ”が苗字かなんかで、“アルトリア”は名前だよな。それにしては自信ない、というかなんというか)
「いや、もちろん、一番いいのは“アーチャー”だ。やっぱり、さっきのは気の迷いということで忘れてくれると助かる!」
 傍目にも慌てているように見える姿が、悠二が持った印象を強固にする。
(エミヤは間違いないけど、アルトリアは多分本当の名前じゃないな)
「そうねぇ。悠ちゃん、女の子に“アチャ”どうかとおもうわ。」
「悠、ちゃん?」
 ずっとこちらに背を向けていたアーチャーの背が強張るのが傍目にもわかった。
 そのまま、戦車の砲塔のようにゆっくりと首だけがこちらへと向けられる。
 その視線が自分ではなく、別の場所で止まったことで初めて、悠二はこの部屋における三人目の人物に気がついた。
「か、母さん?」
 どこか上擦ってしまった声だったが、悠二の内心はそれ以上に動揺していた。
(う、やばい。いくら他意がないからって、こんな時間にアーチャーみたいな女の子が部屋にいるなんて弁解しようがないじゃないか)
「お、母さん?」
 アーチャーの声も上擦っていたが、悠二の耳には入らない。
 明確な事実として、この場所にアーチャーがいることは悠二の責任はないのだが、アーチャーという年頃の女の子が坂井悠二というこれまた年頃の男の子の部屋にいることは間違いない事実である。
 悠二に罪はないとしても。
「悠ちゃん。これはどういうことかしら?」
 この場の雰囲気から、そしてそれこそがこの状況で最善であることを感じた千草は、自分の息子に説明を求める。
 そして、その問いに応えたのは聞かれた当人ではなく、原因たるアーチャーであった。
「それは違います。ええと……」
「悠二の母で、千草と申します」
「ご丁寧にすみません。私はアーチャーと申します。千草さん。彼は何も悪くはない。実は、夜の散歩をしていたら、ちょっと、窓が開いていたものですから」
(いいっ……)
 悠二はそのアーチャーのあんまりな弁解に叫び声をあげそうになる。何とか踏みとどまりはしたが、表情が硬くなることを止めるまでは出来なかった。
「あらあら、お転婆さんねぇ」
「申し訳ない」
「もしかして、さっきの騒ぎは貴女の仕業?」
「はい。私が頼んだのです。隠して欲しいと」
「じゃあ、こんな時間に男の子の部屋に来たってことが悪い事だって、わかってはいるのね」
「はい」
 登場した時から放っていた、威圧感みたいなものを感じさせないくらい、アーチャーは千草の言葉に小さくなっていた。
 なにやらしゅんとしてしまったアーチャーだったが、それはそれでどこか不可解でもあった。
(何故、私はこんなに動揺しているのだ?)
 どこか常の自分からは信じられぬ自分を見つめながらも小さくなるしかないアーチャーは、坂井悠二の母たる女性の沙汰を待つ。
「まあ、これも何かの縁ですもの。どうやら、悠二とも初めて会ったみたいだし。あらためて、ようこそ」
「おじゃまいたします。ご厚意。痛み入ります」
 少しばかり常とは違うが、悠二の目の前で二人は挨拶を交わし、千草に先導されるように部屋から出て行く。
 それをぽかんと見ていた悠二は、母が呼ぶ声に、慌てて二人の後を追いかけた。

 
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