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 坂井家の屋根の上で、アーチャーは夜明けを迎えた。季節は春らしかったが、それでも普通の人間が夜を明かすには不都合に過ぎる場所だろう。とりあえず、恐れていた襲撃も、それに類するものもなかった。まさしく平和そのもの。
 坂井家から離れることはなかったが、アーチャーは一度としてその触覚にサーヴァントの気配を。その視界に異質なる存在を、入れることはなかった。
 だからこそ、アーチャーは昨夜の。この屋根の下に眠る新たなる主の異常を、不可解なものとして考える。
(あれは、なんだったのか……)
 日の光がゆっくりと姿を表すに連れて明るくなっていく空を見上げながら、アーチャーの心は昨夜のことに沈んでいた。

 テーブルを三人で囲んで和やかに進んでいたおしゃべりが終わった時には随分と時間が過ぎてしまっていた。おしゃべりといっても話していたのはほとんどアーチャーだけであり、坂井千草は何か質問をして、あとは聞く側。坂井悠二は、なにやら疲れていたのか何回か質問するくらいで、これまた聞く側に回っていた。結局アーチャー一人が話す側になってしまったわけである。しかし、重要なことは話さなかったとはいえ、これだけ自分のことを話したのは初めてかもしれない。そうアーチャーに思わせるほどに、坂井千草は話しやすい相手だったのである。
 とはいえ、いつまでも話し続けているわけにも行かない。人外であり、また飛び入りであるアーチャーとは違い、坂井母子には生活があるのである。
 結果として日付が変わる前に、坂井悠二は自身の部屋に戻り。そして、当然ながらアーチャーは別の部屋に案内されることになった。そして、これまたアーチャーにとっては当然のことだったが、睡眠する理由のない彼女は、音もなく窓から外に出、坂井悠二の部屋の窓から再び入ったわけである。
「うわぁ!? またっぎゅう」 
 これには当然坂井悠二は驚いた。何しろ、間近で見れば間近で見るほど、日本人とは違う顔立ちのアーチャーに、何となく気恥ずかしくなって口数少なくなっていたほどである。なんとなく、アーチャーと離れることを残念に思うところは確かにあったが、それに勝るほど安堵していた部分もあったのである。妙に疲れているという理由もあった。
 とにかく、振り向けば別れたばかり(といっても、十分以上は前だった)の少女が目の前にいるのだ。思わず叫び声をあげても仕方がないと言えば仕方がない。すぐにアーチャーの手によって塞がれることになったが。
 そのまま数秒時間が流れる。アーチャーは、坂井悠二が叫ぶことはないと判断すると、手を離した。
「なんだって、戻ってきたんだよ」
 悠二は、華奢にも見えるが随分と柔らかい手の平で口を塞がれたことの、何とも言えない気恥ずかしさと、単純な疑問を口に出す。そのぶっきらぼうさも、恥ずかしさからのものではあった。
「一応、警告をしておこうと思って」
「警告?」
「ああ。とりあえず、私が戦うための存在であることは理解しているな?」
「ん、まあ、少しくらいは」
「つまり戦う存在である私は、戦うために召喚されたわけになるのだから」
「戦う相手が、いるってことか」
「普通ならそうなる。だが、先にも言ったが私の召喚はイレギュラーだ。以前にもイレギュラーが発生したことはあるのだが、今回のようなものはないだろう。敵がいるか正直の所判断できない」
 簡単に言ってしまえば敵がいるかもしれないし、いないかもしれない、というわけだ。
「もしかして、敵ってのは問答無用に襲ってくるような奴らなのか?」
「それは、ふむ。サーヴァントはもともと英霊などというふざけた連中だ。よほどの奴でない限り不意打ちはないと思うが。マスター、そして召喚されたクラスにもよるな」
「それなら、さっきまでのお茶会は」
 主の言葉の意味が何なのか悟ったアーチャーは、少し視線を泳がせながら呟く。
「む、まあ、あれは。仕方がなかった、とでも言うしかないな。言い訳できぬ」
「そうか。じゃあ、それでいいよ」
「確かに、もう夜遅い。今日はもう、これくらいでいいか。しかし、随分と眠そうだな」
「少し、身体が重いんだ」
「それは、イレギュラーとはいえ私を召喚してしまった代償だろう。召喚自体に魔力は持っていかれなかったかもしれないが、私と契約している以上、少量とはいえこちらに流れてきているはず、ん?」
「どうしたんだ?」
「いや、少し違和感が。とにかく、その疲労は私と契約してしまったため、と考えてくれ」
「それじゃ、これはずっと続くのか?」
「ふむ。おそらく大丈夫だろう。その疲労は一時的なものだと思う。まあ、私があまりに消耗した場合には、再発する可能性は高いが」
「とりあえず、私は屋根の上で周囲を見張る。もしも危険が迫ったら起こすから、まあ安心して寝ていい」
「それで安心できると思う?」
「思わん。まあ、これは私の考えだが、おそらくサーヴァントは他にはいまい。故にこの心配も杞憂だと思うが。まあ、念のため、というわけだ」
「おやすみ」
「おやすみ、アーチャー」
 言葉を返した坂井悠二の目の前から、一瞬でアーチャーは窓の外に移動する。
 そして、鍵に近い窓の部分をコンコンと叩くと、屋根の上に飛び上がった。
「まったく。見た目は普通の女の子なのに」
 それが悠二の偽らざる気持ちである。しかし、ことごとく見せられた人間離れした行動には納得しなければならなかった。
「まさか、僕がこんなに順応力があるとは思わなかったけど」
 アーチャーがその真実の全てを語ったとは思っていなかったが、聞いた話だけでもとんでもないものである。
(やっぱり、人事に思っているんだろうか)
 言葉から心に呟くそれを変えながら、坂井悠二は灯を消して、自分の寝床にもぐった。

 屋根の上に直立し、アーチャーは周囲を見渡す。
(普通の、街だな)
 それがアーチャーの偽らざる感想であった。
 もっとも、聖杯戦争の本家である冬木市が、この町と何処か明確に異なる場所があるのか、と問われればアーチャーにはわからぬと答えるしかなかったろう。
(ここからわかることなど、ほとんどない、か)
 そう嘆息しながらも、周囲を見るアーチャーの瞳は鋭さを損なわない。
(坂井悠二から流れているものは、魔力なのだろうか)
 自分に満ちている力、それに対する違和感を感じながらアーチャーは一人ごちる。
 どこか、違うのである。それが明確にはわからぬが。
(少なくとも流れていることは確かだ。ただ、それがあまりに微量だからわからないのか……)
 坂井悠二自身が魔術とは関係ないところに生きてきたものである。それでも、アーチャーに微量とはいえ力が送られているのは、この世界の法則がもといた世界と違うからなのか。
(マスターとサーヴァントの関係になったからなのか。坂井悠二の力の総量は理解できる。今、疲れているのはそれが半分ほどに減っているからだろう) 
 アーチャーが坂井悠二に告げた言葉に偽りはない。少なくとも、ただ現界しているだけならば、坂井悠二が存在しているだけで十分だった。それくらい、アーチャーに送られてくる力とは少量だったのである。坂井悠二の全体の力と比しても。
(回復するのにどれくらいの時間を要するかはわからぬが、召喚はもうすんだのだ。後は回復……)
 その時、アーチャーは異変に気がついた。敵の存在ではない。坂井悠二に感じたのである。
(おかしい。先ほどまで半分程度に減っていたはずだ)
 ライン越しに坂井悠二が眠っていることを感じる。まさか眠ったから全回復、などということはあるまい。
 徐々に回復していくならともかく、一瞬で完全に回復するとはどういうことなのか。
(ただの一般人だと思ったが……)
 自分を召喚した者が、ただの人とは違うのでは、という気持ちを抱くと同時に、敵が存在する、と言う可能性を高くする。
 闇に向ける瞳は、さらに鋭さを増していた。

 
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