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 何時までも屋根の上に居るわけにも行かず、アーチャーは屋根から坂井悠二の部屋のベランダへと降り立った。そして、窓越しに自信のマスターとなった少年の状態を確認する。
(まだ、寝ているようだな……)
 そう心の中で一人ごちながら、アーチャーは窓ガラスに当てていないほうの手を幾分力を入れて握った。
(力は、いつもと変わらぬようだな)
 そう結論付けて、さらに目を閉じ、何かを探るような表情をする。
(ただ、サーヴァントというある種不安定な存在のせいか、持久力はない、か。まあ、セイバーもそうだったのだ、仕方ないと諦めるほかない。それに、これだけ持っていて同じにしてしまっては、憤慨されるかもしれない)
 小さく苦笑いにもた笑みを浮かべたアーチャーは、薄く開いた片目を坂井悠二のほうへと向ける。
 彼は紛れもない一般人に属する存在だ。妙な回復を見せたとはいえ、その判断はアーチャーの中では変わっていない。
(敵がいるか否かはともかくとして、平穏無事で帰れる、とは思わぬ方が良いのだろうな)
 そうアーチャーは相変わらず言葉にせず一人ごちながら、坂井悠二の部屋の窓を開けた。鍵は初めからかかっていなかった。

 拍手御礼SS きんぎんクロスシャナ。略してきんシャナ第六話。

 ベッドの中で眠りこける坂井悠二を見下ろしているアーチャーの表情は、傍目には随分とわかりにくいものだ。 
 ただ、穏やかに眠る少年を前に、彼女が何を考えているのかはわからずとも、彼女が何を行おうとしているのかは誰が見てもわかっただろう。それはすなわち。
「起きろ、マスター」
 坂井悠二を起こそうとしたわけである。
 それは、声を大にして行ったわけでも、色の混じったものであったわけでもない。
 ただただ、平坦に、事務的に。そんな印象を受ける言葉だった。
 だが、その対象となってしまった少年にとっては、そうとは思えぬものであったのだ。
「んん? ……う、うわああああああ!」
 それこそ冗談のように布団を跳ね上げ素っ頓狂な声を上げた少年――坂井悠二は後ずさる空間などないのに後ろに下がろうとして失敗した。その代わりにアーチャーへと声にならぬ叫びを上げる。
「ななななな、何してんのさ?」
 それは動転しているためか、言葉の足らぬものとなってしまう。 
 そして、そもそも悠二が動転してしまった理由を計ることが出来ないアーチャーは、足らなかった部分を察することは出来ない。それゆえ、彼女は淡々と事実だけを言葉にした。
「君を起こしたわけだが、マスター。何か問題が?」
「そ、そうかもしれないけど。そ、そのさ。君みたいな女の子が起こしに来るなんて、問題があるんじゃないかな」
「問題?」
 だが、アーチャーは悠二の言葉の意味にまったく気づいた様子がない。案外鈍いのか、なんて悠二が考え始めた頃。
 僅かに急いだような音を立てて階段を上がってきたものがあった。
「どうしたの、こんな朝から大きな声なんて――」
 入ってきたのは、坂井悠二の母である坂井千草である。
 ノックもなしに息子の部屋に入ることは稀なのだが、それは大抵悠二があまりよろしくない行動をとってしまったときに限られていた。
 今回はそういった事態ではなかったわけだが、千草は部屋の状況を一目見て事態を理解していた。
「あら!? ごめんなさい。私ったら、アーチャーさんを悠二の部屋に泊めてたなんて」
「――大丈夫です。何も問題はなかったですから」
 坂井千草の、柔らかながらも自分の失態を恥じる態度に、アーチャーは今更ながら自分の姿に気づかされていた。
 ある屋敷に仕事先を見つけてから、幾多の場所に確かに行きはした。行きはしたものの――
 坂井千草のような――そう、言うなれば現代人のような価値観を持つ人間と、形だけでも同じ部屋になったのは初めてだった。
 なるほど、確かに自分の今の体は曲がりなりにも、女性のものだ。
 坂井千草の心配は杞憂ではあるけれども、当然のことだった。
 そう思ってしまうくらいには、アーチャーは未だ自分の体に無頓着な部分があった。もしくは、意図的に考えまいとしているか、である。
(失態だったやもしれぬ。仮にも女の身、か……)
 さすがにマスターの情操にまで責任は持てなかったが、それでも。降り立った社会のモラルくらいは順守したい。
 そんなことを考えていたためか、何故、坂井千草がそのモラルを持っていながら、坂井悠二と同じ部屋にアーチャーを泊めたのか。その理由を深く考えることはなかった。

 それは朝食にしては物々しい量であったが、アーチャーはそれを何の問題もなく平らげた。
 それに坂井悠二が目を丸くし、坂井千草が喜んだわけだが。
 今の問題はそれではなかった。
 朝食の後の一時、と言うべきだろうか。和やかなムードでの言葉だった。
 頬に手を添えた千草は、若干困った顔をしながらアーチャーに告げた。
「そうね。その格好はアーチャーさんに似合ってるんだと思うのだけど。出歩くには少し、都合が悪いかもしれないわね」
「確かに……」
 千草の言葉に追随して悠二も頷く。
 外出を望んだアーチャーに対して向けられた言葉である。
「そういえば、昨日もそれで出歩いてたのかしら」
 隣でおっとりと言う千草に、隣に座っていた悠二は微かに動揺を浮かべたようだった。
(やはり、年相応の少年にしか見えないな) 
 ――驚くべき対応力、とでも言うべきなのだろうか。私が人外であることのみに関して、坂井悠二はその事実を完全に受け入れてしまっている。
 彼の何かが減っていると感じてしまったことが、そもそも彼が普通の人間ではないことを指しているのかもしれなかったが。
 それは単純にラインが繋がっているからなのかも知れぬと、アーチャーは判断を急ぐのは止めていた。
 とにかく、減っていたものが瞬く間に回復してしまっていた。それが事実である。
(その減ったものが何なのかということも――)
「アーチャーさん?」 
 気遣わしげに千草がかけた言葉に、アーチャーは慌てて反応する。
「そうですね。確かに、この格好で出歩くのはあまり好ましくはないでしょう。まあ、昨日は幸いにも夜でしたから」
「そうね。だけど可愛いんだからこんどからは駄目よ。夜のほうが人は少ないかもしれないけどその分危険も大きいのだから。でも、そうすると、どうにかするには私か――」
 少しずれているような気もアーチャーはしないでもなかったが。千草が解決策を見出してくれそうだったので、つい、愚痴るように自分の格好を呪っていた。
(サーヴァント、と言う形態でさえなければ、そのままの格好であったものを)
 そう思ってしまうのも仕方がない。国を違えるとはいえ、格好そのものは現代である。
 見るからに、同じ時代であるこの世界においても、多少の齟齬はあれ、今の服ほど問題はなかっただろう。
(しかし、今回がこれでは。あれが相当におかしなものだったことはやはり間違いないのだろうな)
 苦い記憶を思い起こしながら、アーチャーの口は、これからどうするのか。その意志を二人に告げていた。

 最終的に、少しお古になってしまった。坂井悠二の服を借りることで決着はついた。
 千草の服、女物の服を頑なにアーチャーが拒んだ結果であった。
 そして、それはこれから外出することを指しているのである。


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