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 バーサーカーさえ拘束した鎖が俺の腕に巻きつく。
 その見覚えのある鎖は、英雄王を飲み込んだ黒い穴から伸びていた。

「ぐっ――」

 腕を引く力が強くなり、既に限界を超えて酷使された体は悲鳴を上げながらも何とか堪える。
 そうやって堪えた分だけ、穴からは、鎖の主が姿を表していた。

「なっ、まだ、生きて」

 残った左腕に鎖を持つ姿はいたるところが融けかけていた。それでも、鎖を持つその手は力強く、紅い目もその輝きを失ってはいない。

「て、てめえ。道連れにする気か!?」

「たわけ。死ぬつもりなどないわ。我がここを出るまで堪えろ下郎」

 くっ、こんな時までそんな王様発言を。
 腕は千切れそうなほど引かれ、体を支える足も既に痙攣するように引き攣っていた。
 このままでは、奴もろとも穴に引きずり込まれてしまう。
 万が一、持ちこたえたとしても奴がここに戻ってきてしまう。
 つまりは――俺ひとりでは、助かりようがないということ。
 助からないのならば、こいつを外に出すわけには往かない。

「なら、てめえだけでも!」

「な、に?」

 自分の腕に巻きついた鎖が離れないよう、しっかりと自由な手で握り締める。
 たとえ、千切れても絶対離さない。

「この世には顔を出させねえ!!!」

 引く力に逆らわず、迷わず、穴へとその身を投げ出した。

「ば、馬鹿な。正気かぁ!?」

 転がり落ちる。
 体が融けるのを感じながら際限なく落ちていく。

 このまま、肌を焼き、肉を削ぎ、骨を外すのだろう。
 それよりも、体を焼く痛みより、心を犯す呪いの方が耐えがたかった。
 自分がなくなっていく。消えていく。何もかも、自分が自分でいられなくなる。
 それがどうしても我慢できなくて、犯されるくらいならと、自分の世界に閉じこもる。
 そうしてあっけなく、衛宮士郎はその心を闇に閉ざした。


 拍手御礼SS 英雄王な士郎もとい士郎子な英雄王?


「ちぃ、役に立たん雑種だ。我を支える杭にすらならんとは」

 再び融けだした自らの体を忌々しげに見ながらギルガメッシュは一人ごちる。

「む、なんだ。雑種の体か」

 暗い闇の中、自分とは違う存在を目に入れた。
 サーヴァントたる自分と比べて、その体はまだ原形を留めていた。
 なるほど、融けだしてはいるものの、既に手遅れになりつつある自分とは違い、まだその型を残している。
 受肉したとはいえサーヴァントである自分が、この泥に耐性が低いのはともかくとしても。ただの人間、それも脆弱な現代の人間がまだその体を残していることに疑問を浮かべる。
 そして躊躇などすることなく、すでに爛れた手に巻きついたままだった天の鎖を引き寄せた。
 この穴に飛び込む前によほどしっかりと巻きつけていたのか、雑種の体を引き寄せることは容易だった。

「ふむ」

 既に目も片方失ってはいたが、まだ見ることは出来る。
 雑種の精神は死んでこそいなかったが、何か殻に閉じこもるように奥底に沈んでいる。
 つまり、この体が残っていることに雑種自身の意思は関与していないということ。

「何か、こいつではなく別の何かが泥を阻害しているのか」

 そうして、先日、シンジに心臓を埋め込んだ時と同じように肘から先がない腕を、雑種の体に埋め込んだ。
 ズブズブと弄る。そこに容赦などなく、ただ知りたいがだけ。

「む、これ、か?」

 僅かに手に(といってもて自体は存在していなかったが)触れたものを、引き抜こうとして失敗した。
 触れるものは一つではなく、数多存在することにも気がついていたが、その微々たるカケラの一つでさえ自由にすることが出来ない。
 
「なるほど。雑種とはいえ、中々大層なものを所有していたのか。奪おうにもあまりに結びつきが強すぎてどうにもならん」

 腕を引き抜き心からの感嘆を言葉に顕す。
 宝としてなら、それこそ愛剣に匹敵する代物だろう。

「ふむ、良い案が浮かんだ。常ならば考えもしないだろうが、この状況では選り好みなどしてられん」

 すでに、消えかけようとしている最後の力を持って、天の鎖を操る。

「ふん。結果は運しだいというのが気に食わんが、まあ良い。それを越えてこそ、我が王たる証なのだろう」

 すでに、言葉を発するそれも、言葉にならず。ただ、爛々と光る左目だけが闇に映える。
 だが、その無残さをあざ笑うかのように天の鎖は、衛宮士郎と、ギルガメッシュの僅かな体に巻きついていく。
 そして、それが二人の全身を覆いその上からも幾重にも巻きつき中がわからなくなった時、ギルガメシュの意識も、闇の奥深くへと沈んでいった。



「ん、あっ……」

 どこかをたゆたうような、心地から覚醒する。

「ここ、どこだ?」

 頭がズキズキする。
 朦朧としかける思考に発破をかけ、自分が何処にいるのか確認した。

「俺は、あいつと穴に……」

(やっと気がついたか、たわけめ。我を待たせるとはいい度胸だ)

「うわっ!?」

 突然聞こえてきた声に驚いて、肩を震わせる。
 慌てて周りを見渡すが、声の主らしき人物は見当たらなかった。

(たわけめ、何処を見ている。ここだここ)

「この、声は――ギルガメッシュ! てめえ、何処に居やがる!)

(だから貴様は阿呆なのだ。雑種、我の声がどこから聞こえるのかわからんのか?)

 周りに奴の姿らしきものはない。
 その割にはすごく近くから聞こえてくる感じなのだが。

(ふん。のろまが。我が貴様の中にいる、と言えばわかるか?」

「なんだ、と?」

(ふん、感謝しろよ。貴様がこうして生きているのは、我が力を貸してやったからなのだからな)

 頼んだ覚えのないことだから、感謝する必要はない。
 だが、奴は気にしてないのか、言葉を続ける。

(それはともかくとして、貴様。自分自身の変化は気がついているのか?)

「変化って、何だよ」

(鈍い奴だとは思ってはいたが、よもやここまでとは。ますます救いがない。まあよい。今は貴様が我の住処なのだ。相応に育ってもらわねば困る。おい、自分の声で気がつかんのか?)

「声って、あれ?」

「俺、女になってる?」

(仕方あるまい。助かったのは運が良かったのだ。それくらい黙って享受しろ)

 何を馬鹿な。
 ああ、そうさ。俺が女になるくらいは黙って受け止めてもかまわない。
 命があるだけでも、御の字だからだ。
 だが、俺はギルガメッシュのやったことは忘れていない。
 こいつは――、イリヤスフィールを……

 一つ大きく息を吐いて心を落ち着ける。
 考えようによっては奴を俺の体に閉じ込めているようなものだ。
 感覚としても、触れるものは何もないがそうなのだろう。
 遠坂とのラインは感じられない。
 とにかく、ここが何処なのか確認しなければならない。

 そう結論付けて足を踏み出した瞬間。
 俺は地面と熱いベーゼを交わしてしまった。

(おい、何をしている。顔面で地面に接吻する趣味でもあるのか? 雑種)

「あつつ……」

 強かに打ち付けた顔を手で覆いながら立ち上がる。

「なんか、歩きにくくてっっておわっ!」

 また転びそうになって、今度は倒れずに持ちこたえた。

「なんか、アレがないだけでバランスが乱れるとは思ってなかった」

(ふむ、手足の長さはかつて経験したものと変わらぬだろうから問題ないとして。まあ、我は寛大でもある。すぐに慣れろとはいわんが、倒れなければよしとしよう)

「倒れなければ? もしかして、お前――」

 その俺の疑問を遮るように、どこか騒がしい声と、そのほかの音がする。
 それは土煙を上げながら近づいてきていた。

(ふむ、賊の類か。品のない顔をしている)

「そりゃ、見りゃわかるさ。問題はこの人数に対してどうするのかってことだろ」

 男が七人。どいつもこいつも時代錯誤な格好をしている。
 聖杯戦争もその類ではあったが、こいつらみたいに品がないわけではない。

「おいおい。何一人で喋ってるんだ」

「へへ、こいつ頭逝っちまってるんじゃねえの? だからこんなところを一人でいるんじゃないのか?」

「それもそうだな」

「たいしたもんも持ってねえみたいだし、楽しむとしようぜ」

「たしかに、けっこうな上玉だ。それくらいしねえと勿体ねえ」

 何やら、不穏なことを口走っているみたいだが、俺は喋るつもりはなかった。
 日本人の顔じゃないのに日本語を喋っているのも聖杯戦争で慣れたし。
 大切なのは、今、おかれている状況である。
 先の自分の運動性を考えると、有用なのは。

「貴様ら。今、我をどうすると言った?」

(なっ!?)

 俺の口が、俺に意思と関係なく動いた。
 そしてそのことに対する驚きは、口から漏れない。

(な、どういうことだ!?)

「ええい、少し黙っておれ。主導権を我が握っただけであろう」

 傍から見れば見えない相手に喋っているようにしか見えないのだろう。
 男達は、その下品な顔を精一杯、憐れむように歪める。

「はは、嬢ちゃん。俺達の腰のものが見えないのか?」

「見えてて言ってるんだったら、もう、救いようがないぜ?」

 その腰のものというのは、男達が下げている刃物のことだ。
 鉈のようなものを吊っている者もいれば、曲刀を提げている者もいる。
 共通しているのは、そのどれもが鈍らだということだが。人を傷つけるには十分すぎる。

「もちろん、見えている。そんなもので我を何とかできると考えていること自体が、万死に値するのだ」

 俺の口でギルガメッシュは見得をきると、何故か数秒何もせず固まった。

「む、指がならん。というより、我ができるのは口を動かすことだけか? ならば仕方ない」

(おい、ちょっと待て!)

 奴が言うとおりなら、俺の自由奪われているのは口だけだ。
 慌てて、勝手に喋りだす自分の口を押さえようとするが、奴の方が僅かに早かった。

「ゲートオブバヴィリョムニュ」

 最後の方は手が間に合ってしまったため変な言葉になってしまったが、そんなことは関係ないらしい。
 俺の背後の空間が揺らめき、その波紋の中から幾多の剣の切っ先が顔を出す。
 そして、その一つが、男達に向けて射出された。

(ば―――)

 罵倒の叫びも聞こえないくらいの怒号と共に、剣が男達の地面に着弾した。
 わざと外したのか、俺にはわからない。でもわかるのは当たっていたら、人間なんてひとたまりもないということ。
 自分達の目の前に出来た、人間業とは思えぬ破壊に顔を青くして。 

「うわわわあああああ」

 男達は各々多種多様な叫び声を上げて走り去っていく。

(すごい、逃げ足だ……)

 本当に人間なのかと思うくらい、ものすごい速さで逃げていく。
 あまりの速さで土埃が、空高く舞っているのが見えた。

「ふはははは、他愛無い下種め。まだ一発しか――って何してんだよ。おま、え。あれ?」

 突然また主導権(といっても口だけだが)が入れ替わり、その途端力が抜けて座り込んだ。

「なんだ、何でこんなに疲れ、て」

(ちっ、どうやら宝具は使えても、魔力自体は貴様の分しかないらしい。先のバビロンで使い切ったと言うことだろう。よもや、一発も十分に使えぬとは。雑種。我は今から眠る。我が起きるまでにすることは、わかっているだろうな)

「くそっ、こんなときまで王様な発言しやがって。そんなこと言ったって、俺も、もう意識、が……」

 体が傾き、地面に頬が触れる。
 悪態をつこうとして、それも敵わず、意識は闇に閉ざされた。


 
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