再び目が覚めても性別は変わったまま。神様、もう意地悪はやめて欲しい。
いったい、どれくらいの間気絶していたのか。そんなことは、時計を見れば簡単にわかると言うかもしれない。
とにかく、人間、信じがたい事態に直面すると気を失うってのはよくわかった。
うん、貧血なんかじゃないぞ。多分。
そもそも、自分の体が剣になったり、褐色のどこか気に食わない奴になったってここまで驚きはしない。
むしろ女になって気絶くらいで住んだ自分を褒めてやりたいものだ。虚しいけど。
「ああ、よかったシロウ。気がついたのですね」
ああ、どうやら俺はセイバーに膝枕してもらっていたらしい。
そんなことは起きてすぐに気がつけよと誰かが言うかもしれないが、起きて早々あお向けになっても天を衝く双丘が目に入れば、誰だって俺みたいになるだろう。うん、間違いない。
「セイバーが、着替えさせてくれたのか?」
「勿論です。そもそもいつも私が貴女を着替えさせているのに、どうして今日に限って自分で着替えるなどと言ったのですかシロウ?」
「あ〜、セイバー。いつも着替えさせてもらっているのかな、俺は」
「ええ、毎日朝夕。私が、貴女を着替えさせています。忘れたのですか?」
頬を膨らませるセイバーの顔はもうどうしようもなく可愛いが、生憎セイバーが言うような記憶はない。
そもそも、俺は男のはずだ。
今までの自分の記憶は夢だったと言うよりも、これはドッキリか何かと信じたいね。俺は。
さっきの経験は自分を一回り強くしたのか。
それとも、既に着替えてあることが気を強くしたのか。
どっちでもよかったが、心の中で悪態をつきながら立ち上がる。
ああ、そうさ。今自分が着ている服だって正面から見ることができる。
そりゃもう、斜めから見ても片目で見てもぼんやりと見ても鏡を見ても女物の服だよ。俺が着ているのは。
唯一の救いは、肌の露出が極端に少ない服だということだがそんなことは、まあ、些細なことだ。
「もう、大丈夫のようですね。シロウ」
安心したと、心からの笑みを浮かべるセイバーにクラッとなりかけたが何とか踏みとどまる。
うん。やっぱり、背が高くなってる。セイバーと比較することでよ〜くそれがわかった。
女の自分に背が負けるのは男として悔しいかもしれない。
それより、なんで女なのに自分の名前はシロウなんだ?
どっからどう読んでも男の名前じゃない、か。
「って、うわああああああ。俺は認めない。認めないぞ。俺は男、男のはずだ」
つい、自分の現状を認めようとした心に激を入れる。
自分が男であることを忘れてはならない。ならないったらない!
そうだ、男なんだから、しゃがんで地面にのを書いてもわるくはない。きっと。
「シロウ、やっぱり何処か悪いのですか? いきなり叫んだかと思えば、ぶつぶつと。貴女さえよければ、今日の縁談は延期ということにしますが?」
「へっ」
思わず立ち上がり、セイバーを真正面から見つめる。そりゃあもう、食い入るように。
「そんな、シロウ。そんな目で見つめられると、少し恥ずかしいのですが」
「ごめん、セイバー。だけど重要なことなんだ。大事だからこそ俺の目力も全開なんだよ」
「シロウがそう言うのでしたら。それに、悪い気分ではありませんし」
「ありがとう、セイバー。とにかくさっきセイバーが言ったことをもう一度言って欲しい」
「シロウはどこか、悪いのですか?」
「いや、そこじゃない、セイバー。その後だ」
セイバーから視線を外さぬままさらに近寄り、両肩に手を置く。
そして、二人の鼻先が触れ合うくらいに近づいた。
「シ、シロウ」
「さあ、セイバー、早く!」
叫んだため鼻と鼻がこっつんこしたが、かまわない。
「わ、わかりました。その後、ですね。貴女がよければ、今日の縁談は延期してもかまわない、と」
「縁談、と言ったのか!?」
「ええ、縁談です。間違いありません」
「誰が!?」
「シロウが」
「誰と!?」
「今日は五人の予定でした」
「五人!?」
「はい。いずれの方々も高貴な身分のお方ばかりです」
その後もセイバーは何か言っていたが、もう耳には入っていなかった。
足の力が抜ける。もちろん自分の体を支えきれるはずもない。
そのまま、セイバーに抱きかかえられる形になってしまったが、どうでもよかった。
「し、シロウ。そんな、いけない。私は、貴女とは――」
縁談、ということは相手は勿論男なのだろう。俺は女の体だし。
まあ、俺の名前はシロウだから、相手の男は女の名前かもしれない。
ああ、駄目だ。考えただけで気が遠くなる。
何が悲しくて女になって、しかも縁談なぞやらなければならないのだ。
俺は男だ。それも間違いなく。
そうして、俺はセイバーの体に支えられたまま、やっぱりデリケートな精神に蓋をする。
ああ、頼むから夢であってくれ、と願いながら。
頼むよ。ほんとにもう。
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