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  照りつける太陽と青い空。そして、果てしなく広がるのは砂の海。
  陽光を受けて黄金に輝く砂は、誰の目にも美しいと映るのではないか。
  だが、この砂の海が、死の世界であることを忘れてはいけない。

「■■■■■■■■」

  その場所に、ともすれば酷く場違いに聞こえる、異音が鳴った。
  これまた、誰が聞いてもこう答えるだろう。それは腹の音だと。

「うう〜」

  呻くような、真実呻く声なのだがとにかく恨めしげな声を、少女が発した。
  砂漠という場所で、何故か黒い豪奢なドレスを着て歩いている。
  それは、砂漠に慣れてない人間でも、そこまでの馬鹿はいまい……という格好だ。
  太陽の光を遮る布もなく、黒い衣服は際限なく熱を取り込んでいる。
  背は折り曲がり、遠目から見れば棒切れのようなものを杖にして歩いている。それも、真っ黒なのだから少女の格好は筋金入りなの かもしれない。

「ここは―――、どこなんだ……」

  黒装束の少女―――衛宮士郎が口の中で呟いた。年齢ニ十●歳。髪はくすんだ様な金髪。瞳の色も髪と似たような色だ。
  一言で言えば、可憐、いや凛々しいと形容すべき容貌をしている。
  だが、その顔も熱さの為か、それとも他に理由があるのか。とにかく、今にもどこかに飛び去ってしまいそうな、危うい顔をしてい る。
  とうに汗は流しつくし、髪や顔に張り付いていた砂も、随分と剥がれ落ちた。

「ほんとに、ここは何処なのさ」

  もう一度衛宮士郎は、答えるもののいない、たった一人の砂漠で恨み言を呟いた。

  衛宮士郎。名前が告げるとおり少女はれっきとした男性である。いや、男性であった、というのが正しいだろう。
  詳しくは語れないが、とにかくいろんな事象が絡み合ってこんがらがった挙句、この様な姿になってしまったのだが。
  まあ、死んだと思っていたのが、二番煎じどころか三番手くらいの実は死んでなかった、なんてことになって喜ぶべきなのか悲しむ べきなのか、その時は迷ったものだ。
  だが、今なら彼、いや彼女ははっきりとこう言うだろう。悲しい、と。

  まあ、死んだと思っていたのが生きてた、ってことはともかくも。
  百歩ほど譲って、身体が元の身体じゃなくなっていたことも。許せることだろう。
  後者にいたっては、すでに半月分あまり体験していたので、衝撃は少なかった。そこまでの道のりは、険しかったが。
  一人称が、いつのまにやら私になってるし。

  だが、目を覚ました場所が、まったく、記憶にもない場所だった。という事実は、受け入れられるものではなかったのだ。

  黒い棒、よく見れば、それが剣、だということがわかるだろう。
  それを、杖代わりにして砂漠を歩く。
  それは、広大で果て無き景色を余すことなく見せ付ける砂漠ではあまりに亀な歩み。
  それは、少女の持つ力を知るものであれば、目を疑うような姿だった。

(これを知られたら、怒るだろうなぁ)

  この砂漠に放り出される直前まで会っていた人物の顔を思い浮かべ、愚痴を噛み殺した。
  体力を消耗しすぎて、言葉にするのも億劫だった。

(消せないのだから、仕方あるまい)

  最後に、怒った顔を脳裏に描いてしまい、慌てて行為を正当化させる。
  確かに、杖という本来の使用からはかけ離れた使い方は、あまりに剣に対する冒涜だろう。
  何しろ、この黒い剣は、かの人物の象徴ともいえる剣の影。まったく同一なるモノの異なる側面なのだから。

  (だがら、消せないものは仕方ない)

  もう一度、繰り返して頭の中から、牙をむき出しにして怒る少女を追い払った。
  砂漠に放り出されたときのことを思い出す。
  あれは、まだ星が爛々と輝く夜空だったから、すでに半日以上も前のことだった。

  衛宮士郎は、この砂漠に突然放り出されたのである。
  あの戦争から変わらぬ鎧姿のままで。戦争中は、どこに仕舞っているのかわからぬ剣は、放り出されたときに、衛宮士郎と同じよう に砂漠に突き立った。
  さすがに鎧は魔力仕様だったのか、消すことが出来たが、剣は消せなかったのである。
  その程度なら問題なかっただろう。砂漠がいかに広大であろうと、今のように恨み言を言うほどではなかった。
  彼女の目は鷹の目と呼ばれるものであり、尋常な視力ではなかった。
  そして、実は少女の体になってスペックが上がったのだが。膨大なる魔力を糧とする身体は、ともすれば音速に匹敵する速度を生み 出すのである。確かに、魔力は消費するが、膨大な魔力を溜め込んでいるこの身体にとって、たいした問題ではなかった。
  だから、空腹を訴えるこのお腹こそが、衛宮士郎の最大の敵だったのだ。

  そう、空腹が。
  彼女の力を奪ったのである。
  空腹を訴えるお腹は、彼女の力を根こそぎ奪い去り、溢れる魔力もただの飾りと化していた。
  本来の力しか出せなかったのである。

「燃費が悪いってのはこのことか……」

  つい、漏らしてしまった本音に慌てて、衛宮士郎は周りを見渡した。
  見渡す限り砂漠しかない場所で、その姿は滑稽だったが、それだけ参っているのだ。

  その畏れに満ちていた瞳が、あるものを見つけて猛禽のように輝いた。
  見えたのである。
  町が。うっすらとであるが。
  彼女の目は四キロ先ですら明確に捉えることができる。
  その目が見えるか見えないかというところだから、まだまだそこまで相当の距離だろう。

  だが、人間、希望が得られると恐るべき力を発揮することが出来る。

「はは、ははははははははっ」

  壊れたように歓喜の言葉を発し、それと同時に衛宮士郎の周囲の砂が巻き上がる。
  魔力を捉えることのできる人間になら、はっきりと映っただろう。彼女を濃霧のように覆う黒い魔力のうねりが。

  ドンっ、という音と共に、衛宮士郎のいた場所大穴が出来た。
  黒い弾丸と化した衛宮士郎が、地面を蹴った結果だ。
  先までの姿がまるで嘘のように、未だ笑い声を風に乗せながら、砂漠をひた走る。

( いくら遠かろうと、この速度ならたいした時間はいらん!)

  口から漏れる笑みを抑えることが出来ず、顔は益々喜悦に歪む。

(とにかく食料だ。それがなくては始まらん!)

  見えた町は発展しているとは思えなかったが、そこはそれ。少しくらいはあるだろう。
  もちろん、砂漠に着のみままで放り出された衛宮士郎に路銀などあるはずもない。
  だが、そこはそれ、彼女の特技が生きるというものだ。

(必要悪という奴だ。仕方あるまい)

  それに、反英雄だし。と開き直る。

(まずは、何を食べよう。いや、贅沢はいけない。あるものを調理の腕で何とかするべきだ)

  砂漠特有の食べ物、香料を思い描き、慌てて口から出そうなものを押し留める。
  火力? どうということはない。自然干渉はからっきしだが、それに変わるものを使えばいいのだ。
  さて、どれが一番都合がいいか。丘の剣を宿す内界もまさにパラダイス。
  歓喜ここに極まれり―――世界は加速していく―――ああ、何と香しき!

  だが!

(おかしい!? いくら遠いといっても、そろそろ着いてもいいはずだ)

  違和感に、目を細める。
  もう、相当の距離を駆け抜けたはずだ。
  だが、一向に町との距離が縮まる気配はない。

( まさか―――)

  ある予感が足を止めそうになるのを懸命にこらえる。砂を大量に巻き上げるがそんなことはどうでもいい。

(まさか、蜃気楼?)

  まさかもなにもそうだった。   昔の人は蜃の出す息がどうとかと言われていたらしいが。
  当時は、そんな神秘を発する蜃があったかもしれない。

「はは、ははははははははっ」

  さっきとまったく同じ笑いを、今度は絶望のそれだったが、風に乗せながら前のめりに倒れる。ドボンと身体が沈む。
  人間、絶望すると弱いのだ。歓喜のあまりはしゃいでいた姿も思い出し、ますます、落ち込む。

(アルトリア、悪い)

  どうやら、彼女とした新しい約束は守れそうにない。
  何せ、もう死にそうなくらい、腹が減っているのだから。

  そうして、あまりにあっけなく、衛宮士郎の意識は闇に堕ちた。





「―――い、――っか―しろ! 」

  まどろみから覚めるような、おぼろげな頭に。誰かが叫ぶ声が聞こえる。

「目、覚めただか? いんやぁ〜よかっだなぁ。えらい魘されてたからね。心配しちまったよ」

  目の前の女性。およそ四十台半ばくらいのなんとも気のよさそうな女性が私の肩をばしばし叩く。
  その言葉は、英語だろうか。なんともしっちゃかめっちゃかな訛りに聞こえるが。
  間違ってはいないだろう。
  彼女が、私を助けてくれたのだろうか。

「あれ、砂漠、は?」

  どうやら、簡素なベッドに寝せられていたらしい。微かな潮の匂いも香っている。
  海が、近いのだろう。
  どこかぼうっとしたまま、思ったままを呟いた私に、目を丸くした女性は、驚くべきことを告げた。

「砂漠? 何言ってるさね、ここはプリマスだよ」

「え―――?」

「あんた、その格好で浮かんでたのさ。死体かと思ったよ」

  海に、浮かんでいた……。

(そういえば―――)

  冷静になって思い返してみると、砂に倒れこんだ時の感触がどこかおかしかったような。
  幻覚? さらに思い返してみると、その前はかなり―――

(ってことは、走ってたのは、砂の海じゃなくて、ほんとの海!?)

  セイバーに授けられたという湖の精霊の加護。まさかこの身にも同様に宿っているというのだろうか。
  しかも、この場所はプリマスだという。コーンウォールとは……。

  それより、最初は、確かに砂漠にいたはずだ。
  あれは、幻覚なんかじゃ、ないと思う。
  ここから、海を挟んだ場所は……。
  サハラ、か? サハラ砂漠を北に、北に。
  恐るべき推測に血の気が引く。
  音速に匹敵する速度。人の住む世界を通過したというなら、被害は。

「すみません! 何か、変な噂とか、その、災害などの時報はなかったでしょうか!?」

「うんにゃ、平和そのものさね。あ、これ食べな。腹、減ってんだろ?」

「あ、ありがとうございます」

 女性はえらく巨大な袋を私にくれた。新聞紙で出来た袋の中身は言うまでもない。
  私はこの手の食べ物も受け付けるようになった。雑? シンプルなだけだろう?

「あ、そういや〜」

「何か、何かあるのですね!?」

  何か思い出したように呟いた女性に、口の中のものを飲み込んでから尋ねる。

「確か、ジェイコブのとっつあんが、海を走る黒女ってのを見だって言ってたなぁ」

  それは、都合よく陸を迂回してここまでやってきたと思っていいのだろうか。
  海を走る怪異というのも、あまりいい話ではないが。町を破壊するよりはよっぽどましだ。

「はあ、黒女、ですか」

「しっがし、いい食いっぷりだぎゃあ」

  はい、コレ。と新しいフィッシュ・アンド・チップスを手渡してくれる。

「え、ええ。ありがとうございます」

  だ、だぎゃあ?
  しかし、今はそれよりも、この空腹を満たす方が私にとっては大事なことらしい。
  今更ながら、このような苦境をセイバーが耐えてきたのだと思うと、頭が下がる。

  私には、この空腹……耐えられない!


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