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 人通りも少なくなった、というか誰も居ない通りで、新しく買った煙草の封を開けた。
 荷物を足元に置き、手すりに身体を預け、箱から一本取り出す。
 海が一望できる場所だけに、夕日が沈む光景は美しかった。何故、誰もいないのか不思議にすら思う。
 口にくわえ、マッチに火をつけた。
 あまり吸わないのだか、こういう日もある。
 癖になりつつある言い訳を内心しながら、煙を肺まで吸い込んだ。

「―――――――――けほっ」

 どうやら、この身体は煙草を受けつけないらしい……。



 海水に濡れたドレス……、魔力といえば、魔力なのか。それを受け取る。
 今来ている服も、私を助けてくれた女性―――がくれたものだ。
 かなり強引に押し切られたが、街中をドレスで歩くわけにも行かず、ありがたく頂戴した。
 服、といってもかなりラフなもので、着ることに抵抗がなかったこともある。

 聖剣は、張りぼてじみているとはい鞘を投影していたこともあって、観賞用の模擬剣と勘違いしてくれた。
 とはいえ、そのままでも、何かと問題があるので、今は聖骸布で何十にも巻いてある。
 そうして、ひとしきり言葉を交わしてから、私はと別れた。

 あまり立ち寄ったことのない町だったが、少し違和感を覚えた。
 どちらかというと、聖杯戦争の時代に近い風景だ。もちろん物騒さという面ではない。
 無論、早々建物が変わるわけではないから、大きな違いはないはずだ。
 結局それがなんなのかはわからなかったが。


だが、それはロンドンについてから確信に変わった。
 それまでの行程に、多少の出来事はあったのだが、割愛させてもらう。
 と分かれたときと服装も変わり、大きな旅行かばんの中に、聖剣、ドレスその他もろもろを仕舞っておいた。
 もともと自分の家―――ほとんど帰ってこないしそういう家はたくさんある。鍵自体も、必要ないと部屋の中においたままだ。持っていたとしても、この姿になったときに失われていただろうが。
 まあ、とにかく、自分の家、正確には借りていた部屋がないのだからどうしようもない。
 部屋があったはずの建物、それ自体がないのだから。

   そもそも、妙なのは建物がないだけではない。ロンドンそのものが、変だった。
 あるはずのものがない。なくなったはずのものがまだある。
 見覚えのある風景。
 流行から遅れた、というにはあまりに遅すぎる格好を、待ち行く人々が皆々している。
 今の服を買った時には、田舎だから、と自分を納得させたのだが。

 ここまで条件が提示されているのであれば、いくら鈍感と度々言われた頭でも思いつく。
 しかし、都合よく、新聞紙が風に舞うようなことはなかった。

   「は、今日が何年何月だって? 今日は200×年の7月だよ」

 妙な質問に気前よく答えてくれた青年に礼をすると、衛宮士郎は大きく溜め息をついた。
 聖杯戦争が終わってから、数ヶ月しかたっていない。

(つまり、ここは私のいた世界ではないということ、か)

 心なしか身体を丸めてとぼとぼと歩く。
 この時期では凛が来ているわけでもない、と思う。それほどに昔のことだったし、思い出せるものでもない。
 完全に前を見て歩いてはいなかったが、そこはそれ、気配だけで人をよけていく。

「おい、待て」

 突然、声をかけられて後ろを振り向くと小石が顔めがけて飛んできた。

「―――!?」

 顔にぶつかる寸前を片手で止めると、石を投げた人物らしき人間を睨む。
 何のつもりだ、と。

「さっきから、呼んでるのに、無視するお前が悪い」

 それに、石を投げた人物、いかにも気の強そうな少女は、むすっとした口調で答えた。

「確かに、呼ばれているのに気がつかない私も悪かったが、だからといって石を投げるのはいけないんじゃないか?」

 見たところ少女は十台半ば。自分よりも十くらい年下に見える少女に注意する。

「知らん。その時はお前が謝ればいいだろう? 気づかないお前が悪いのだからな」

 どっかで聞いた様な類の言い様にげんなりする。ただでさえ、落ち込んでいたのだからそれは倍々だ。

「そう、顔を顰めるな。困ったことでもあったのだろう?」

 確かにその通りだが、目の前の少女にどうにかできるようなことでもない。
 もし、それが出来るとしたら、未来の凛か、どっかの世界にいるという宝石の名を冠する者だけなのではないだろうか。
 それでも、可能性は塵に等しいものかもしれないが。
 
「ふむ、お前、旅人か? その湿気た面に、その格好。昏睡強盗にでもあったか。それなら、ろくに下着もつけてない理由がわかる」

 往来で堂々と言う少女に慌てて詰めより、口を閉じさせる。
 怪訝な顔をするものや、妙な表情を浮かべたものがいたが、どうにか過ぎ去っていった。

「何をする。何のつもりだ、お前!」

「それより! なんで、私が下着を着けていないことがわかった!」

 周りに聞こえない程度の小声で話す。それも耳元でなく相対しながら。  これも、一つの技術である。この体で出来るか心配だったが、取り越し苦労だったらしい。

「ふん、そんなの一目瞭然ではないか。誰にでもわかる」

 その言葉に思わず周りをきょろきょろと見回す。周囲には妙に映るだろうが、この際仕方ない。
 意を決すると、少女を連れたまま路地裏へと、あくまで急いで移動する。
 誰も人がいないことを確認すると、呼吸を整えて、少女に告げた。

「君が何のつもりで私に声をかけたのかは判らないが、感謝する」

 まともな下着をつけていないのは、誰にもばれてないつもりだったが、まさかこうもあっさり見破られるとは。
 セイバーたちも知っていて見逃してくれていたのだろうか。

「気に病むな。しかし、やはりというか、気づいてなかったのだな、おまえ」

 憐れむような視線が痛い。
 少女は、私が下着をつけてないことをまわりに知られていることを、不憫に思って、あのような行動をしたのか。
 そうだとしたら、方法はともかく非常にありがたい。

「まさか、それを教えるために?」

 そう訊くと、少女は照れたようにそっぽを向くと頷いた。
 そのそっぽを向いた顔で。

「もしかして、追い剥ぎか? 旅というものはしたことはないのだが、やはり危険らしいな」

「私は旅人、のようなものではあるが旅人ではない。それに追い剥ぎなどにあってはいない」

 そんなものに遭遇しても返り討ちにしてやるし、逃がすつもりもない。
 確かに、よく旅人と間違われた経験はあるのだが……。
 ふ、フリーなジャーナリスト、じゃ駄目だろうか。

「そうか、まあ、確かにお前の顔は英国人のそれだが、雰囲気が、な」

 どことなく、自身なさげに言葉にする。
 だが、その言葉で彼女が旅人と思った理由に納得がいった。

「私の、私の身体は、まあ、生粋のそれなのだが、生まれが違うのだ。君の印象は間違っていないよ」

 そりゃあ、大昔といっても過言ではない時代だが、間違ってはいないはずだ。彼女はこの国の王だったのだから。
 しかし中身は結局衛宮士郎に変わりない。ロンドンで数年過ごした経験があるとしても、それは変わりないのだ。

「お嬢様〜! アニス様! どこに行かれたのです!?」

 叫び声がする。どうやら誰かを探しているようだが。

「いかん、時間切れのようだ。行かねばならんな」

 その、アニスお嬢様とは目の前の少女らしい。お嬢様らしからぬ格好ではあるが。

「まだ、名乗ってなかったな。私はアニス。お前の名は?」

「エミヤだ」

「そうか。ならエミヤ。またいつか会おう!」

 そう言って、少女アニス、は風のように去っていった。

「しかし、誰の目にも明らかというのであれば、通りに出るわけにもいかんな」

 わざと口に出してみる。思い出すとそれだけで顔が羞恥に染まりそうだった。

「だが、何故わかったのだ? 私にはそんなもの判らんのだが」

 改めて自分の格好を見てみる。鷹の目―――この距離ではあまり関係ないかもしれないがまったくわからない。
 よもや、女性だけにわかるものがあるのだろうか。いや、しかしそれならわざわざ注意する必要は。

(なんとなく、身体を見られて恥ずかしがる時点で、男じゃない気もする……)

 頭をよぎる言葉に青ざめる。
 最早身体はどうしようもないとしても、せめて心だけは男でありたい。

「貴方が、この剣を手にしたとき、貴方は人ではなくなったのです、か」

 大事に仕舞ってある、黒き聖剣をかばんごしに感じる。
 選定の剣ではないが、それはあんまり関係ないらしい……。

「どうしたの? おねえちゃん」

「うわっ」

 突然かけられた声に飛び上がりそうになる。思いにふけるあまり、人が近づいてくるのに気がつかなかったのだが。
 かばんをかき抱くように持つ。もっとも大きすぎて、そうは見えないだろうが。

「大丈夫? お顔が真っ赤だよ」

 小さな女の子と、その母親らしき二人組みだった。
 女の子がその大きな瞳を、精一杯気遣わしげに見開いている。

「え、う、あ、その」

「どこか、具合が悪いのですか?」

「い、いえ、そ、そんなことはありません」

 慌てて否定する。

「ホントに?」

 女の子はまだ不安げに私を見つめている。だが、具合が悪くないのは事実だったので。

「ありがとう。だいじょうぶだからね」

 身体をかがめながら女の子に礼を言った。
 安心したように微笑んだ女の子に微笑み返すと、そのまま立ち上がる。
 かばんを地面に置いたことも忘れて。

「―――あ」

 そのことに気づいた私はまた、顔を真っ赤にしてしまった。
 それを見る二人は怪訝そうな顔をする。
 それに、少しばかり勇気付けられて私は、思い切って尋ねてみた。

「あの、私おかしくないですか?」

「え? いえ、どこもおかしくなんてないですよ」

「うん、お姉ちゃん、すごい美人」

 私の言葉に心底不思議そうに答え、女の子もそれに追従する。

「あれ?」

 拍子抜けしたように、熱がどこぞへと逃げていく。

(どこも、おかしくない―――?)

 そこから先は、もう大変だった。
 さらに勇気付けられた私は、いかにも良い人に見える女性に思い切って事情を話したわけだ。

 さすがに、おかしな質問だけに顔を真っ赤にしてしまったが、それは相手の方も同じ。
 不思議そうに女の子が見上げていたのを覚えている。

 ただ、念を押すように、私はおかしくないといってくれた女性は、予想以上に良い人だったらしく、手伝ってくれたのだ。

 そして、言葉に出来ないいろいろな行動葛藤様々な思惑が入り混じった結果。
 わかったことが一つある。

 つまりアニスの、彼女の目が、この場合観察眼が、普通ではなかったのだろう。

 私の下着の有無など、誰も気づかなかったのだから。
 何より、一応とはいえ、まともではないものを使っているのだ。

 そうして、冒頭の通りに、落ち着くことになったのである。
 やっぱり、もう諦めるしかないのだろうか。
 思いを馳せるのは、もう遠い男の自分。

 「下着、か……」


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