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 目の前にそびえ立つ建物を文字通り見上げる。
 まだ記憶に新しいアインツベルンの城と比べても遜色ない建物が堂々と建っていた。
 まさか、本当に二度も経験することになろうとは思っていなかった戦争のことを思うと、苦笑してしまう。
 奴の様子から、喚ばれるのはほとんどを失ってからだと思っていたのだが――。
 思考が際限なく深まり落ちて行きそうになるのを、頭を振って止める。今は関係ない。
 目の前の建物――屋敷というよりは、既に城の威容。まあ、それでも屋敷は屋敷なのだが。
 立派な建物なのだが、記憶にはない。
 もっとも、かつてロンドンに居たのは確かだとしても、全てを知っているわけではないのだから仕方ないのかも、と納得する。
 それに、ここまでの道のりは距離以上に険しいものだったが、たどり着いた今となっては何となく感慨深いもののような気もしてくるのが不思議だ。少々、妙にも感じるがとりあえずぼうと眺めているわけにもいかない。
 何せ、見上げているといってもまだ敷地内に入っていないのだから。

 ところどころ錆びている門を押し開く。
 蔦が巻きついたそれは、時間によっては不気味に映ったかもしれない。
 予想以上に錆びついていたようで、少し押しただけでまるで甲高い悲鳴のような音が鳴った。
 それは勿論閉める時も同様で、手入れの必要さを痛感させられる。
 それは、屋敷へと続く庭の荒れ具合からも感じさせられた。
 まったく管理されていないのか、踏みしめるものは枯れ枝や、かつて落ち葉だったものだ。
 ずっと、建物――上の方ばかり見ていたから気がつかなかったが、何処も彼処も草が伸び放題で手入れなどされていないことがわかる。

 前庭を歩き、巨大な扉の前で止まる。
 郊外といってもいい場所に建ち、もともと人の気配が少ない場所だったが。
 この敷地内はさらに人の気配が希薄だ。それこそ、あの貼り紙があった場所と同じように。
 それは、皆無と言ってしまっても良いのではないか。
 本当に、人が住んでいるのだろうかと、一瞬疑問が頭をよぎったが、それを振り払うように呼び鈴代わりの紐を引いた。

 何の反応もない。
 けっこうな時間待ってみたが、見事に何もない。
 扉にある古めかしいノッカーを使ってもみたが、何も変わりなかった。
 ならば、と、扉を押し開いた。
 扉が軋む音と共に、外の光が屋敷の中へと差し込む。
 そのほとんどを闇に支配されていたのか。空間に亀裂が入る。それに一瞬目を細めた時。
 目の前から椅子が飛んできた。

「―――!?」

 扉から手を離し、椅子を叩き落す。
 力加減を誤ったため、それは見事に粉々になってしまった。
 ガラクタと化してしまっても、残った椅子の足などからそれの高価さのようなものが感じられる。

 そのことに、眉を顰めながら、鞄を片手に横っ飛びにその場から飛びのいた。
 一瞬後に粉砕した椅子と同じような椅子が次々と突き刺さる。
 木で出来ているはずのそれが、それよりも硬いはずの壁に突き刺さる光景はとてもじゃないが尋常なことではない。
 何より、椅子が飛んでくる事実と同時に、この広間に椅子が置いてないことに愕然とする。
 つまり――椅子は突然視界に現れるのである。それこそ、何もないところから突然に。
 突然視界に現れる椅子を避けながら観察する。
 魔術の関与があるかは判断できない。ただ、この現象といってよいのか。私が理解できるのは、尋常なことではないこの現象が、私を狙っているという事実だけだった。
 そして、この不可解な現象もどうやら品切れのようだった。
 次々と飛来していた椅子が止み、低く構えていた腰を常の高さへと戻した時、背後で扉が音を立てて閉じた。
 その思いのほか大きな音に眉を僅か顰め、叩き落した椅子へと視線を傾けた。
 破損しながらも、その優美さを損なわずに存在する椅子へと近寄る。だが――

「むっ!?」

 椅子に見惚れている暇もなく屋敷の奥へと走る。
 その後を天井にあったシャンデリアが追いかけるように、恐ろしい速度で落下してきた。

 どれほどの速度だったのか。
 落下の音よりも早く地に着いたそれは、大気を切り裂き、同じように遅れた私の左足に一筋の傷をつける。

「ぬっ!?」

 歯の隙間から苦悶の音が漏れ、僅かに崩した体勢のまま前に転がる。
 倒れてきた彫像を置き去りに床を蹴り、階段の手すりに着地した。

 点々と、紅い絨毯の上からもわかる血の跡が続く。
 鋭利な風の刃にて、左足の半ばまでつけられた傷によるものだ。
 いくらか血を失いはしたが、治癒は進んでいる。今はそれよりも――。

 カタカタとどこかから鳴る音に耳を澄ます。
 この場所で動くものはないようだが、これは……。

 その音の正体に気が付いた瞬間、手すりから離れる。
 その一瞬後に手すりが分解し、まさに杭のようになり、宙に浮かんでいた。その数、ざっと見ても三十を下らない。
 その中の一つがゆっくりと私を指す。
 そして、轟音と共に私の足元に突き刺さった。正確に言えば一瞬前まで私の右足があったところに。
 半身を反らすことしか反応できなかったことと、その杭がなした破壊に僅か戦慄する。

「……………」

 そして、宙に浮かんでいる切っ先が、今度は二つ、私を指していることに気がついた。

「ちぃ!」

 瞬き一つ遅れず、その場から飛びのく。
 突き刺さる二つの杭。こちらを指す三本の杭。
 次々と飛来する手すりを置き去りにして、出口、つまり入ってきた扉へと向かう。
 いくら待遇が自分の求めるものと合致していたからといって、このような職場ではどうしようもない。
 飛び出した勢いのまま、扉にぶち当たるが、目論見通りゆかずに弾かれた。

「なっ!」

 体勢が悪かったとはいえ、破壊するつもりで突っ込んだというのに。
 瞬時に立ち上がり扉を押すも、びくともしない。

「馬鹿な!?」

 思わず声に出して呻くも、そんな暇はない。 
 宝具でこそないが、その破壊力はあの英雄王のそれに匹敵する金属の棒が。
 それら一つ一つが鋭利な槍と化して追ってくる。
 風斬り音が遅れてやってくるそれらの破壊力は、拳銃の弾丸とは比較にならない。
 それこそ、戦車砲に匹敵する破壊力。
 だが、大理石を貫くそれも、扉に傷をつけることは出来なかった。
 扉に触れるや否や、その先端を折られる。

「ちぃ!? 投影、開始――」

 一瞬無防備になるのを覚悟で投影魔術を使う。雷光の速度で右手に得物を握ると、すぐさま撃鉄を戻す。
 そして鞄を左手に、屋敷の奥へと駆け込んだ。
 地を蹴る足に躊躇なく魔力を走らせる。身体に戦意を漲らせる。
 大地を踏み砕き、邪魔をする全てを撃ち落す。
 そうして、私は数多くある屋敷の一部屋に、飛び込んだ。

 飛び込み様反転し、鞄を扉の前に立てて油断なく警戒する。
 だが、先まで間断なく襲い掛かってきた調度品や窓枠などのものが、ぴたりと止んでいた。
 そのまま一分もたっただろうか、何も変化がないことを確認して私は鞄を抱き扉に背を預け座り込んだ。
 身体的な疲労は感じなかったが、精神的に疲れていた。
 この身体のスペックに対して、自身の思考が少々遅れがちなのは仕方ない。
 仕方がないが、何時までも座り込んでいるわけにも行かなかった。
 立ち上がり、部屋の奥へと進む。
 私室だろうか。天蓋つきのベッドがあり、その他も妙に偏った調度品その他が見られる。
 だが、生活臭は感じない。屋敷全体に通じる、人間の気配の希薄さも同様だった。
 その割に、埃などないのは誰かが管理をしている、ということなのだろうか。
 その考えに頭を振る。
 馬鹿馬鹿しい。そんな人間がいたら、あっという間に串刺しだ。
 そして
「くそっ、とんだ失敗だった。私としたことが、何も確認せずこんな所に来るとは」

 そのまま口に出して自分の失態を罵倒する。
 そうでもしないと、どうにも気分が悪い。
 そもそも、あのような貼り紙でここに来たことがそもそもの――
 
「そうでもないぞ。お主がここに来たのはお主自身のせいではない」

「何?」

 自分の背後から聞こえた声に驚くと同時に部屋の入口へと走る。

「ああ、まてまて。部屋を出てはいかん。まあ、いずれは出てもらうことになるのじゃが、今は待て」

「待て、と言われて待つ馬鹿がいるのか?」

 気配をまったく感じなかったことに内心僅かに動揺しながらも、背を向けたままで答える。
 敵意は感じなかった。

「時と場合によるじゃろう。少なくとも、ここにいる間は屋敷に襲われることはないのじゃからな」

 屋敷に、という言葉に引っかかりながらも答える。

「その言葉を信じる、と思っているのか?」

「まあの。いくらお主が非道で残虐で鬼畜な人間だとしても、この我の可憐な姿を見れば一発昇天じゃろうからな」

 何が昇天だと、毒吐くつもりで振り返った先には、貴族然とした少女の姿があった。だが、それはどこか希薄であり、わかりやすく言うと透けていた。
 目の前の少女、の幽霊はない胸を精一杯そらして笑い声をあげる。

「どうだ、我の美貌にメロメロじゃろう」

「それでは、駄目だと思うが。まあ、いい」

 今は下らないことを話している暇はないと、幽霊に対して本題を促す。

「それよりも、どういうことだ。説明してもらおうか」

 私の反応が薄かったのが気に食わなかったのか、僅かに頬を膨らませて、不満げな表情をする。

「せっかちじゃなあ。そのまえにすることがあるじゃろう?」

「説明してもらうこと以上に重要なことがあるのか?」

「まったく、名前じゃ、名前。まずは名乗るのが礼儀じゃろう」

 名を名乗らねば、話はせぬ、という態度で少女の幽霊は半眼になる。
 その強固な姿勢に私は仕方ない、と、息を吐いた。

「それは失礼した。わけあって名は名乗れぬが、それ故姓だけであることを許して欲しい。エミヤと名乗っている。もっとも、最近ではアーチャーという名のほうが馴染んで入るが」

 まさか女となってしまった身で士郎という本名を名乗るわけにもいかない。
 だが、正直な所自分が女の名前を考えるのも、得意とは思えなかった。

「ふむ、エミヤ。そしてアーチャーか。なるほど、弓兵と。うむ、十分だ。それでは心して聞くがよい。我の名はエレナ。汝をこの屋敷の使用人として雇いたいと思うのだが」

「雇う?」

「お主は我が出した求人を見てここに来たのだろう? それを出したのは我だ」

「幽霊の、お前がか?」

「む、まあ、まだ正式な雇用ではないから言葉遣いはよいとして。汝、我のことを舐めてないか?」

「舐めるも何も、君は亡霊の類だろう? どうやら会話は出来るようだがそれ以外に何か出来るの――」

 思わず口に出してしまった疑問だが、それを最後まで言う事はできなかった。
 何故なら、その前に吹っ飛ばされたからだ。壁まで。
 なまじ部屋が広いだけに、随分と飛ばされてしまったが、それでも壁に叩きつけられる前に体勢を立て直し、壁を一蹴り、エレナの前に着地する。

「ふむ、能力は申し分ないようだな」

 口元に微笑を浮かべながら、得意そうにエレナが胸を反らす。

「つっ、今のは何だ。魔術ではないようだが」

 そう、今胸に受けた不可視の直撃。明らかに魔術によるものではない。

「ふむ、まあ、今のは我の能力、とだけ言っておこう。お主が見た張り紙にも今のとは別の力を宿らせておったのじゃ」

「貼り紙に力――あの場所に人気がなかったのはその力とやらの仕業か」

 貼り紙には魔術の痕跡を感じることは出来なかった。だが、今のように魔術とはまったく別の、不可思議な力が働いていたとするならば、私が気がつかなかったことに一応の納得も出来る。
 そして何より、今の力。
 サーヴァントではないためにクラススキルを失ってしまってはいたが、それでもセイバーが持っていた魔力放出は健在である。
 少々辛い事実だが、この小さな身体は、私本来のそれよりもはるかに屈強なのである。魔力を抜きにすればそれは違うのだが。
 それを苦もなく吹き飛ばす力とは。

 いつしか私の気持ちは、エレナの話を聞くことに傾いていた。



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