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 interlude


 明りのない部屋。恵みたる日の光は僅かも入ることが出来ず、部屋を照らす灯もない。
 ここは実際には存在しない場所。ある用途のためだけに造られた、あくまで仮初のものだ。

「っ――――は――――ぁ」

 そして、それを為した主はいない。その人物はある程度、満足するとこの場所を去った。
 その人物とて、ここを去るのは惜しいが、だからといってそれほど暇があるわけではない。

「ん――――っ、あ――――」

 だから、この闇に潜むのはただ一人。
 いや、それには少し語弊がある。なにしろ彼女は囚われの身だ。

「く……っ、あ……っ――――」

 部屋に入口などない。秘密は頑なに守られ、誰とて近寄れるものではない。

「ふっ、はっ――――あっ――――」

 その外部からの音とて完全に遮断するこの場を、定期的に囀るような雑音が漏れる。

 それは、苦痛に呻く少女の声。
 漏れる息は艶を含み、弱弱しく音を囀る。
 それを聞くものが抱くのは保護欲か、嗜虐心か。

 それは紛れもなくセイバーの姿だった。
 半日以上も令呪に逆らい続け、額からは汗が零れている。
 磔にされ、令呪に耐える姿はあまりに痛々しい。

「んっ――――あぁっ――――」

 加えて、彼女の身体を、視覚化できるほどの魔術が苛んでいる。
 内から精神を圧迫し、外から理性を責められる。
 それはセイバーにとって、戦いで傷を負うよりも耐え難いものだった。

「っつ―――あ、あ……んん!」

 セイバーの理性は既に溶かされている。
 それでも彼女を保っていたのは、ひとえに誇りのおかげだった。
 それだけは、いかに令呪であろうと、キャスターの魔術であろうと覆せない。

 ―――故に、責めは延々と続けられる。

 身体はキャスターの嗜好の標的となり、白いドレスを着せられた。
 それにすら抵抗することが出来ず、夜よりもさらに深い闇を、魔術の赤光と白い装束が照らしている。

「うっ――――、あ――――」

 それを哂う魔女がこの場にいない今。何も変わることはない。
 セイバーはただ、自身を苛む攻めに耐え続けるだけ。漏れる声とて、同じような繰り返しに過ぎない。
 時間だけが過ぎていき、誇りとは裏腹に、サーヴァントとしての体が令呪に侵されようとしている。
 誇りは、彼女をまだ、戦うことを許している。だが、それにも終焉はあるのだ。それが、かなり先のことであろうと。
 セイバーはそのことを考える力もない。
 溶かされた理性で物を考えることはできない。
 ばらばらに散らばった理性は、さらに細かく、砂塵のように砂漠を吹く。
 その中の一粒一粒を探すなど出来るはずもない。
 故に、彼女は終わりがあることなど気付いてないし、気づくことができない。
 ただ、終わりが来る最後の最後まで抗い続ける。


 その、変化が起こるはずもない彼女に、起こり得るはずのないことが起こった。

 拘束された体が反応する。それは、小さな動きで、彼女を誰か見ていたとしても、そうと気付かなければわからなかっただろう。
 セイバーの身体は、何かに穿たれたように、小さく跳ねたのだ。
 それが、どういうことなのか、セイバーを含めて理解できるものはいない。
 だが、どういうことか。セイバーの目には、理性に光が戻っていた。
 何がセイバーの理性をかき集めたのか。

 それは痛みだった。  令呪の、自分を押し潰そうとする重圧でも、キャスターの魔術の自身を篭絡しようとする快楽ではない。
 それは痛みだ。自身を抉る胸の痛みは体の中で棘を撒き散らし、令呪と、魔術とはまったく違うモノとしてセイバーに衝撃を与えた。
 痛みは一瞬だったが、今は耐え難い吐き気として、それは、他の二つを圧倒し自分を責める。
 それは熱さであり、悪寒であり、絶望にも似た死の気配だ。

(私は、これと似たような痛みを……覚えている)

 それはいつのことだったのか、定かではない。
 キャスターによりマスター、衛宮士郎との契約を解かれ、すでに彼との繋がりはない。
 サーヴァントは、マスターの痛みを。今、この身を利用とする影を視る。奴の身に何かが……。

(違う!)

 違う、違うのだ。
 覚えている。これは、これはあの時、シロウが受けた胸の痛み。その痛みと同じ。
 地に伏せ、死に瀕した彼は、地獄の中で、言葉を発したのだ。

 急速に甦るこれは何なのか。
 失われていたモノが、箍を外した獣の如く、凄まじいい速さで脳裏を走る。

 シロウではないシロウ。おぼろげに、神の家、その闇を垣間見た。
 かつて、私は彼と出会い……そして、答えを見つけた。すべては、すでにこの手にあったのだと。

 彼は私の誇りを守り、私は最後に、言葉を―――

「シロウ―――貴方を愛している」

 それは永遠の別れ。何者にも侵される筈のない黄金の別離。
 もはや、彼と並び立つ未来はなく私は永遠に眠る。
 もし、それがかなうのならば、それは泡沫の夢の中で。

 そう、初めから不可解だったのだ。すでにこの身は聖杯を求めてはいない。
 では、何故、呼びかけに応えたのかと。
 未だ記憶は、霞に覆われている。

「くっ―――あっ―――」

 現実に引き戻される。実際に理性が戻っていた時間は数秒に満たなかっただろう。
 痛みによる思考の覚醒は一瞬。それこそ、まるで夢だったかのように、消え去っていった。
 だが、今もなお、二つの責めは変わらずセイバーを蝕んでいる。
 彼女の意識は闇に埋没し、深く、深く埋葬されていく。
 はたして、セイバーの心は、先のことを覚えているのだろうか……。
 闇はまだ、永い―――



 interlude out



 喀血と同時に膝が落ちる。
 だが、膝が地に着く前に、さらに七つの衝撃が俺を貫いた。

「かはっ」

 視界が真っ赤に染まる。心臓を貫いて、なお意識があるのは、この体がサーヴァントだからだろうか。

「たわけ、贋作者風情が。その姿をとるだけで罪だと思え。それは騎士王にだけ許されるものだ。あれは王たる我の物。その宝たる姿を盗むとは何たる冒涜。疾く消え去るが良いわ」

 痛みは脳を空っぽにし、体の所在を失わそうとする。それをどうにかかき集め、必死になって縋りつく。
 これは自分だけの痛みだ。それだけを耐えるなど、自分だけが耐えればいいだけ。
 かつて繰り返した、鍛錬のように、意識を平静に保つ。
 そうして、僅かながら余裕が出来ると、途端に思考はどうでもいい事を浮かべ始めた。

 ―――無茶を言う。俺とてこの姿は、どうしようもないというのに。

 広間に足音だけが響く。破壊され、崩れ落ちる瓦礫も、バーサーカーですらこの時、音を発せずにいた。
 それが俺の真横で止まる。

「ほう、まだ息があるとは。生き汚いとはこのことか。速やかに消え去れと言いたいところだが」

 呼吸は千千に乱れ、あまりにか細い。
 それでも、発した声には、まだ力があった。

「おまえは……英雄王―――ギルガメッシュ―――!」

 かつて戦った英雄王とは少し違う姿だった。セイバーの剣すら阻んだ黄金の鎧はなく、逆立てていた髪も下ろしている。
 鎧の代わりに着ているのは、黒いライダースーツだ。
 最初の言葉とは裏腹に、何の侮蔑も嘲弄も浮かべてなかった真紅の瞳が、僅かに細められる。

「どうやら貴様、我のことを知っているようだな。よい、褒めてつかわす。我が神の仔を屠るまで存在することを赦してやろう。我の戦いを拝めるのだ。これはまたとない栄誉だと思え」

 楽しげにそう言ったギルガメッシュは俺から視線を外し、広間の奥へと進んで行く。
 ―――視界が霞む。
 さすがは英雄王と言うべきか。ただ、見られただけというのに弱った身体はその威圧でさらに力を失う。
 頭を垂れ、ゴボリと、血が溢れた。
 まだだ、まだこんな所で消えるわけにはいかない。

「何、貴方……」

 呆然と、事の成り行きを見ていたイリヤは、まるで存在しないものを見たかのようにギルガメッシュを睨みつける。
 その瞳には焼け付くような敵意と、信じられないという疑いが浮かんでいる。
 そうして、後者のほうが勝ったのか、彼女は頭を振り言葉を発した。

「嘘、貴方、なんなの?」

「ふん? たわけ。この身はお前がよく知るサーヴァントの一人だろう? その目は見た通りの飾りか?」

 だが、彼女にとってはその事実こそあってはならないこと。

「知らない。私貴方なんか知らない。私が知らないサーヴァントなんか、存在しちゃいけないんだから」

 そう言ってギルガメッシュを睨みつけるイリヤの体に、令呪の光が浮かび上がる。
 待て、という声は音にならず、血によって阻まれる。もし声になったとしてもそれはあまりに小さく、届くはずもない。
 そうして、イリヤが魔力の塊を放つのを黙ってみるしか出来なかった。

 これはあの夜の焼き直し。
 ギルガメッシュは目の前に鏡のような盾を取り出すと、イリヤの魔術は容易く跳ね返った。

「え?」

 凛はここにいない。攻撃に全力を傾けたイリヤには、防ぐ手段は存在しない。攻撃と防御を同時には出来ない。
 だが、ここには、イリヤの最強のサーヴァントが存在した。
 階段まで跳び上がったバーサーカーがその身を盾とする。宝具に届かぬ神秘は、それで霧散した。

 ギルガメッシュの赤い相貌と、理性なき狂戦士の視線が交錯する。
 かつて、交わることのなかった組み合わせ。
 最強たるバーサーカーと、黄金の英雄王。

 イリヤはギルガメッシュを睨み続け、バーサーカーに命じるだろう。認められるものではないのだから。
 だが、それは間違い。バーサーカーではギルガメッシュに勝てない。
 そのことを、ギルガメッシュに対峙しているバーサーカーは理解している。その失われた理性ですら。

「ヤダヤダヤダヤダ。そんな奴嫌い! やれ、バーサーカー。そんな奴、生かしておくわけにはいかない!」

 駄々をこねるようにイリヤが叫ぶ。

「■■■■■■■■■―――!」

「ふん」

 バーサーカーは吼え、ギルガメッシュが哂う。
 それが始まりの開始。存在しない鬨の声を耳にした気がする。
 その瞬間、確かにバーサーカーは俺の目を見ていた。


 ギルガメッシュの背後の空間が揺らめく。
 陽炎のごとく、波うったそこに無数の刃が姿を現す。
 その一つ一つが、そこらの凡百の刃物とは訳が違う。あれこそ、彼の英雄王が集めたという、財宝のほんの一部。

 彼の鳴らす指を合図に、それらの聖剣魔剣。槍など竿状武器は、いっせいにバーサーカーへと襲い掛かる。
 その大部分を

「■■■■■■■■■■」

バーサーカーは斧剣で弾き返し、残りを身体で弾くに任せた。

「ぬ」

 バーサーカーの突進は阻まれる。だが、それはギルガメッシュの剣群も同じ。
 表情こそ分からぬが、ギルガメッシュが哂ったような気配がした。

「なるほど。いやすまぬな、狂戦士とあなどったわ。さすがは我と同じ半神。生半可なものでは礼を欠いたようだ。相応のものを用意せねばなるまい」

 そう言ったギルガメッシュの背後から先ほどの倍する揺らぎが発生した。
 そこから覗く、凶器の一つ一つが、先のそれらの数倍の輝きを放っている。

「さて、貴様はかつて十二の試練とやらを越えたらしいが、我の下す試練も越えてみるか?」

 その言葉の一つ一つに、隠しきれない嘲弄が混じる。

「■■■■■■■■■―――!」

 俺に背を向けるギルガメッシュの顔に何が浮かんだのか。
 対峙するバーサーカーは一際大きく雄叫びを上げ、一歩も進めぬまま、多数の宝具に命を散らした。

 あまりにもあっけないバーサーカーの落命に、イリヤの表情が凍る。
 ヘラクレスが一回くらい命を落とそうとも、イリヤの余裕が崩れるはずもない。
 いくらヘラクレスが大英雄だとしても、相手はサーヴァント、同じ英雄だ。まして、圧倒的な力を得る代償に、その理性を奪われている。それでは、彼が持つ技能を十分には発揮できない。
 中にはその命を奪うほどの英傑がいても、何もおかしくはないのだ。
 だが、バーサーカーはそれを越えてなお、勝利をつかむだろう。命のストックはそれより遥かに多く、彼の宝具の性能からすれば一度の不覚も、二度はない。
 そして、英霊の切り札はたいてい一つ。多くてもせいぜい四つが限度だろう。

 それは相手が俺やセイバー、もしくはランサーであろうと。それほど、大英雄としての力、英霊としての精度は高い。

 だが、相手がギルガメッシュでは無理だ。いくら英霊としての精度で勝っていても、根本から間違っている。
 英雄では、王には勝てないのだ。

「ふむ、だらしがないな。これでは興が冷めるではないか。次は倍用意したのだぞ。余興とはいえ、我を楽しませるのは貴様の義務と知れ」

 そう、イリヤが凍りつく理由。それは、湯水のようにバーサーカーに向けた数々の宝具が、それですら余興で片付けられる程度のものだと、理解したがためだった。そして、たったそれだけで、バーサーカーが勝てないことを理解してしまった。

 その目は縋りつくようにバーサーカーを見つめ、俺の視線に気がついたのか、さらに泣きそうな顔になった。
 誰か、助けてと。

 それに応える暇も、力もなく、唇を振るわせた―――

「へぇ、お前、遠坂のサーヴァントじゃないか」

 その時、ひどくこの場にそぐわない声を、俺の耳は捉えた。

「貴様は、ライダーのマスター……!」

「ふん、そんな様でよくそんな口がきけるね。僕が命じれば、お前を消すことなんか、簡単なんだぜ?」

 俺の言葉が気に入らないのか、僅かに眉が動いたが、余裕を浮かべた笑みは変わらない。

「―――貴様が、ギルガメッシュのマスターだと?」

 まったく想像もしてなかった事実に笑いたいような、泣きそうな気になってくる。ギルガメッシュのマスターが、よもやこんな男だと?
 俺の驚きを別のものと勘違いしたのか、ライダーのマスター、間桐慎二はさも楽しそうに口の端を歪める。

「はは、びびってんだろ? それよりお前のマスター、遠坂はどうしたんだよ。まさか逃げ出したってわけ? バーサーカーが怖くて」

 そう言った慎二はクツクツと笑う。

「貴様……!!」

 凛に対する侮辱に、力ない四肢に熱が入る。
 それこそ、視線だけで相手を呪い殺すかのごとく。

「な、なんだよ。バーサーカーさえ倒せば、次はお前だ。そんなお前が僕を傷つけるなんて許されると思ってんのかよ!」

「ぐっ!―――っ」

 事実、身体を貫く八つの棘は、俺を満足に立たせることすらさせなかった。
 そして、突き立ったままの異物は体の修復も許さない。

「はっ、無様だね。驚かせやがって。そこで自分の番が来るまで見てろよ」

 そう言った慎二は移動しようとする。余裕があるように頤を上げてはいたが、口元は僅かに震えていた。
 ―――落ち着け。まだ、訊きたいことがある。

「待て! 何故ここに来た?」

「何故? これは聖杯戦争だろ? なら、サーヴァントを倒すのは当然じゃないか。それに、聖杯を手に入れるのもね」

「何、だと?」

「は、知らないのか? あの人間の振りした人形が、聖杯だって。まあ、詳しく言えば心臓が、なんだけどね。これだけ言えば、判るんじゃない?」

 そう言って慎二は今度こそ、広間の隅へと移動した。
 最低限のことは聞き出せた、と思いたかった。これ以上、時間を割くわけにはいかない。そんな時間はないのだから。
 バーサーカーはすでにギルガメッシュの宝具の前に三度倒れた。俺の殺した数を合わせれば、既に六つ。
 このままでは、バーサーカーは殺され、イリヤも同じ運命に陥る。慎二の言葉を聞き、それは確実のものとなった。
 ギルガメッシュにイリヤを殺す罪悪感などない。そして、慎二にも。
 このまま、黙って見ているわけにはいかない……。

 ―――心の臓を貫かれたというのに、この身は、まだ存在している。
 消えない代わりに、血が流れ、口腔からどす黒く溢れ出す。
 痛みは限界を超えてなお激しく、理性を溶かしていく。
 だが、確かにこの体はこの世に在る。

 理由など知らない。だが、まだ俺にもチャンスは残されている。
 なら、俺がするべきことは……。

 ―――まずは、右腕を……。

 胸の槍を抜くにしても、こいつが邪魔だ。
 未だ力は入らない。当然だ。心臓は機能していないのだから。身体を廻る魔力は、異物に阻まれ、ほとんど力を発することができない。ほんの少し力を与えるだけだ。その魔力を糧に、僅かにしか動かない手に歯噛みしながら、絶望的な戦いを挑むバーサーカーを見る。
 今、俺と、バーサーカーの思いに違いはないはず。なればこそ願う。
 出来るなら、どうか一秒でも長い時間持ちこたえて欲しいと。
 俺の手はまず、最初の一つにたどり着いた。



 三つの命を失っても、バーサーカーの愚直な前進は止まらない。最初の位置から比べれば、確実にギルガメッシュとの距離は縮められている。なにしろ、ギルガメッシュはバーサーカーと対峙してから動いてないのだ。
 だが、それは僅かの希望も抱くことは出来ない。未だ、両者にある溝は遠く、計り知れないのだから。
 バーサーカーは最強だ。それに間違いはない。
 即死する度に甦り、咆哮と共にギルガメッシュへと前進する。
 竜巻の如く振るう斧剣は、死を繰り返すたびに弾き返す宝具の数を増やしていく。
 岩盤を容易く打ち抜く宝具を散らす竜巻は、瓦礫を瞬く間に砂塵へと変えてしまう。
 その勇姿は、なんら大英雄の名に恥じるものではない。
 ギルガメッシュに殺されつくす前に、斧剣の間合いへと踏み込み敵を両断する。それだけが勝利するただ一つの方法だとしても。

 しかし、そのバーサーカーの死を賭した前進も、ギルガメッシュにとってはただの遊戯に過ぎないはずだ。
 ギルガメッシュの持つ財を持ってすれば、バーサーカーの命のストックを一度で破ることなど、たいした苦ではないだろう。
 それこそ、かつて俺と彼女が、カリバーンを用いてやり遂げたことを、いとも簡単にしてのける予感がある。
 それをしないのは、ギルガメッシュが、英雄王だけが許される、圧倒的な傲慢さから故のことなのだろうか。

 とはいえ、今はその傲慢さだけが、俺の希望となっていた。
 現状自分のこの様では、満足に動くことすら出来ないのだから。

 右手に突き立った剣、届かぬ柄は無視してその刀身をつかむ。
 背後からの不意打ちのため、引くのではなく押して抜く必要があったが。その剣は軽々と篭手の守りを抜き、刀身を握る手に傷を与えた。たちまち、血が流れだし、ますます剣を紅く彩る。
 それを無視して、握る手に力を込める。幸いにも、指は落ちることなく、剣を抜き取ることが出来た。
 ―――それと同時に、バーサーカーが四度目の死を迎えたのを、俺の目が捉える。

 バーサーカーの命が削られていく。
 その残った命の数は明らかに、俺の身体に突き立った剣の数よりも少ない。
 それは、このまま悠長に、異物を抜き取る時間がないことを示していた。

 意を決して、心臓を貫く朱色の魔槍に手をかける。

「ずっ、あ、あ――――っ!」

 たったそれだけで、死に比する痛みをこらえていた意識は、それを越える痛みに絶叫を漏らす。
 だが、それも必死で口の中で噛み殺した。
 今の俺は、ライダーのマスターにすら邪魔をされれば止められないのだから。

「ぐっ、ぐぅっ――――ぐ」

 震える両手で槍を引き抜いていく。
 右腕を貫いた傷も、左手に刻まれた傷も、治癒されていく気配はない。
 それは、すでに心臓という核を破壊されたためなのか。それとも、剣に備わっている神秘のものなのか。
 どちらにせよ、穴が開いた腕や、半ば切り裂かれた指では思うように力が入らない。
 治癒しないのは終わりが近いせいなのか。
 もしかしたら、本来サーヴァントといえどもとっくに体そのものが消えさるほどの傷なのかもしれない。
 それが、まだ現界出来ているのは、アーチャーの単独行動のスキルのためなのか……。
 霧散して、消え去りそうな自分を、必死に繋ぎとめる。不安を押し殺す。

 そうして、ランサーの槍と酷似した槍は俺の体から引き抜かれた。
 だが、やはり心臓が治癒する気配はまったくない。

 躊躇する時間も悲嘆にくれる時間も、今はなかった。



「■■■■■■■■■―――!」

 六度目の死を迎えたバーサーカーは、瞬く間に身体を修復し、ギルガメッシュとの距離を縮めようと猛進する。
 だが、同じことの繰り返しにギルガメッシュは飽きたのか。その発した言葉には、苛立ちが表れていた。

「ふん。同じ半神だからと、期待してみれば。できるのはただ獣の如く突進するだけとは。中々興のいった宝具を持つかと思えば、結局はその程度。つまらん。そろそろ我の前から消え去るが良い」

 ―――下された裁定と共に無数の宝具がバーサーカーを襲う。
 バーサーカーはその大部分を斧剣で弾き、同時に大部分により、その命を奪われた。

「■■■■■■■■■■■■」

 バーサーカーの動きが止まる。その身体は支えるものを失い崩れ落ちようとして。

 その巨体は踏み止まり、全身にまとわりつく宝具を、その肉体ごと振り払った。

「む――――」

 ギルガメッシュの声に、僅かな驚嘆が混じる。
 最早死に体としか見えぬバーサーカーの巨躯は、宝具の驟雨が僅かに止んだ隙に、ギルガメッシュへと肉薄する。
 さしものギルガメッシュも、少しは影響したのか、バーサーカーへと向かう宝具は、明らかに少ない。

「■■■■■■■■―――!」

 バーサーカーは、斧剣の一閃で大部分を、残りが体を貫くことを省みず、ただただ間合いを詰める。
 もはや、その身体は死体の如く傷つき、それでも尚、常と変わらぬ―――それ以上の力で。
 それは、ついに後一歩でギルガメッシュを捉えるという寸前で。
 先の光景が嘘であったかのような、宝具の雨により七度目の死を迎えた。

「ちっ、まだ形をのこすか。突き進むだけの木偶ごときが」

 未だ、その鋼の肉体は人の形を保ち、また甦ろうとしている。
 その事実に苛立ちを隠せないギルガメッシュは、かつて使用しなかったモノを虚空より呼び出した。

「――――天の鎖よ――――」

 それは鎖の宝具か。空中から無数に現れた鎖は傷の癒えぬバーサーカーを縛りつけ、その動きを封じる。
 いや、それは封じるなどと生易しいものではない。鎖はあのバーサーカーを捩じり斬ろうという様に、際限なく絞られていく。

「―――これでも死なぬか。かつて天の雄牛すら束縛した鎖だが。お前を仕留めるに至らぬらしい」

 空間そのものを軋ませるような、歪な音。
 バーサーカーの力と鎖の力が相手を飲み干そうと拮抗する。
 だが、それもすぐに片方へと傾くだろう。
 バーサーカーであれば、それを成し遂げる。それは、ギルガメッシュにも解っている。
 それでは、遅いということも。

「駄目! バーサーカー、戻って!」

 イリヤの体に令呪の赤い光が灯る。―――だが、バーサーカーに変化はない。一歩も動くことすら出来ない。

「なんで? 私の中に戻れって―――」

「無駄だ。この鎖はな、かつて神を律するためだけにつくられたものだ。一度繋がれれば神とて逃れることが出来ん。それは神の仔たるバーサーカーとて変わらぬ。いや、むしろ神の仔だからこそ逃れることなどできぬ。令呪による空間転移など我が許すものか」

 そう、この状況がすでに手遅れ。
 ギルガメッシュの指がコマ送りのようにバーサーカーへと向き、多数の宝具が、宝物庫より姿を現す。
 最早一刻の猶予もない。動けないバーサーカーでは防ぐことも出来ない。

 イリヤの目が愕然と開き、ギルガメッシュの指先がバーサーカーへ向けられる。
 放たれる無数の聖剣魔剣の弾丸。
 それらが、音速を超えバーサーカーに死を与える寸前に。

「熾天覆う七つの円冠―――」

 真名を持って、赤い花弁がバーサーカーの眼前に姿を現す。

「えっ―――」

 赤い花は、その花弁を散らしながらギルガメッシュの宝具を一身に受ける。
 それは、バーサーカーに下された死を遮り、自らの役目を終えて消えた。

「っ、下郎―――!」

 それが誰の手によるものか、誰よりも速く察したのだろう。
 俺へと振り返ったギルガメッシュは、激昂と共に無数の矢を放つ。

 ―――それを満足に動けぬ身体で俺は、魔力放出に頼って避けた。
 それはただただ直線的なだけの動き。速度は十分でも、細かい動きはできない。
 そう、それはただの一歩なのだから。目的とする場所の前に障害物があれば、それを破壊して進むか、自身が砕けるかだけのこと。
 だが、それで十分。初めからギルガメッシュと戦えるとは思ってはいない。
 速射砲のように放たれた無数の矢は、直撃こそなかったものの、鎧を穿ち、篭手を破壊し、衣服すら引き裂く。
 それでも、一つ足りない。最後の一矢がおれを貫くことを感じ取り、後ろでに投影した干将でそれを弾き、莫耶をギルガメッシュへと投擲した。

「ち、手癖の悪い―――我を何と心得る!」

 たった、それだけで。治癒の叶わぬ右腕が死んだ。
 だが、それでもいい。俺は目的とする場所にたどり着いたのだから。

「アーチャー」

 眼前に立つイリヤが、呆然と呟く。
 それも仕方がない。俺の身体はサーヴァントだとしても、生きているのが不思議なくらい壊れてしまっているのだから。
 身体に突き立った宝具は全て、抜き取った。だが、急いたあまりに、身体はさらに傷ついてしまっていた。

「ふん。まだ、動けるとは思わなかったが。それで、どうする? 我と対峙して貴様に何ができる」

 そのあまりに的確な言葉に、俺は静かに、振り向いた。
 ギルガメッシュの顔は僅かな笑みを浮かべ、俺を見据える。
 だが、答えることは出来ない。もう、俺には―――満足に声を発することもできない。

「すまない、イリヤ」

 だから、囁くような声しか出すことが出来ない。

「え? アーチャー、何を? きゃっ!?」

 何とか動く左手でイリヤを抱き上げる。
 その際、イリヤの髪や服に、血がついたのがひどく申し訳なかった。

「なるほど。我に勝てぬとは理解しておるか。それゆえの逃走と。なれば、己の身一つで為せば良いものを。我がそうやすやすと逃すと思うか?」

 ギルガメッシュが腕を組んだまま、酷薄な笑みを浮かべる。
 その手が頭上に掲げられ……。
 俺の目的を知ったイリヤが何かを言いかけ……。

「■■■■■■■■―――!!」

 音の鳴らぬまま、バーサーカーが戒めの鎖を断ち切った。
 その鬼気今までの比ではない。僅かに残った命を燃やし、猛然とギルガメッシュへと突進する。

「ちぃ!」

 こんどこそ初めて、斧剣はギルガメッシュを間合いに捉え――――





 ――――その結果を見ぬまま、俺はアインツベルンの城を脱出した。
 足に力が入らぬ。右腕はとうに死んでいる。生きている部分も、もはや常の十分の一もない。視界は罅割れ、残る部分も酷く霞んでいる。
 それでも、変わらぬ速さを得たのは、ただ、変わらぬ魔力のため。ただ膨大な魔力を体の外側へ吐き出すことで、移動する。
 呼吸は既に止まり、血もほとんど流されてしまった。イリヤを赤く染め、彼女が何か言う声も、既に耳は捉えていない。

 ただ、彼女が一瞬身じろぎしたことが、少し申し訳なかった。

 そうして、森の廃墟にたどり着いた。
 イリヤを抱いたまま、勢いを落とさず中に飛び込む。
 それで、僅かに気が緩んだのか、倒れこみそうになるのを何とか踏みとどまる。

 障害物など無視してここまで来たが、それをここでやるわけにはいかない。
 穴の開いた足で階上へと足を向ける。

 ――――それで限界。
 こんどこそ、俺は瓦礫と化した室内に倒れた。
 もう、イリヤを抱いているかどうかもよく判らない。それでも、倒れた時に傷つかないように何とか身体を捻ることが出来た。
 五感は尽く失われ、僅かに触覚だけが機能していた。
 どうやら、まだ身体は動いているらしい。
 だが、もう意識の方が持たない。唇を噛もうとしても、何も判らず、体そのものの所在が不明。
 これじゃあ、結局イリヤも守りきれない。―――こんな所で消えたら、凛に申し訳ない。
 彼女とは別れすら交わしていないのだから。
 顔を真っ赤にして怒るのだろうか……。
 唇が虚空に、ここにない何かを呼ぶように何かを呟いた。
 それがどんな言葉なのかは分からない。きっと、俺はここで終わるのだろう。
 ならば、せめてイリヤだけは抱いていようと……、強く思いながら、俺の意識は闇に沈んだ。


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