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 メディアさん
(注)独自解釈酷し

 午睡より目覚める。
 昨夜床を同じくした痩身は既にない。
 そのことには、何の感慨もなかった。
 ただ、昨夜の男の言葉が少し可笑しかっただけ。

「一つ訊ねるが。それは手荒くか、それとも優しくか」

 そんなことを言ってから、結局私の答えなど聞かずに抱いた。

 契約は完了した。
 消えるはずだった自分は、この場所に確固としてあり、魔女としての役割に復帰する。
 自分を助けた男を、現世の依り代として。

 ただ、魔術師でもない彼をマスターとするには、僅かばかりの弊害があった。
 ただ存在するだけなら問題はない。
 この地は人間以外のものを存続させるに適した場所。
 そうでなければ、意識を失ったままで、自分は消えていただろう。
 運びこまれた場所が、ここだったからこそ、彼に抱かれるという選択肢が生まれたのだ。
 そう、だからこうして生きているだけなら、何の問題もない。
 生成される魔力は、器からすれば微々たる物だったが。

 しかし、聖杯戦争という戦いを勝ち抜くにはそれだけでは足りないのだ。

 雪のように白い肌を、寝具で隠しながら、考えをめぐらせる。
 一番手早い方法は、この地に住む人間から魂という力を、搾取してしまう方法だが。

 それは禁忌の魔術。
 人柱を贄とし、地脈を操作すれば容易く出来よう。
 だが、それこそ、生前自分を魔女と呼ばれる原因となったもの。

 それを、一度たりとも使ったことはない。
 決して破る筈のないもの。

 優雅に白い手を虚空へと伸ばす。
 その手は、いかに美しく見えようと罪人の手だ。

 その先にある本が見えた。
 この場所には不似合いな、あまりに場違いな本。

 この部屋の持ち主のものか。それにしては、あまりに派手だ。
 たとえば、少女のような年頃のものが読むのではないだろうか。

 この国の言葉。
 聖杯により知識を与えられている身なれば、読むのは容易い。

 その題はこう書かれていた。



   ―――ギリシャ神話―――



「宗一郎、さま」

 部屋に戻ってきた男に、幾分ためらいながらも声をかけた。
 もちろん、先のような生まれたままの姿ではない。
 幾重にも重ねられたローブに身を包んでいる。

 新たなマスターとなった男、宗一郎は、部屋を出る時までは確かになかった、煮えたぎる大がまに驚くこともなく、キャスターに答えた。簡潔に。

「なんだ」

「お願いがあるのですが」

「言ってみろ」

「この薬を飲んでいただけないでしょうか」

 小さなビンに入った液体を、手ずから宗一郎に渡す。
 それを躊躇なく受け取ると、宗一郎は。

「これは、聖杯戦争とやらに関係しているのか」

「はい、直接には関係しませんが、勝ち残るために」

「必要、ということか。いいだろう」

 宗一郎は頷くと、瞬く間に瓶の蓋を開け、その液体を飲み干した。

「それで、まだ何かあるのか」

「はい。いまから。私はこの釜に身を投げます。そして、十分に私が煮えたら、この紙に書いてある言葉を読んでください」

 そうして、大急ぎで書き記した呪文の紙を渡す。

「死ぬ、わけではないのだな」

「ええ、決して」

 力づよく頷く。

 死ぬつもりはない。まだ何もせぬままに消えるつもりは。

「承知した」

 宗一郎は、疑いなく、ただ淡々と頷いた。
 それだけで、決心はついた。
 死ぬつもりはない。ただ、今から行うことは死ぬほどの激痛をともなう。

 恐怖がないわけではなかった。

 だが、躊躇なく、釜の前へと足を進める。
 そして、静かに目を閉じると、その煮えたぎる、釜へ、その身を投じた。


「っ―――――!!!!!」


 叫び声をあげそうになる。

 人間よりもはるかに優れた体は、一瞬でその身を焼くことを許さない。  死ぬほどのいや、死に勝るほどの痛みが延々と続く。
 そして、感覚は失われていき、痛みもなくしたそれは、まどろむような酩酊を与え始めていた。
 
 だが、その力を失った、先までは尖っていた耳が、宗一郎の朗々とした声を、確かに拾った。
 彼の言霊に、薬瓶による魔力が乗り、擬似的な魔術として完成する。

 煮えたぎっていた、自分の体と、数多の神域に属する秘薬が、残らず一つに集まっていく。



 そうして、魔女メディアは、かつて自分が羊を若返らせたように。
 今度は、自分の身を、かつて清純だった頃。イアソンに出会う日のさらに向こう側のそこまで。
 遡らせたのである。

 そう、もはや魔女ではない。
 メディアは魔女っ娘となったのである。





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