ドラゴントランス戦記 きんぎん編
(注)壊れています。きんぎんのイメージが壊れるかも。つまり電波。
さて、いよいよ、一日にどれだけの食費がかかっているのか恐ろしくなってきた秋の日。
藤ねえを筆頭とした、四人の精鋭は圧倒的とさえいえる食欲によって、家系を食いつぶしている。
今月はちょっとヤバイな〜なんて本気で危険を感じる状況である。
それでも、なんというか、そういうことを言い出すのは非常に心苦しく、結果悶々と居間で悶えているのだが。
「シロウ、何か悩み事でも?」
どうやら、セイバーに心配をかけてしまったようだ。
戸を閉めたセイバーは、テーブルを挟んで俺の正面に座る。
「いや、なんでもないんだ。セイバー」
と、答えるも、どうにも力が足りない。
藤ねえはともかくとして、セイバーやアーチャーとのご飯ライフは一日に潤いを与えてくれる素晴らしいものだ。
だが、その素晴らしいですら、ちょっと現状に対抗できなくなってしまっているわけだが。
「シロウ、それでは何かあるようにしか見えません。何を苦しんでいるのか解りませんが、話してみる事で楽になることもある」
と、真摯な顔で見つめられれば見つめられるほど困る。
何せ、食費がものすごいことになっているから、ちょっと、食べるの減らさない?
なんて言える筈がない。
「すまない。こればっかりは。誰にも相談するわけにはいかないんだ」
申し訳ない、と頭を下げる。
「ふう。仕方ありませんね。シロウがそこまで言うのなら、追求はしませんが」
僅かに微笑しながらセイバーが続ける。
「何か別のことを考えて、気でも紛らせてみてはどうでしょうか。あまり一つのことにとらわれても、見えないものは見えませんし」
別のこと。
セイバーを正面に、その別のことを考える。
そういえば、今月の食費がやばいのは、四人のせいという訳ではなく。確か……。
忘れていた記憶の蓋を開ける。
忘れているからには何か理由があったはずなのだが、その理由も忘れているため、禁忌の蓋になりえてない。
たしか、食費に関わりがあったような。
そう、予定外の出費。
あれは、竜から始まった……。
思考の糸を辿る。封印された箱に繋がっている糸は、細く頼りなくて……。
そう、ヒントは目の前にいるセイバーだと気がついて、視線はセイバーの顔からさらに上へと。
「そうだ、セイバー!」
「は、はい。何ですかシロウ」
突然大声を上げた俺に、目を白黒させながらもセイバーが答える。
「そのクセ毛だった。原因は」
「は、はあ」
意味が解らぬと、不思議な顔をしているセイバーを置いてけぼりに、ありありとあのときの光景が甦る。
そう、どこぞのあかいあくまの策略に陥り、あの地獄を顕現させてしまったのだが。
たしか、あのときの海鮮釜飯ご飯と、大量のジャンクフードの王様を消費したのが、今月の出費に繋がっていたのだ。
そう、アーチャーなどは、現代にも何故だか詳しいので、けっこう厳しくお金の管理をしてくれているのだ。
それが、こんな事態になったのは。
黒いセイバーさんがご降臨なされたためか。
あのときの恐怖を思い出し、身震いする。
そう、セイバーのクセ毛に触れてはいけない。
アレがひとたび消えてしまうと、暗黒面がむきだしに。
その存在感は周囲の空間を歪ませ、鋼のような殺気を縦横無尽に撒き散らす。
まさしくキラースタイルなのでありました。
「クセ毛……。そういえば、シロウは確か私にウロコがあるだの。それに凛が確か……」
そのキラーマッシーンになる前のことを思い出しかけたのか、セイバーの眉が八の字に――
「せ、セイバー。その時のことは、覚えてないかもしれないが、十分にお叱りを受けたから。頼む。もう許してくれ!」
エクスカリバーも喰らったし。
正座十時間。それに加えて満干全席三食昼寝つきなんてお叱りは、命が危うい。
「はあ、わかりました。それで、クセ毛がどうかしたのですか。シロウ。これに触れてほしくないことは知っているでしょう? これ以上、何か?」
「いや、その……」
それに触れたり、握ったりしたらいけないことは重々承知しているのですが。うまい言い訳はどっかに――
「そ、そう。アーチャー。アーチャーはセイバーとそっくりなのになんでクセ毛がないのかな〜なんて思って!」
セイバーと重なったアーチャーに話題を逸らしてみた。
「む、そういえば、確かにアーチャーにはクセ毛がありませんね」
う〜んと、考え込むセイバー。どうやら美味く逸らせたようだが。
咄嗟に言ったことにしては中々の問題。同じように考え込む。
アーチャーも最初と最後で姿が違うのだが、黒いのは共通している。
というか、後者のやつは、暗黒セイバーを髣髴とさせる姿だ。うん、そっくり。
前半アーチャーがセイバーと≒なら、後半アーチャーが黒セイバーと≒なわけだが。う〜む。
「むう、気になりますね」
「ああ、気になる」
はたして、アーチャーにクセ毛はないのか。もしや、髪の毛に隠れている、もしくはごまかしてなんか。
「何、どうしたわけ?」
と、そのアーチャーのマスターである遠坂が登場した。
黒セイバーの乱は確かに悪夢だが、それを成し遂げた軍師の手腕は頼もしいものではなかろうか。
「いいところにきた、実は相談があるんだ」
「そんなの、簡単じゃない」
「む、そうですか」
「そうか?」
二人して、遠坂の言葉に首を捻る。
「だって、あいつにはセイバーなんて曰くもないでしょ。クセ毛ないし。セイバーのようなエピソードがあるんなら、それこそ隠したりなんかしないだろうしね」
「つまり、遠坂はアーチャーにクセ毛はないって言いたいのか?」
「そうじゃないわ。私が言いたいのはね、別に奇策なんて用いる必要なんてないってこと。普通に頼み込めば良いじゃない。セイバーが」
「私が?」
「そう、セイバーが。衛宮くんじゃ駄目よ。それこそ、道場で十回は失神させられるから。セイバーに」
「それも私が!?」
「そう。あいつ、衛宮くんの剣の師匠はセイバーって決めちゃってるみたいだから。私は、アーチャーの奴も教えるのに向いていると思うんだけど」
「はあ。素直に喜んでいいものか」
「喜んで良いわよ。だって、あいつセイバーに激甘じゃない。だから、セイバーなら頼めるんだけどね。頭を撫でていいですかって」
「ぶっ! 遠坂、頭を撫でるっておい」
「そうすれば探せるじゃない。イリヤでも良いんだろうけど、今日はいないみたいだしね」
イリヤに頭を撫でられるアーチャー。ちょっとシュールな気もする。
「解りました。つまり私にしか出来ない仕事だと」
俄然、セイバーがやる気になっている。
どうやら、頭を撫でるという行為に、思うところがあるようだ。
「ところで、いいのか、遠坂?」
「ん? 何がよ」
セイバーが心を遠くに飛ばしている隙に、声を潜める。
「クセ毛を捜すってことは、結局、それがあった場合握るってことだ。もし、本当にクセ毛があったら」
「大丈夫よ。今度は最優の戦闘要員がいるわ。どこぞのラックでもない限り、押さえ込めるはずよ」
確かにそうなのだが。相談しておいて、段々不安になってきた。
「そんなに心配しないの。そりゃ、あいつにだって弱点のひとつやふたつはないとね」
既に弱点はあると思う。あの妙に顔に出る癖は、アーチャーの弱点かと。
よし! ここで迷っても仕方がない。腹をくくって、行動を起こすとしますか。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「アーチャー、少し、いいでしょうか?」
中庭の前の廊下を歩いてきたセイバーが声をかける。
「ああ、かまわんが」
それに何の疑問もなくアーチャーは頷いた。
俺と遠坂は、障子の影から、様子を伺っているのだが、アーチャーは気づいたようには見えない。
とりあえず、二人は、座ることにしたようだ。アーチャーは中庭に向けた足をぶらぶらとしている。
犬みたいだな。尻尾ふる。
まだ、顔に出してはいないが、嬉しいのがまるわかりだ。
隣の遠坂も、声を殺して笑っているのが見える。
顔だけじゃなく、こうわかり易いのは長所なのか短所なのか。
いけない、脱線した。
最初は、普通の話しをすることにしたらしく、まだセイバーは本題に入っていない。
暖かく、見守るとしよう。
「それで……アーチャー。頼みがあるのですが」
「ん? なんだ。よっぽどおかしなことでなければ、いくらでも聞いてやるが」
「そうですか。では―――」
ごくり、と、喉を鳴らす。
「頭を撫でても、良いでしょうか」
セイバーは少し顔を紅くしながらも、その言葉を言いきった。
おお!
遠坂と二人で、セイバーに喝采を送る。勿論心の中で
え?
ボン?
何の音だ?
二人で顔を見合わせながら、視線をセイバーたちの方向へと戻す。
そこには、セイバーの数十倍の濃度で、顔を紅くしたアーチャーの姿があった。
「あ、あああああああ頭を撫でる? な、何でそんな急にそんなことを言い出したりするのですかなセイバーさん!? そうだ冗談だな。冗談ですね。冗談だといってくださいお願いします!」
面白いくらいに、慌てたアーチャーがセイバーに詰め寄る。上半身だけで。
だが、セイバーは毅然として。
「いえ、冗談ではありません。私は、心の底から、貴女の頭を撫でたいのです。ええ、この想いが間違いなどとは思えません」
その顔に笑みを浮かべた。優しく微笑みかえる姿は、あまりにも綺麗だ。
「////////」
その言葉で、アーチャーは言葉を失い絶句した。紅い顔を俯かせ、固まる。
そうして、数秒か、はたまた数分か。時間の流れがわからないような沈黙の中、静かに、小さく、そしてはっきりと。
アーチャーは頷いた。
それに、セイバーも頷くと、既に近くに来ていたアーチャーの頭に、ゆっくりとその手を伸ばす。
そして、さも愛おしげに、頭を撫でた。
アーチャーは赤面したままだ。だけど、その顔は心なしか安らかに見える。
それは、ひどく珍しい光景で。
それは、ひどく美しい光景なのだが、自分が見られていることに気がついた場合の、アーチャーの怒りが怖い。
ここからは、よりいっそう慎重に行動しなければならないのだが。
少々気が引ける。
だが、隣の遠坂は、まるで躊躇なく、どこまでも非情にい、セイバーへと合図を送った。
それに気がついたセイバーは、少し悲しげに目を細めると、優しくゆっくりと撫でていた手を。
今度は、少し乱暴にわしゃわしゃと撫でるに変えた。
その手の下で、少し驚いたようにアーチャーが身を竦ませる。だが、やはり心地よいようだ。
そして、頭を撫でるセイバーの眉が、片方、上がった。
手を止め、何故か全然乱れてない髪から手を抜く。その指には、緩やかに弧を描いた例のクセ毛が――
―――ヒュン―――
そんな風切音が聞こえたかと思うと。
俺と遠坂の目の前に、2本の短刀が突き立っていた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
思わず、隠れていた場所から飛び出す。
その先にはこちらに短刀を投げたと思われるアーチャーの姿があった。
「ハハハ、覗きとは。決していい趣味とはいえないなぁ。凛、そして衛宮士郎」
変わってない。姿は変わってない。違うのは頭に生えてきたクセ毛と。
「だが、それも仕方がない。これほどに美しいセイバーを、独り占めした私がいけないのだね」
変な喋り方だと思う。
「しかし、許して欲しい。私はこの世の誰よりも、セイバーを愛しているのだから。それを証明しよう」
そう言ったアーチャーは、いまひとつ事態についていけず目を白黒させていたセイバーの方を向き、その腰をやさしく抱いて。
優雅に、そして美しく。情熱的に唇を合わせた。
唇と唇を合わせるだけの軽い口付けではない。
下を絡ませ、二人の唾液が絡み合う、女同士の、ともすれば淫靡にも見えるはずの光景は、俺たちの時を止めた。
今ではセイバーのほうも、積極的にアーチャーを求めている。
それから、どれくらいその桃色空間を見せられただろうか。
名残惜しそうに二人は離れると、アーチャーは朗らかに告げた。
「と、このように。私は誰よりも、セイバーを愛している」
今度は、先のアーチャーのように顔を紅くしたセイバーが俯いている。
自分の行為が、乗せられてしまったとはいえ恥ずかしかったのか。
そして、その隣で何やらアーチャーは呟くと、その手に青い鞘が現れた。
「とはいえ、この世界は二人っきりには程遠い。しばらくの間、私とセイバーは引き篭もることにする。ああもちろん。ただでとは言わない。何しろ、セイバーは世界の至宝。それを独り占めさせてもらうのだから。だから、これで許してくれ」
そう言ったアーチャーは何かを俺の足元へ放った。
どうやら、封筒に札束らしい。
いくら入っているかは解らないが、百万はくだらないようだ。一体どこで。
「ああ、すまないセイバー。お金でどうにかしようなどと、まるで君を物のように扱う愚行。だけど、私が君を愛していることは、嘘じゃないんだ。さあ、行こうセイバー。決して後悔はさせない」
「え、あ。ちょっと待ってください。アーチャー。っつ!?」
アーチャーは素早くセイバーをお姫様抱っこすると。
「アヴァロン―――全て遠き理想郷!」
その手の鞘の真名を叫び、本当に引き篭もった。
その光が、ゆっくりと移動していく。
そうして、それが見えなくなったところで。
「と、遠坂?」
「な、何? 衛宮くん」
「今のは、誰だ?」
「さあね。でも、やっぱりクセ毛は禁忌ってことかしら。セイバー、無事だと良いけど――」
「何だ?」
「忘れましょ」
「――――同感だ」
冷や汗を流しながら心に決めた。
決して、クセ毛に関ってはいけない。
結局、セイバーとアーチャーは一週間、出てこなかった。
そこで何があったのかは知らない。
事情を聞いたライダーはひどく感心し、美綴への思いを、もっと前面に押し出すことを決意していたが。
それはまた別の話。まあ、ここで謝っておく。すまん、美綴。
最初に頭を悩ませていた、お金の問題も、アーチャーのおかげで何とかなったことをここに記しておく。
もっとも、そのほとんどは遠坂に持っていかれたのだが。
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