三万hit御礼ss きんぎん ―幕間― (ツッコミハユルシテ)
空の闇を彩るのは、鮮やかなその身を浮かべる月と、淡い煌きを宿す星。
夜の空は、いっそう晴れ渡り、それらの輝きは、この目には少し眩しいくらいに力強い。
寝静まった夜に、動くもののない音なき世界が、その光を子守唄にするかのようだ。
「夜空を見上げるのが、好きなのですか?」
周囲を見張る、という名目の割に、俺の視線がほとんど空を向いていたのが気になったのか、隣にいたセイバーが幾らか遠慮がちに訊いてきた。俺は視線をゆっくりと空からセイバーに移す。
「どうして、そう、思ったのかな……」
ゆっくりと訊ねる。
セイバーの遠慮がうつったのか、質問に質問で返すことへの申し訳なさゆえか、俺の声もセイバーと同じように、どこか力がない。そして、それだけにセイバーと同一に思える今の自分の声が、追い討ちをかけるように俺の心を動揺させた。
「いえ、空を見る貴女の顔が、どこか嬉しそうな気がしたので」
その言葉に思わず自分の顔を手の平で覆う。月や星があっても、未だに深い闇を根幹に持つ夜の中で、傍目でもわかるくらいに俺は嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
「そ、そこまで気にする必要はありません。ただ、空を見る貴女の目を見て、そう思っただけですから」
俺の動揺以上にセイバーは慌てたのか、体を乗り出して、俺の懸念を否定する。
それで、彼女の鼻先がほとんど自分のそれと触れそうになるくらい近づいたから、俺はほとんど逃げ出すようにまた視線を空へと戻した。
セイバーも俺の態度で、そのことに気がついたのだろう。慌てて、身を引いたのと同時に少し俯く。
それを横目で伺うように見ていた俺は、今度こそ本当に視線を空に移して呟いた。
「そうだな。星に関らず、空を見上げるのは、嫌いではない……」
思った以上に、硬い響きとなってしまった声に内心苦笑する。
「本当ですか?」
バネ仕掛けのように勢いよく顔を上げたセイバーだったが、その跳ね上げた顔と裏腹にどこか言葉には力がない。
それで、今度は心の中ではなく本当に少し笑いを漏らす。
「嘘じゃないよ。しかし、セイバー。私が星を好きか否かで、何か問題が?」
「いえ……」
やはり、どこか力ない声は、何かを言いあぐねているかのようだ。
出来るだけ、セイバーが言葉をだしやすいように、穏やかな気持ちで待つ。
そして、僅かな時間、互いの息遣いだけが聞こえてくる。
先は、それすらも聞こえなかったというのに。お互いの動揺ぶりに、またも内心苦笑する。
「実は、私は少々、星を詠む術を持っていまして――」
「星占い、というやつか?」
「そうです」
アーサー王の物語が、ドイルド信仰とも深い関わりがあることを思い出す。
きっと、セイバーの言う星占いも、あの魔術師に教えてもらったものなのだろう。
心から堅物な彼女のことだから、その星占いでも、きっと……。
一瞬、心に浮かんだ考えを否定する。
確かに、今までの彼女ならそうかもしれない。
その、セイバーが、今、星占いのことを口にしたのだ。
「つまり?」
「貴女と、別れが近づいた時、一緒に星をみて、いただけないかと」
ほとんど、呟くような声。そのセイバーにとって珍しいとも言えるか細い声を、俺ははっきりと聞いた。
まるでプロポーズのような言葉に、顔が紅潮する自分を幻視した。
実際の表情は、自分では分からなかったし、俯くセイバーも見てはいない。
どこか恥ずかしいような、照れくさいような気持ちと同時に、冷静な自分が身を起こす。
それは、別れの時の。
聖杯戦争に向けての命運ではなく。その先。
それは、およそ交わるはずがない俺との……。
そう思ったときには、承諾の言葉が口から出ていた。
「ああ……、そうだな、悪くない。約束しよう。また、別れが来る前に、君と星をみることを」
「――ええ」
思わず出てしまった本音を含む部分に、セイバーは目を瞬かせたが、それも一瞬。彼女は微笑んで俺との約束を結んだ。
きっと、星占い、というのは口実に過ぎないのだろう。
既に、この身を包むのは骨と肉ではない。
もし、かつて聞いた英霊としての姿が間違いないのならば、俺も、そして目の前のセイバーも、この戦いが終えれば消えてしまう存在だ。
残るのは記憶ではなく、記録だけ。
そして、一瞬。こうして空を見上げることがこれからもできるのだろうか。そう思ってしまった。
だからこそ、セイバーとの約束がいっそう尊いものであるように思えてくる。
そして、自分がこれほど、動揺することに。感情が揺れることに驚く。
ここに呼び出されて、まだたいした日数が経ったわけではない。
だけど、覚えているその百倍の時間を合わせて、これほどに穏やかになれただろうか。
そう思って、今見ている夜空に、かつて見上げた空を重ね合わせる。
それに、空を見上げることは、俺にとって。
きっと、特別なこと。
「実は、さっきも言ったとおり、好きなのは星空だけではないんだ」
それで、思わず、口から言葉が漏れてしまった。
そのことに内心の動揺を悟られないよう、口を閉じる。
見つめる先は変わらず、空の星へ。
「? ええ」
セイバーは少し、意味を取りかねてか、続きを促す響きを声に乗せる。
「そうだな。その、青い空も綺麗なんだ」
幾度となく見上げた空を、脳裏に浮かべながら言葉にする。
言葉にしながら、幾重にも封をして。
矛盾する心は、吐き出す言葉を頼りないものにしてしまった。
その、あまりに不明な言葉にもかかわらず、視線を再びセイバーへと戻していた。
きょとんとしたセイバーの目に、俺の目が映る。
そして、彼女の唇がゆっくりと開いた。
「ええ、いっしょに見ましょう。二人で、青空を、星空を、夕焼けを。朝焼けを」
そう、柔らかい笑みを浮かべたセイバーを、俺の目ははっきりととらえる。
とらえて、心に焼き付いてしまう。
あまりに鮮やか過ぎて、あまりに、激しくて。
思わず、深く仕舞っていたものが、零れ落ちそうになって。
俺は、今できる精一杯の微笑を、セイバーに向けた。
彼女が、俺が目指した星と、似て異なるものでも。
その輝きに間違いはない。
ただ、俺が目指したものと少しばかり違うだけ。
だけど、彼女を目指す者もいるだろう。
俺がかつてそう願ったように。
その星のように、自分も……
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