映るのは二人の姿。
 それはたった一瞬のこと。だというのに、私は砕きそうになるまで歯を食いしばっている。
 今日は、大事な日である。
 誰にとって大事なのか。それは私であり私ではない者のことであり、やはり私であり私ではない者にとって。
 つまるところ、衛宮士郎とセイバー。二人にとって大事な日なのである。
 遥か先を歩く二人を一瞬たりとも視界から外さずに見つめ続ける。
 その距離、およそ2kmといったところか。
 鷹の目と呼ばれる技能を持つ私にとって、それくらいの距離は何の障害にもならない。
 だが、それはそれで。腹が立つことでもある。
 眼の前と間違うほど間近に見える二人の初々しい姿は。
 いつもと違う格好をするセイバーに、度々見惚れる奴に溶岩の如き感情を覚えずにはいられない。
 ようするに、私は極大の嫉妬をしているのだ。
 二人をこっそり追いかけずにはいられないくらいに。
「あ〜、なにしてんだ。おまえら兄妹」
 そんな風に我を忘れてしまっていたからか。
 いつのまにか、誰かに背後を取られていたことに気がついてなかった。
 かけられた、聞きなれた軽い声に反応する暇もなく。
「だれが、兄妹だ」
 隣で憎々しげに答える声もよく聞きなれた声。
 雷で撃たれたように私は肩を揺らし、きしむ音が聞こえそうなほど体を強張らせ、二人の声の持ち主へと顔を向けた。
「な、なななな。なんで貴様らが」
 驚き上げる声には、常にならばある力がない。
 目の前には呆れと楽しさを等分したかのようなランサーと。
 憮然とした顔を隠そうとしないアーチャ―の姿があった。
「いや、なんでって。あんまりにも不審な奴がいたら誰だって声掛けるだろ。それが知り合いならなおさら」
 頭をかきながら言葉を返すランサーに、思わず声が低くなる。
 それは単純に不安からであり、口から出た問いかけの言葉も力がない。
「不審だった、か?」
「ん? ああ。これでもかってくらいには。いつものあんたと違うからなおさら……。はは〜ん。なるほどねぇ」
 先ほどまで私の視線が向いていた方に何があるのか。正確に悟ったのだろう。ランサーの笑みが八割以上楽しみに塗りつぶされた。
 その不吉な表情は、私の肩を落とすに十分にたる代物だ。
「なるほどなるほど。おまえもそう思うだろう? アーチャー」
 今の今までまったく憮然とした顔を隠さずにいたアーチャーにランサーは問う。
 だが、アーチャーはその問いには答えず、かすかにひび割れた声でランサーに不満を告げた。
「それより、兄妹という言葉を訂正してもらいたいがな」
 よほど気に入らなかったのか、殺気すら滲んでいるようにも見える。
「そうか? 中々良い言葉で表わせたと思ったんだが」
「少なくとも、私はここまであからさまではない」
 眉間の皺がさらに二割ほど増した顔でアーチャーがランサーに反論する。
 その言葉に、私はさらに肩を落とした。
 まさか、そこまで醜態を晒していたとは。穴があったら入りたいというところだろうか。
 だが、どれほどの羞恥を覚えようと、胸の中の灼熱はやはり冷めることはなく。
 言い合いを続ける二人から私の視線は離れ、いつの間にか楽しげにざぶ〜んへと歩くセイバーたちへと向けられていた。
「――重症だな」
 溜息を吐くアーチャーも。
「ま、楽しそうだしいいんじゃねぇの?」
 冷やかすランサーも、所詮はただの騒音だ。
 時間というのは残酷だ。
 止まることなく無情に流れ続ける。
 それは、今この時も全くと言って変わらず。
 私の視線の先で、セイバーと衛宮士郎は。わくわくでざぶ〜んな建物の奥へと姿を消してしまった。
 いくら私の眼が鷹の目と呼ばれようとも、さすがに透視を可能とするほどのものではない。
 障害物に阻まれれば、常なる人と同じだ。
 中で二人が何をするのか。この場所から見ることはできない。
 できるのは、そう。想像することだけ。
 衛宮士郎はともかく、セイバーも水着になるのだろう。
 それを考えると、私の胸は早鐘を打つ。何と形容してやればいいのか。自分の胸が、心の奥が抑えられない。
「あ〜、そんなに気になるならお前も入ればいいんじゃねぇの」
 気楽に言ってくれる。
 あまりにあっけらかんとしたランサーの言葉に私は、文字通り音速で振り返った。
 そのせいで、回りの枝葉が激しく揺れる。
「貴様は。私に、あ、あの場所に入れと言っているのか!?」
「あー、まあ、そういうわけだが。なんでそんなに怒る必要があるわけ?」
 憤る理由がわからんと、ランサーの眼が告げている。
 なるほど、確かにこの体は女の身だ。だが中身は男だ。ランサーに責任はないとしても、先の言葉は許せるものでは――
「何を迷っているのかは知らんが。別に水着で居なければならん理由はあるまい」
 と、そこで私の内心の葛藤を正確に読み取ったのかアーチャーが呆れ混じりに解決策を告げた。
「なるほど」
 アーチャーの言葉に納得する。先刻の失言も合わせれば――ランサーの言葉を信じれば、奴も私と同じようなことをしていたのは明白。アーチャーがセイバー達の様子を伺いたいのは間違いないだろう。
 そうとなれば話は早い。
 一瞬で内心の迷いを断ち切ると、私は飛燕の如き素早さと慎重さをもってアーチャーの背につかまった。
「ぬ。貴様何を――」
「言葉にしたからには責任を持て」
「よもやここまで己を見失っているとは――仕方ないとはいえ、後で後悔しても知らぬぞ」
 その時だけは、アーチャーの言葉に微かな親切があった。
 だが、それが今なんの役に立つのだろうか。いや立たない。
「あ〜、その方が目立つと思うんだが」
 頭をかきながらランサーがどうでもいいことを口にする。
 他人など知らぬ。要は二人にさえ見られなければ良い。あと、水着を着るよりはもっと良い。とはいえ――
「さすがに、入場の際は離れるべきか」
「当然だ。そも、もしもだぞ。もし、私たちがアレに間違えられたら目も当てられまい」
「ふむ。それはぞっとしないな」
 くっついたままで納得し合った私たちは、とりあえずとばかりに離れる。
「――俺、もう知らねっと」
 ランサーの声など騒音でしかない。私には絶大な目的があるのだから。




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