ざぶ〜んに入場した私は、いきなりの難関に遭遇していた。
敵は、いったい何なのか。己の心か、それとも……。
私は女子更衣室の前で、天井を仰いでいた。
ざぶ〜んへの道(きんぎんホロウ)2
わくわくざぶ〜んはプールである。全天候型屋内ウォーターレジャーランドというもので、中々長ったらしいキャッチコピーがあるらしい。多種多様なプールで遊べる魅力的なリゾート、というわけだ。
レジャーでプール、なわけなのだから。基本的のその場所で遊ぶにはまず通過しなければならないところがある。
それが今私の前で壁の如く立ち塞がっているものだ。
最初はランサーとアーチャーの二人の背に隠れるように、もう片方のそこへと入ろうとしたのだが。残念なことにそれは叶わなかった。
別に水着を着ようというわけではないのだから構わないと感じるのだが。
二人には断固として止められた。さしものこの体も二人のサーヴァントにはさすがに抗えず、まるで猫のようにこの場所へと投げ捨てられたのである。
元々自分は男である。男なのだが、どうも凛を始めとして皆が私を元から女として生まれた衛宮士郎のなれのはてと勘違いしている節がある。
それはそれで、構わないといえば構わないのだが。今の格好を始めとして、何かと困ることも多い――。
入場する前の衝動が半ば鎮静化しかけ、自分の状況を省みはじめていた私は、ある事実に気がついた。
このままの格好では、何かとまずいのではないか?
たしかに、今の格好は普段の私のそれとは違う。違うのだが、今着ている服は今日のセイバーが着ている服と同じ日に、同じ場所で買ったものだ。
いくら水着にならないとはいえ、この格好でうろうろするのはあまりに危険だ。
そう気づいた私は、すぐさま入場ゲートの方へと足を向けた。
幸いにして、入場ゲートのすぐ先にも出店は存在した。
もちろん中にもあるだろうがそれでは遅すぎる。
私はその場所で適当に買い物をすると、再び女子更衣室の前に立った。
こんなところでもたもたしていると、セイバーと衛宮士郎が合流してしまう。
普段とは違う格好をしていたセイバーの気合の入りは、生半可なものではない。水着に関してもそれはあてはまるだろう。
それは間違いなく衛宮士郎の理性を奪う。
今日の――デートは、セイバーが望んでいることでもある。
だが、だからといって許容できないこともあるのはたしかだ。
邪魔はしない、邪魔はしないが。せめて覗き見ることくらいは。
そう自分に言い訳して、私はとうとう目の扉を開いた。
これだけ巨大なレジャー施設だ。その更衣室も比例して大きい。
すばやく視線を巡らせてセイバーの存在がないことを確認した私は、自分の精神の均衡のためにすぐさま今見たものを脳裏から忘れると、目的の場所に飛び込んだ。
ことは簡単である。ようは変装だ。
私は紙袋から買ったばかりのジャージ上下を取り出し、今着ている服の上にそのまま身につける。
多少ごわごわするし、もちろん中の服も皺になるのだが気にしない。
手早く上下を着た私はさらにサングラスをかけた。
完ぺきである。
鏡を見て満足した私は、紙袋をきれいに折りたたみジャージのポケットにしまうと、回りを確認もせずに飛び出した。
「あっ」
漏れたのはどちらのものだったか。
たぶん、セイバーだったのだろう。少なくとも、私の声はマスクでくぐもってしまっていたのだから。
悲惨な状況――二人はぶつかったわけではない。何しろサーヴァントという人間を超越した存在。セイバーは飛び出してきた私をとっさにその両の手で受け止めたのだ。
サーヴァントの身でありながら、つんのめってしまっていた私は自然セイバーの腕の中にすっぽり抱かれてしまうことになり。
「す、すまない」
赤面が限界を超える前に、慌てて腕の中から抜け出した。
動揺で裏返ってしまった声は幸いにも普段のそれとはまったく別のものになっていた。
「いえ。たいしたことではありませんから」
あまりに過敏に過ぎる脱出だったからか。セイバーの眼は軽い驚きに見開かれて。私を受け止めた手はへその前で合わされている。
――へそ?
「――あ」
それはなんとも間の抜けた声だった。
一度密着までしておきながら、何故気がつかなかったのか。
セイバーは、その、水着姿だったのである。それも、ワンピースではなく、ビキニタイプの。
確かに、彼女が水着を買っていたのは知っていたが。その種類までは知らなかった。
これは、直視していては心の臓が破裂する。でも、目を離せない。
「大丈夫そう、ですね。貴女も今日は泳ぎに来たのですか?」
「ああ。そのつもりだ」
その言葉に、私は嘘を吐く。
「そうですか。実は私は泳いだことがないので少し心配なのですが」
嘘に気がつかず、嬉しそうに笑うセイバーに私は目を細める。
その笑みは、これからの衛宮士郎との時間を本当に楽しみにしていることがわかって。
サングラス越しでもその姿はさながら太陽のようで、私はしばし言葉を失った。
「それでは、私は先に。また会うかもしれませんね」
だから、言葉を取り戻せたのはその太陽がその姿を隠したからで。
まるで真夏の太陽のように私の頭を溶かしたセイバーを追いかけた私は。
「あ〜、それは何かの冗談かね?」
すぐさま呆れたようなアーチャーとランサーに出迎えられた。