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溜め息を吐く。
何故、俺はこんな所にいるのだろう? そんな諦観にも似た心境で、店が立ち並ぶ通りを歩く。
そこは、どこからどう見ても、商店街にしか見えるわけもない場所だった。平日の、昼過ぎのこの時刻、近所の奥さん方の姿も多々見られる。
てくてくと、身長に見合った速度で歩く。表情は、セイバーのように仏頂面をしているつもりだが、今日までの自分の有体を考えると、それも失敗しているような気がしてますます気が滅入る。 再び、肺に溜まった空気を吐き出す。その度に、何か大切なものまで抜き出ているような気もしてくるが、気のせいだろう。きっと。ふと、手に提げている買い物袋には今日の夕食の材料の姿が目に入る。
正に、お使いといった自分の姿に眩暈を感じる。疲れてるわけではないが、正直これはどうかとも思わないわけではない。
「ちょっと、いいかしら」
昼食の、弁当を片付けていると、凛が真剣な顔で声を掛けてきた。
マスターの話の件はもう終わっていたが、他に何か重要な話でもあるのかと、目を僅かに細める。
「アーチャー、今日の夕食は私の当番だから、材料買ってきてくれないかしら?」
「それは、今しなければいけないことなのか、マスター」
自分でも、馬鹿なことを訊いているとは思ったが、訊かないわけにはいかなかった。頬を一筋の汗が流れたことも気のせいではないだろう。
「ええ。授業が終わったら忙しくなるんだから、今出来ることをするのは当然でしょ。衛宮君のところにセイバーがいるんだから、貴方は偵察兼買い物。ちゃんと、必要なものはメモにしてあるから、ちゃちゃっと買ってきなさい。分からない所があったら、ちゃんと教えてあげるから」
俺が黙っていると、凛は何かに気がついたのか、続けて
「ああ、買い物が終わったら、家に戻ってていいわ。なんなら、おやつを買ってきてもいいから」
などと、言ってくる。
「君はサーヴァントを――――いや、なんでもない。地獄に落ちろマスター」
俺は、捨て台詞を吐くのが精一杯だった。
凛の性格はそれなりに熟知しているつもりだ。これは、俺がどうこう出来るものではない。どうやら、昼食の件の意趣返しのようだが……。
とにかく、短いやり取りの間に、俺は捨て台詞を残して、目的の地へと向かわなければならなかったのである。
セイバーの、どこか痛みに耐えるような顔や、衛宮士郎の瞳に映る同情の色が、とかく痛かった。
思い出すだけでなんとも、情けないような疲れたような気がしてくる。
風がひどく冷たいこともそれに拍車を掛けているのだろう。そもそも、買い物をしながら偵察とはいかがなものか……。
買い物袋の中にある、結局買ってしまったドラ焼きを見ながら思う。
一応人数分買ってはいるが、セイバーの分は普通の一人分よりは多いものである。
その横にジャムの瓶が。メモにあるリストには、夕食の材料のみならず、こまごまとした物もあった。
いかん、こんな事をいちいち考えていても、何の益にもならん。
実のところ、これがただの雑用だけでないことは理解していた。凛なりの配慮だと思う。
彼女は、どうやら今日の俺と衛宮士郎はあまり関わりにならない方がいいと感じたらしい。
意図せず、俺は衛宮士郎に度々、敵意にも似た視線を送っていたとのこと。
それでは、まるで奴――――アーチャーの様ではないかと、呟く。
そして、気付けば、俺の足は、今日アーチャーと話した公園へと向いていた。
寒いことが原因なのか、それとも時刻に問題があるのか、確かめる術は持たないが、とにかく。公園には、先の忌々しい時間と同じく、ご近所の子ども達も、その母親達の姿もなかった。
それでも、音がある。人によっては耳に触るかもしれない、鎖の軋む音が。その音に誘われたのかどうかは分からない。
メトロノームのように一定の間隔で、音を奏でている。右に、左に、振れ動くそれは、お世辞にも美しい音ではない。
しかしそれはどこか、物悲しく、胸を締め付けるように、俺の心に響いた。
ああ、そうだ。■■■は――――
「こんなことをしていても、衛宮士郎には会えないぞ」
そう言って、ブランコを一人漕いでいる少女。白い雪のような髪持ち主に声を掛けた。
「誰!?」
跳ねるようにブランコから降りた、白い少女は警戒するようにこちらの方を向いた。 生憎と俺は戦うつもりも、驚かすつもりもない。その結果、買い物袋を手に提げた、なんとも微妙な姿を彼女にさらす事になったが。
それでも、彼女の警戒心を和らげる結果になったのならば、まあ、些細なことなのだろう。
「えーっと。リンのサーヴァント?」
どうやら、俺の事は覚えていてくれたようで、すぐに気がついたようだ。
もっとも、そこには、俺に対する敵意も、そして興味もさほどないようではあったが。俺の言葉には多少関心があったらしい。
「それで、エミヤシロっって誰のことかしら。アーチャー」
紅い瞳を僅かに細めて彼女は尋ねてきた。ふむ。どうやら、名前はまだ知らなかったか。
腕を組もうとして、手に提げた買い物袋に邪魔をされる。
「――――セイバーのマスターのことだ」
その変化は劇的、そういう表現しか思い浮かばなかったが、とにかくそういうものだった。
まるで、俺の事を者を見るような表情をしていた少女は、明らかにそれと分かる笑顔になっていたのだから。
「おにいちゃんの事!?」
弾むような声を上げて、こちらに近づいてくる。
「ねえ、ねえ。おにいちゃんの名前ってエミヤシロっていうの?」
そこには、今が聖杯戦争で、彼女がマスターである事など微塵も感じさせるものはない。
「ああ。正確には。衛宮士郎。士郎とでも覚えておけばいいのではないか。その方が分かりやすい」
「シロウ、か。単純だけどいい名前ね。なんか孤高な響きがするし。本当はおにいちゃんから直接聞きたかったけど。感謝するわ、アーチャー。それで、貴方最初になんて言ったかしら。おにいちゃんに会えないって。――――おにいちゃん死んじゃったの?」
どこか不安げな顔で少女は俺を見つめてくる。
彼女ならそんな事を知る事は造作もない事だろう。だが、これほど動揺するのは、やはりそれが衛宮士郎の事だからだろうか。
「いや、生きている。私が言いたいのは、あいつは学校に行っているから、ここで待っていてもあいつには会えないと言いたかったのだが。言葉がたりなかったようだな」
「良かった。まだ生きているのね。おにいちゃんは最後に私が殺してあげるんだから。他のマスターには絶対あげない」
言っていることは物騒だが、彼女が笑顔を見せてくれることはとても心地が良かった。それが、衛宮士郎に対してのものであったとしても……。
分かりきった事だが、彼女は今の俺よりもまだ背が低い。その彼女が不思議そうに俺を見上げている。
「どうしたの? 嬉しい事があったの? それとも何か悲しいの?」
心の中を見透かされたかのような言葉に、声を上げそうになる。だが、それも一瞬の事で何とか平静を取り戻す。
どうやら、俺も人のことは言えないようだ。
「――――いや。なんでもない。気のせいだろう」
そう言うと、彼女は悪魔的な笑みを浮かべる。少し――失言だったか? それでも、俺を見上げる姿は変わらなかったが。
「ふーん、そうね。アーチャーはリンのサーヴァントなんだからどうでもいいわ」
「そうだな」
確かに彼女にとってはそうだろう。衛宮士郎ならともかく、ほかのマスターを害虫と称した彼女だ。俺の事など蚊ほどの興味すらないのかもしれない。
そのまま、紫の服を着た、明らかに異国人と判る白い少女と、買い物袋を提げた買い物帰りといった、これまた日本人には見えないだろう俺が無言で見つめあう構図となってしまった。
そこに言葉もなく、運が良いのか悪いのか、誰も近くを通らない。最も俺はこの――――
「つまんない。アーチャー、貴女なにか楽しいお話はないの? 黙っているだけじゃ立派なレディーにはなれないんだから」
つまり、彼女はこんな俺相手でも話がしたいということか。それはいいが、立派なレディーとやらにはなりたくはない。とはいえ、彼女と話せることが喜ばしいことには違いない。
「成る程、では、何か面白い話など聞かせてはくれないかな」
そう、俺が言うと、彼女は少し拗ねた様な表情を見せる。
「わかんない、そんなの。私、今までお話しなんてしたことほとんどないもの。面白い話なんて知らない」
少し意地悪な言葉だったか。なら。
「む、ではどうやって、立派なレディーになるのかな」
「ふふ。私はリンとは違うの。もう立派なレディーなんだから」
ふむ。凛はどうやら彼女に、レディーとは認識されてないらしい。まあ、凛の淑女らしからぬ行動を見れば、その評価は当然というものだが。あの夜の会話だけで凛はその判断を下されたようだ。
「ふ~ん。貴女も大変なのね、アーチャー。マスターがリンじゃ、貴女の苦労している姿が目に浮かぶわ」
心の底から哀れんでいるような視線を受けては、さすがの俺も胸が痛い。もっとも、こんな会話や俺の表情を凛に知られたら、どうなることか。
「しかし、立派なレディーをエスコートするには、衛宮士郎ではいささか荷が重過ぎるのではないかね」
その言葉にきょとんとした彼女は、ゆっくりと俺の言葉を小さく口にした。
「エスコート。そっか。おにいちゃんにエスコートしてもらえばいいんだ」
――――まだ、そこまで考えてはいなかったという事か。まあ、嬉しそうに見えるのはいいことだ。
この事で衛宮士郎が被害を被っても、何の問題もない。
無邪気に喜ぶ姿は、その白銀に光る長い髪も相まって、本当に雪の妖精という表現が良く似合っていた。
雪は好きだと言っていた事を思い出し、それが今ない事を少し残念に思った。
しかし、彼女は寒いのは苦手だったか。体が弱い彼女は、故郷では殆ど自室で生活するしかなかった。
――――ドクン
その彼女からしてみれば、聖杯戦争の最中とはいえ、こうやって、外で会話するだけでも楽しい事なのかもしれない。
そう思ったとき、気がつけば俺は、彼女の頭を撫でていた。
「え? アーチャー、どうしたの」
驚いているようだったが、拒絶はされなかった。されるがままになっている。目を閉じたその姿は、日向でまどろむ猫を連想させた。
「綺麗な、髪だな」
そっと呟くように、声を出す。
「うん。私の自慢の髪なの。母さまがくれた、私のたった一つの女らしいところなんだから。父さまだって褒めてくれたんだから。雪みたいな髪だって。だから私、雪は好きなんだ。寒いのは嫌いだけど」
そして目を開けた彼女は、俺の、髪を見て笑みを浮かべた。
「アーチャーの髪も綺麗よ。長くはないけど、銀色で、私とおそろいだね」
「そうだな。おそろいだ」
そう言って俺も笑みを返す。彼女は手を伸ばして俺の髪に触れてくる。俺も彼女も、互いの髪に触れながら、ずっと、向かい合って立っていた。
「立って話すのもなんだし、座らないか?」
それから、幾分時間がたってから、俺は思い出したように、声を出す。
「そうだね。すわろっか」
そう言って彼女は、ベンチの所まであっという間に駆けていった。
「早く、早く」
そう声を上げる彼女は、本当に無邪気に笑う。それに、苦笑しながらもベンチまで歩く。
そのとき、ふと提げている買い物袋の重みを思い出した俺は、あるものに気がついた。
たしか、あの時もこれを彼女に――――
そう思いながら、すでにベンチに座って足をぶらぶらさせていた彼女の隣に座ると、俺はドラ焼きを取り出す。
「一緒に食べないか? 高いものでもないが」
そういって差し出した、ドラ焼きを見た彼女は、目を丸くしてそれを見ている。
「えっと、これ食べ物?」
「ああ。お菓子の類だ。衛宮士郎は甘いものは得意ではないが、これだけは違う。まあ、そういうものだ」
「いいの? 怒られない、アーチャー?」
少し心配げに訊いてくる。それを微笑ましく思いながら
「誰が、私を怒る権利があろうか。私がやりたい事をやって何が悪い。そう思うだろう?」
「うん。リーズリットもセラも、外で遊んじゃ駄目っていつも言うけど。私だって外に行きたいもの」
「だから、いいんだ。遠慮なく食べて欲しい」
「――――ありがとう、アーチャー」
そう言って彼女は両手で持ったドラ焼きを恐る恐る口元に持っていった。
だれしも未知の物を食すときはこのようになるのかもしれない。
それでも、気に入ってくれたのだろう。彼女は二口目からは、まさしく頬張るという表現がぴったりの姿だった。
俺もそれに習って、ドラ焼きを頬張る。セイバーは、その姿から考えれば驚くほどたくさん食べるが、決して口が大きいわけではない。むしろ小さいといってもいいかもしれない。もとの俺に比べたら。
二人の時間は、かつてのように、バーサーカーが起きたからという理由で、別れの挨拶も出来ずに終わってしまった。
それでも、俺は幸せな時間を過ごせたと思う。
こんな姿になった以上、彼女とこんな時間を過ごせるとは思わなかったのだから。そして――――
ありがとうと告げたときの、イリヤの笑う姿は本当に綺麗だったのだから。
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