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二月二日

 朝食の後、凛は学校に行くと告げた。凛はそう言うだろうと思っていたから、驚きはなかったが。
 むしろ俺がすんなり納得したことに、拍子抜けしていたようだった。

「霊体化して護衛するくらいはかまわないのか?」

「もちろんよ。学校といわず、外に出るときは貴女に傍にいてもらうわ。護衛期待してるんだがら」

 期待されてうれしくないわけがない。不肖ではあるが、この身は騎士の端くれ。
 主を守ることが勤めならば、全力を持ってこたえよう。

「承知した。この身は凛の剣となり盾となろう」

 だが、凛にはひとつ言っておきたいことがある。確か学校にはライダーの結界があったはずだ。
 この聖杯戦争が、同じようになぞられるのであれば、あれが存在しているはず。
 しかし、もっとも肝心なこと。誰がライダーのマスターだったかが、さっぱり思い出せない。
 だから、俺ができることは凛に忠告することくらいだ。

「しかし、凛。もしもその学校に敵がいたらどうするのだ?」

「大丈夫よ。学校にはマスターはいないわ」

「君がそういうのであれば、それは本当なのかもしれないが、何事にも例外がある。油断だけはするな。君が気がつかなった魔術師がいるかもしれん」

「はいはい、わかったわ」

 む。凛のやつ、あまり信じてないな。
 しかもなんか笑ってやがる。
 どうにも、効果がなかったようで、幾分肩を落としかけたが踏みとどまる。
 主が不調であるというなら、それを支えるのも臣下の役目。
 いかに凛が卓越した魔術師であろうとも、彼女はまだ少女なのだ。そして、経験も圧倒的に不足している。
 だから、俺は全力で凛をサポートしよう。


 
 予想通りというか学校には、結界が張ってあった。俺のときと同じライダーによるものだろう。

「驚いた。もしもの話って本当にあるのね」

「だから言ったではないか。例外はあると。案外この学校にマスターが何人もいたりしてな」

「さすがにそれはないと思いたいわね」

「ふむ、だが凛の場合それはないと思ったことに限って起きたりするのかもしれないな」
 やれやれ、と霊体化したまま肩をすくめる。
 凛には見えないが、その雰囲気は伝わったのだろう。凛はどこか拗ねたように口を尖らせた。
 
「うっ・・・・・・。で、アーチャー、この結界どうなの?」

「ああ。まだ完全ではないが、準備は始まっているといったところか。しかしここまで派手なものだとするとよほどの大物か」

「とんでもない素人ね。普通はばれないようにやるものだわ。私のテリトリーでこんなことをして、ただで済むとは思わないことね」

 凛はかなり憤慨しているようだ。確かこれは一般人を巻き込むような、いや一般人を対象とした結界だからな。
 絶対にこれを発動させるわけにはいかない。



 時刻は夕方。じきに日が沈み、夜となるだろう。
 そうすれば、学校に人もいなくなるはずだ。ん? 何か忘れている気がするが。
 なんだっただろうか?
 だが、凛の声で、俺は思考を中断された。

「はじめるわよ、アーチャー。まずは結界を調べて、消すか残すか決めましょう」

 私はうなずいた。まあ見えてはいないだろうが、気配くらいは伝わる。
 今は結界のことを考えよう。

   場所は屋上。やはりこの結界はどうにもならない代物らしい。
 結界内の対象を融解させる結界。あの時は分からなかったが、今なら分かる。
 これを解呪することなど不可能だ。この結界は魔術というより宝具なのかもしれない。
 この結界を消すことは出来ないが、邪魔をするということで、話は決まった。
 凛が魔術刻印のある左腕を地面につけ魔術を発動しようとして

「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」

 唐突に第三者の声が響いた。
 何たる不覚。この距離になるまで、サーヴァントの接近に気がつかなかった。
 振り返ったそこ。給水塔の上。青い騎士。ランサーか!

「これ、アンタの仕業?」

 ランサーから放たれる獣じみた気配の中で、凛がたずねる。

「いや、俺は小細工なんてしねえよ。ただ命じられ戦うのみ。そうだろうそこのお嬢さん」

 霊体化したままの俺に向かってランサーが笑みを浮かべる。
「やっぱり、サーヴァント!」

「そうとも。それが分かる嬢ちゃんは俺の敵ってことでいいのか?」

「――――――――っ」

 凛はこの場所から脱することが最善だと感じているようだ。
 同感だ。ここでは、俺はともかく凛を護りきるのは難しい。
 同じように感じたのか、ランサーの顔に笑みが浮かび、その手に禍々しき紅い槍が表れる。

「凛!!」

 一瞬で察したのか、俺をすぐに実体化させ、俺は凛を即座に抱えあげ――――
 刹那の時間で突進してきた、ランサーの槍をかわし、屋上から、跳ぶ!!
 落下の衝撃を殺し、即座に校庭へと走る。ランサーを引き離すことなど不可能だが、今はこれで十分。
 追いついてきたランサーの前に凛を背にして立つ。
 そして、ある長剣を投影する。この身はアーチャーだが、これで今はセイバーにしか見えないだろう。

「へぇ」

 ランサーは心底うれしそうに笑う。あれは戦いを楽しむものの顔だ。

「いいねえ。そうこなくっちゃな。話の早いやつは嫌いじゃない。まあどっちも嬢ちゃんってのが、気に食わないかもしれねえがな」

「ランサーのサーヴァント・・・・・・」

 凛がうめくように声を出す。まああいつがランサーなのは見たまんまだろう。
 ゲイボルク。必ず心臓を貫くという魔槍。
 あれが、発動してしまえば俺には防ぐすべがない。

「いかにも俺はランサー。そういうアンタのサーヴァントはセイバーかい?」

「はっ、そんなこと教えるわけないじゃない。アーチャーかもしれないし、ライダーかもしれないわよ」

 俺の代わりに凛が答える。言葉だけなら余裕があるようにみえるが、ランサーのプレッシャーは凛の言葉に僅かな震えを与えていた。
 何にせよ、これが初陣。最初からこれだけ言えれば、十分すぎる。

「それこそまさかだ。これほどの存在感があって、セイバーじゃないわけがねえ!!」

 犬歯をむき出しに、ひときわ獰猛に笑みを深める。
 どうやら、勘違いしてくれたようだ。確かにセイバーの様な姿だが、俺の技はアルトリアには及ばない。

「さあ、はじめようぜ、セイバー!!」

 俺は何もこたえない。俺はただ凛の言葉を待つのみ。

「アーチャー、手助けはしないわ。貴女の力、ここで見せて」

 その言葉を受け、自然と浮かんだ笑みとともに、ランサーへと突進する。
 ランサーはまさしく神速といった速さで、槍を突き出してくる。
 受け流す――――
 エラー
 分割した思考が、否を示す。
 もとよりサーヴァント中最速の相手。もらえる時間は、思考を分割しても僅かでしかない。
 っつ、受け流すことは不可能。ならばはじくしかない。
 すんでで、槍に剣をぶつける。

「グッ――――――――!」

 だが、うめくはランサー。剣と槍が接触したときに発した光、魔力によるものか!
 突進は止まってしまったが、ランサーも衝撃でたたらをふむ。
 すぐさま第二撃を放とうとするが、

「ツッ――――――――!」

 すかさず放たれた槍に迎撃にはしらざるをえない。
 エラー
 避けるのは不可能と感じた槍を叩き落す。
 ちぃ、予想以上に勝手が違う。雑魚ならともかくランサーもの相手にこの不具合はまずい!
 今のは、直感に頼って避けられたようなものだ。
 くっ、攻めるしかない。守勢に回っては、避けきれなくなる。
 エラー
 勘に頼って槍を叩き落す。
 エラー
 思考は否を出すが、かまわず剣を振るう。
 まさしく剛剣。それはバーサーカーもかくやというべき重さ。
 ランサーは一撃受けるだけで、体が泳ぐ。
 だが、踏み込んだ間合いは、立て直したランサーの槍でまた広がる。
 神速と、剛剣。青と赤。
 ほぼ、互角、いや、わずかだが、俺が押している。
 おそらく、ランサーの腕が、剣の衝撃で鈍っているのだろう。
 エラー
 だが、思考は警告を鳴らし続ける。
 エラー
 確かにこのわずかな優勢は、勘に頼ったものだ。
 エラー
 このままではいずれ致命的な攻撃を受けるかもしれない!
 エラー
 今まで直線的なだけだったランサーの攻撃が、払いに変わった!?
 エラー

「ちっ――――――――!」

 だが、勘に頼った剣撃は、ここでもランサーの槍を払う!  当たらない? 剣を受けたランサーに隙が出来る。
 そして、結果的には攻めていることになる。
 ランサーは、不利を感じたのか、大きく間合いを離した。
 迅い! 追撃など不可能。

「っ、やはり嬢ちゃんはセイバーか。このままじゃ勝てねえな。アンタ一体どこの英雄だ?」

 それは否だ。俺は勝ってる気がしない。これまでの優勢は全て、勘に頼った結果。
 それもノイズのように、頭が否を宣告し続けてすらいた。
 実力ではない。ランサーが手を抜いているのではと思うほどだ。
 危惧はしていたが、戦闘経験がこの体には当てはまらない!

「それは、どうかな。今のが君の全力とは思えない。君は手を抜いているのではないのか?」

「ちっ、よく見てやがる」

 どうやら、間合いを離して余裕があるようだ。小さく誰かを罵倒した声が聞こえた。

「ふむ。どうやら、マスターに恵まれなかったようだな」

 ランサーのマスターが誰かは忘れたが、たしかろくでもない男だった気がする。

「まったくだ。その点嬢ちゃんのマスターはうらやましいぜ」

 ふむ。凛のこととはいえ、褒められるのは悪くない。
 なら、放つ言葉はこれ以外にない。

「そのとおりだ。私のマスターは、最高のマスターだからな」

 ふんと鼻で笑ってやる。ランサーには何度も死ぬ目にあわされたんだ。
 これくらいやっても悪くあるまい。
 だが、予想に反して、ランサーのやつは笑ってやがる。
 どういうことだ?

「なあ、嬢ちゃん。どうでもいいけどよ、その顔と声で、その話し方はどうにかならないのか?なんか子どもが精一杯背伸びしてるみたいで微笑ましくなっちまうんだが」

「なっ」

 顔が赤くなるのが解る。くそっ、戦闘中になんてこと言いやがるんだあいつは!
 遠坂も今笑わなかったか?
 それにこの体になってから、動揺が顔に出すぎだ!

「た、たわけ! 貴様ににそんなこと言われる筋合いなどない! 貴様こそそのノリの軽さはなんだ! クー・フーリンとも大英雄が、そんなていたらくとはな!」

 ランサーの気配が変わる。

「はっ、やっぱり嬢ちゃんはよく見てやがる。だが、知られたからには容赦しねえ。アンタは今ここで、殺す!!」

   構えるは紅き槍。彼の英雄が放つは必殺の魔槍。
 その悪食めいた魔力の吸収に、額から汗が流れる。
 ぬう。信じられん。自分から死地に赴くとは。
 これではただの馬鹿でガキじゃないか。
 自身の愚行が、凛に対して申し訳ない。我が身の恥はマスターの恥となってしまう。

 一分の隙もない構え。相手を殺すためだけの構え。
 ランサーの構えはそういうものだ。

「簡単に殺されてやるつもりはないな」
「ならば食らうか。我が必殺の一撃を」
「――――止めはしない。いずれは越えねばならんものだ」
 自分で招いた愚行は。代価を払わなければならない。
 避けることは出来ない。だが死ぬわけにもいかない。
 今度こそ、鉄の、鋼の精神を。

 ランサーの身が沈む。それと同時に、校庭の空気が文字どうり凍る。

「――――誰だ!!」

 しまった! ランサーと戦うのに夢中になりすぎた。まさか人がいるとは。
 走り去っていく足音。あの背中は間違いなく学生服。まさか! あれは衛宮士郎か!
 脳裏におぼろげながら、かつての記憶が浮かび上がる。
 なんてうかつ。確かに俺はあの時これと似た場面を見たではないか!
 追いかけようとするランサー。まずい!

 とっさにに弓を投影する。矢はエストックと呼ばれる突くことに適した剣。
 それを一息に7射。校舎に向かうランサーに放った。

 だが――
 金属特有の甲高い音が連続する。

 まさか全てかわされるとは!

「凛!」

「っ、追って、アーチャー。私もすぐに追いつくから」

 ち、サーヴァント最速のランサーに追いつけるのか? だが、追いつかねば。


 やはり、間に合わなかった。
 月明かりもないひどく冷たい廊下。そこに衛宮士郎はいた。
 心臓を一突き。あっという間だっただろう。命尽きようとする赤毛の少年を、ただ見つめるばかり。
 俺は自分ですら救えないのか?
 俺にはどうすることも出来ない。ここまでの損傷は俺では直すことが出来ない。
 なら、何故俺は助かったのか。その答えが、今だということか。

「アーチャー、ランサーを追って。マスターのところに戻るはずだから。そいつの顔でも見ないと割に合わない」

「――――」

 ありがとう。凛。彼女ではない彼女に言う。口には出せないけれど。
 校舎を走り抜け、ランサーを追う。
 俺は本当はここで終わっていたはずなのだから。
 だから、あの別れも、出会いすらもありえなかったもの。
 だが、俺はそれを得ることができた。
 感謝を――――


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