06

 衛宮士郎の反応は俺のときと大して変わらなかったと思う。
 もっとも、詳しく覚えていたわけではないが。
 凛は教会に行くことを提案し、それを渋った衛宮士郎はセイバーに説得されて結局折れた。
 教会、監督役の神父がいるところか。何故だろう。そいつとは何かがあったはずなのだが。いやな奴としか思い出せない。
 サーヴァントのことは大体覚えているが、マスター、というより聖杯戦争関係だろうか。
 それが記憶に残ってない。覚えているマスターは凛と衛宮士郎のみ、か?
 ライダーのマスターもわかっていれば対処しやすいのだが。
 黒く靄がかかっているようで、ひどく気分が悪い。

 時刻は午前一時。徘徊する人影は皆無だ。
 まあ、こんな時間に徘徊されても困るのだが。
 幸い町は寝静まり、街灯が、暗い道を照らしている。
 月は時折思い出したように顔を出すが、ほとんど雲に隠れてしまっている。
 ただ、歩いているのは凛と衛宮士郎の二人のみ。
 俺もセイバーも霊体化しているからだ。
 サーヴァントたる我々が霊体化しているため、会話も自然と二人分しかない。
 霊体化することで、セイバーはあの黄色い合羽を着る必要がなくなったのだが。
 それは、良いことなのだろうか……。

 教会に着く。予想外に凛と衛宮士郎は打ち解けたように見える。
 ただ、衛宮士郎はこの無駄に豪奢な様相を示す教会に圧倒されているようだ。
 教会。何かが引っかかる。ここには何かがあったはずだが・・・・・・。
 思い出せない。何故聖杯戦争のことに限ってこんなに忘れているのだろう。
 先と同じ疑問が頭を駆け巡る。

「シロウ、私はここに残ります」

 セイバーはやはりここに残るらしい。実体化して、衛宮士郎に告げる。
 もちろん雨合羽など着ておらず、鎧姿だ。
 そして、俺はセイバーに追従するように実体化した。

「凛、私も残ろう」

「わかったわ。じゃあ行きましょう、衛宮君」
 凛は私が実体化したことについて何も言及することはなかった。不思議そうな目はしたが。
 二人は教会へと入っていく。
 風が強い。ここは郊外だからだろう。

「アーチャー、貴女は何者なのですか?」

 やはり、セイバーは俺に疑問をぶつけてきた。
 正直、彼女がそう尋ねるだろうと予想していたから、驚きはなかった。
 あの時会ったときから、彼女は問いかけるような目をしていたのだから。
 あまりに直球過ぎるのも、彼女の性格故なのだろう。
 思わず笑いそうになった顔を何とかごまかし、渋面を作る。
 
「何者と訊かれても、敵である君に正体を明かすとでも思ったのかね?」

「――そうですね。私の失言でした」

 そう言って彼女は黙る。
 悪いが彼女には話すことは出来ない。俺の正体は。
 いや、誰にも話すことは、出来ないかもしれない。

「ですが、知りたいのです。最初は感じなかった。だが、貴女を見ていると、何故か胸が熱くなる。だけど私は貴女を知らない。貴女は私を知っているのでしょうか? 私が知らないだけで。いや、私はおかしなことをいっている。忘れてください」

「――――――――――――――――」

 声が出ない。これは不意打ちだった。何とか顔に出ないようにするだけで、精一杯だ。
 まさかこんなことをいわれるとは。これでは愛の告白と変わらないではないか。
 マズイマズイマズイマズイマズイ。
 しっかりしろ。エミヤシロウ。体は剣で出来ている!


 どうにか落ち着かせる。鼓動はまだわずかに早いか。
 本当は俺もセイバーに訊きたいことがあった。あったが、今はそれどころではない。
 俺は、彼女に会ってからほとんど霊体化していたはずだ。それがこんなことを言われるとは。
 しかし、似ている理由ではなくて、知っているかどうかだと?
 この姿に疑問は浮かばないのだろうか?


 ん? どうやら、凛たちが戻ってきたようだ。
 衛宮士郎が聖杯戦争に参加すると聞いたセイバーは何をいまさらというように、私は貴方の剣となると誓ったではないかとか何 とか言っている。俺のときは何も言ってくれなかったのに・・・・・・。
 む、握手だと。
 どうも、無駄なことは結構覚えているらしい。

「ふうん、仲いいじゃないあなたたち。これなら敵同士私たちも容赦することはないわね」

 凛が二人に話しかける。確かに今の俺たちの立場はまだ敵対関係だ。
 凛が士郎をここまでつれてきたのはあいつがまだ何も解っていなかったから。

「――――? 俺、遠坂達と戦う気なんてないぞ?」

 まだよくわかってなかったらしい。ここはさすがというべきなのだろうか。

「まいったわね、これじゃあここに連れてきた意味ないじゃない」

 凛がかなりがっくりきているようだ。疲れているともいう。

「凛。こいつに幾ら言っても埒があくまい。明日まで、見逃すくらいでちょうど良いのではないか?」

 これくらいが妥当なのではないだろうか。
 凛は衛宮士郎に借りを返したいだろうし。凛はこいつが令呪を使ったことを気にしているようだからな。

「む、仕方ないわね。町に着くくらいまではサービスしてあげるわ」

 そして、凛は二人に目を合わせないようにして、歩き出した。
 まあ、これくらいが限界だろう。


「どうしたの?早く行きましょう」

 凛の言葉に無言で頷く。
 そうだな、ここに長居するのはあまりよくない。
 理由は定かではないが。そう感じてならなかった。

 四人で坂を下りていく。なぜ、四人かというと、俺とセイバーが実体化しているせいだが。
 凛と士郎には、見つかる前に霊体化するといって説き伏せた。
 サーヴァントなのだからそれくらいは問題ないとも。
 俺が、そう主張したため、セイバーもそれに乗っかる形になったのだが。
 俺が実体化したままなので、セイバーが警戒しているのだろうか?
 横目でセイバーを見る。
 士郎はともかく、セイバーは楽観的な性格ではない。
 前のアーチャーのときとは違って、俺はピンピンしてるのだから。
 しかし、それはないのかもしれない。
 セイバーは敵のはずなのに、俺に戦意を持てないでいるようだ。
 セイバー自身もそれを不審に思っているようだが。
 だが、懸命に俺を睨みつけようとして失敗している彼女ははたから見ればかなり滑稽、いや可愛らしいと思う。
 何故二人はセイバーの挙動不審さに気づかないのだろう?
 坂道を下りきった交差点。深山町への大橋へ行くか新都の駅前に行くかの分かれ道。
 どうやら、凛はここで二人と別れるつもりらしい。

「悪いけど、あとは1人で帰って。私は探し物の一つでもして帰るから」

「捜しものって、マスターか?」

 ほう。意外に察しがいいな。まあそのくらいはわかってくれないと俺も困るが。

「そうよ。セイバーを倒せなかったんだから、マスターの一人でも捜し出さないと割に合わないでしょう」

「――――――――」

 士郎は声が出ない。
 同時に俺も押し黙る。セイバーを正面から倒すのは難しい。衛宮士郎ならともかく、だ。
 それを事もなげに言い切った凛に、少し気圧されてしまったわけだが。

「だからここでお別れよ。明日からは敵なんだから、一緒にいるとまずいでしょ?」

 やはり、凛は魔術士ではあるが間違いなく甘い。魔術師らしくないともいえる。
 まあ、そこが凛らしいといえば凛らしいのか。
 ややあって士郎は、

「遠坂、お前っていい奴なんだな」

 うむ。お前もそう思うか。

「は? 何言ってんのよ。おだてたって手加減なんかしないわよ」

「知ってる、でもお前たちとは戦いたくない。俺お前みたいな奴は好きだ」

「な――――――――」

 くっ、凛。あいかわらず君は不意打ちに弱いな。まあ、衛宮士郎の方にも問題はあるがな。

「とにかく、サーヴァントがやられたら絶対あの教会に駆け込みなさい。命だけは助かるから」
「――――ああ、一応聞いておく。でもそんなことにはならないだろ。どう見たって俺のほうがセイバーより短命だ」

「ふう――――」

 まあ、凛がため息をつくのもわかる。マスターがやられたら、セイバーがいくら強大でもそれまでなのだから。
 もっとも、よっぽどの幸運が重なれば、違う結果になるかもしれんが・・・・・・。
 結局、セイバーたちとはここで別れた。凛と新都の方向へ進む。
 凛は新都のマスターを探し出したい。だが、それより確実にサーヴァントと遭遇することが出来る。
 バーサーカーと。
 ふむ、これくらいの距離で良いだろうか。

「凛、新都で、マスターを探すのはいいのだが」

「なによ。なんか文句でもあるの?」

「いや、不満があるというわけではない。だが思うに、あの未熟なマスターを他のマスターが狙わないのだろうか?」

「――――!? でも、あのセイバーを見たら、並みのサーヴァントじゃ手を出せないわよ」

「いやなに。たいてい君がないと思ったことは、確実に起こっているようだからもしやと思ってな」

 凛はちょっと考え込んだようだが、すぐさま私を睨みつけて

「何で早く言わないのよ、貴女は!」

 などとのたまった。
 そんなことは簡単だ。こんなセリフ

「なに、ついさっき思いついたのでな」

「つっ――――。これで何も起きてなかったら、後でひどいからね、アーチャー!」

 凛を抱き上げる。今日はこうやって何度抱えただろうか。
 バーサーカーと遭遇するはずの、交差点へと走る。
 はっきりしているのは接近戦ではバーサーカーには勝てない。という事実。
 戦うことは出来るが、セイバーの二の舞になってしまうだろう。
 ならば手段は遠距離攻撃。それも不意打ちによる全力の一撃を。
 セイバーは気に入らないかもしれないが、俺は出来ることをやるのみ。
 凛と呼ぶと決めたときに、勝利を誓ったのだから。


 異常と正常を区別する境界を越えて、屋根の上に音もなく降り立つ。
 場面はバーサーカーが坂を一気に飛び降りるところか。
 かなり広範囲に結界が張られているらしく、結界の外にはバーサーカーが放ったはずの怒号は聞こえてないようだ。
 おそらくは、音だけを遮断する結界なのだろうが。
 轟音と共に、セイバーとバーサーカーの剣が激突する。
 結果はセイバーの敗北。彼女は押し戻され、バーサーカーの追撃を全力で防ぐ。

「なにあれ。バーサーカー? 桁違いじゃない」

 その光景に、凛は舌打ちをする。
 無理もない。あのサーヴァントはあの大英雄ヘラクレスなのだから。
 英霊としての質はまさしく最高。

「凛、あのバーサーカーをしとめるぞ」

「!? アーチャー、何をする気?」

 凛が驚いたように声を上げる。俺は、弓を投影し、続いて螺旋状の剣を投影した。
 おそらく、この剣の神秘であれば、奴の宝具を抜けるはずだ。

「凛。私はアーチャーだぞ。ならばやることは一つだろう?」

 はっとしたような顔をした凛は

「忘れてたわ。貴女はアーチャーだったわね」

 む、アーチャー、アーチャーと呼んでいて、それが弓兵と忘れているとは。
 そのことは、また後に言及するとして。

 弓を構える。だが、今は撃てない。セイバーとバーサーカーの距離が近すぎる。
 当てることが出来るが、もしもの時にはあの手を使う必要がある。
 その場合セイバーの無事が保障できない。
 衛宮士郎は硬直しているし、それでなくても彼女は下がるまい。
 そして、セイバーはバーサーカーに大きく吹き飛ばされた。

 狙っていたのはこの瞬間!

「I am the bone of my sword――――我が骨子は捻じれ狂う」

 大気が揺れる。この魔力は?

「偽・螺旋剣――――カラドボルグ」

 微かな戸惑いを感じたが構わず剣を放す。
 大気を捻じ切るように走る剣がバーサーカーの側面から襲い掛かる!
 だが、バーサーカーは危険を感じたのか?
 セイバーへの追撃から、体勢を変え、迎撃に失敗した。
 カラドボルクはバーサーカーの胸を突き破る。致命傷。
 バーサーカーを突き破った剣は、勢い止まらず大地に醜い傷跡を残して止まった。
 妙だ。自分の経験と、剣の威力が異なる。
 あれは防がれるタイミングだった。ならばこそセイバーと距離が開いたときに使ったのだ。
 だが、放たれた剣は俺の予想外の速度と魔力を持っていた。何故?

 ち、そんなことに気をとられている暇はない!
 屋根から飛び降りながら弓を消し、バーサーカーとの間合いを詰める。
 もはや、弓は効くまい!もとより狙っていたのは最初の一撃のみ。
 ただ十二の試練を一度越えることが狙い。
 バーサーカーは消えぬとはいえ、隙は生まれる! 肉体の損傷も!
 そして俺は剣を―――――

「バーサーカー!!」

 目の前に迫る鋼の塊。それは解っていても防げぬ代物だった。
 それはどのような速さで、迫ったのか。
 確かに死に体だったはずのバーサーカーは、圧倒的な速度で、俺との間合いを詰め。
 それを越える速度で、斧剣を振るっていた。
 その一撃はとっさに受けた剣をたやすく砕き、俺はその一撃をほとんどまともに受けた。
 なすすべもなく吹き飛びながら、白い少女の体に浮かぶ紅い輝きを目にして、自分の失策に気がついた。

「アーチャー!!」

 凛、追いかけてきたのか・・・・・・。
 血だまりに伏す俺の前に立つ。

「あらリン。来てたの? どこの誰だか知らないけど、なかなかやるじゃない、貴女のサーヴァント」

 追撃がこない。バーサーカーからは戦意が消え不動の巨人と化していた。
 いつのまにか黒い巨人の傍らには白い少女がいる。
 吹き飛ばされていたセイバーは胸から血を流しながら、立ち上がっているのが見える。
 俺も、あらたに投影した剣を支えにして立ち上がる。

「っつ――――、アンタは」

 こんなときでも白い少女は軽やかに笑い優雅に挨拶をした。

「ああ、ごめんなさい。リン。まだ名乗ってなかったわね。はじめまして、私はイリヤスフィール。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

「アインツベルン!」

 ああ、そうだった。バーサーカーのマスターはイリヤだったな。
 ひとつ、忘れていた記憶が甦る。
 そして遠坂はイリヤに問いかける。そこにははっきりとした疑問の声が。

「貴女のサーヴァント、確かに殺したと思ったんだけど」

「ええ。確かに一度殺されたわ。だけどねリン。私のバーサーカーはヘラクレスなの。十二の試練といえば解るかしら?」

「十二の試練!? 命のストック――――」

「そうよ。私のバーサーカーは十二回殺されないと死ねないの」

「なんてデタラメ」

 凛は小さく呟く。

「ああ、でもリン。貴女のサーヴァント。一度とはいえバーサーカーを殺しちゃうし、令呪も一回使っちゃったわ。今日はおにいちゃんを殺すつもりだったけど、気が変わったの。二人とも見逃してあげる」

 バーサーカーが消えていく。

 凛は何も言わない。今戦っても勝てないことは明らかだ。

「ばいばいおにいちゃん。また会おうね」

 最後に、視線を凛から衛宮士郎変えて、笑いながら去る少女。
 だれも、夜の闇に消えていくイリヤを追う事は出来なかった。

 後に残るは戦いの名残と、傷ついたサーヴァントとそのマスター。
 俺は敗れたのだ。それも完膚なきまでに。
 傷は少しずつだが癒えてゆく。俺は月が浮かぶ空を見上げた。
 敗れたが、それと同時に嬉しくもあった。少し凛には悪いと思ったが。
 俺の小細工をものともしないそのあり方。
 英霊とはこれほどの存在か。その末席に身を置くことが出来たとはいえ、まだその力は計り知れない。
 ならば今度こそ俺は、■■■■■■■になれるのではないか?
 たくさんの人を救えるのだろうか?
 そう――――思った。


 そして、俺はいつのまにか傍らにいたセイバーに支えられていた。

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