「二人とも大丈夫か?」
「アーチャー、大丈夫なの?」
バーサーカーとイリヤが立ち去ってからどれくらいたっただろうか。
凛と衛宮士郎がが心配そうに訊いてくる。
「ああ、問題ない。数時間もあれば、完治するだろう。もっとも、魔力は必要だが」
「そう、よかった」
凛は安心したとでも言うように息を吐いた。
「私も大丈夫です、シロウ」
俺を支えていたセイバーも答える。
衛宮士郎は血まみれの俺が心配なようだが、大丈夫だという視線でだまらせた。
何故か、少し笑ったようにも見えたが、衛宮士郎は引き下がる。
おそらく、セイバーの傷はバーサーカーによるものではなく、ゲイボルグによるものだろう。見た目は俺の方が重症に見えるはずだ。
だが、ゲイボルグにつけられた傷は単純なものではない。だがセイバーの傷の方が治療するのは困難なのだ。
「それよりも凛。申し訳ないと思っている。仕留めるなどと言っておきながら返り討ちにあってしまった」
「そうねアーチャー。でも今回は許してあげるわ。貴女はバーサーカーに負けたというより、マスターとサーヴァントに、負けたようなものだから。その点で言えば、私もバックアップできなかったからおあいこでしょ。次は勝つわ。そうでしょ?」
「そうだな。ならば次は期待に沿うとしよう」
「ええ、期待してるわ」
そして凛は衛宮士郎に振り向いて言う。
「それで提案があるんだけど、衛宮君」
「ん? なんだ、遠坂」
「手を組まない? 私たちと」
「手を組むって、遠坂、さっきは敵同士だって」
「バーサーカーを見るまではね。正直アーチャーと私だけでも勝てないってわけじゃなさそうだけど」
(もしかしたら、アーチャー、やせ我慢かもしれないじゃない?)
(確かに。実際重傷だし、なんか弱みは誰にも見せたくないって感じだしなあ)
む? 何故声を小さくする。一体何を話しているのだ?
(そうでしょ。あの娘、プライド高そうだから。それに同盟を組んでる間は貴方の魔術教えてあげても良いわ)
(そういうことなら。俺はむしろありがたいくらいだ)
(なら、そういうことで)
(あ、すこし待ってくれ)
「セイバー、遠坂と手を組むのお前は反対か?」
「いえ、反対する理由はありません。むしろシロウがマスターとして成熟するのに凛からは学ぶことが多いでしょう」
僅かな時間の間に、随分と凛のことを買ってくれたようだ。
前回のように会話したわけでもなく、凛自身はセイバーの前で戦闘すら行っていないのだが。
「そうか、よかった」
「それに、アーチャーとは戦いたくありませんし」
「ん? セイバー、何か言ったか?」
衛宮士郎がセイバーに訊く。
「いえ、シロウ。ただの独り言です」
「そうか、じゃあ、遠坂。同盟ってことでよろしく頼む。それよりアーチャーには訊かなくてもいいのか?」
「いいのよ、私のサーヴァントなんだから。文句なんていわせないわ。こちらこそよろしくお願いするわ」
別に文句などないが、それは問答無用でこき使うということだろうか。
それよりも凛。いつまでという期限を設けなかったが。それは知ってのことか? それともいつものうっかりなのか?
そして、セイバー。先ほどの言葉は本当か?
さすがにすぐ横で呟かれても、はっきりと聞こえるのだが。
何故セイバーはこれほど俺に好意的なんだ?
むう。疑問ばかり湧いて出る。これは、はっきりと訊ねたほうがいいのかもしれない。
「なんかさ」
その思考を衛宮士郎の言葉が遮る。
ん? なんだ、衛宮士郎。その微笑みは。
「セイバーとアーチャーってそうやってると、なんか姉妹みたいだな」
「なっ」
「そうですか?」
驚きの声は俺。セイバーはただ疑問に思っただけだろう。
俺と違って不思議そうな顔をするだけだった。
「うん。二人とも、顔なんかそっくりだし。なんかそうやって支えあってると姉妹みたいだなぁって」
む、いつのまにか支えあう形になっていたのか。
「確かに似てるわ。まあ二人を姉妹としたら、セイバーが姉で、アーチャーが妹かしらね」
「ああ。俺もそう思った」
衛宮士郎が相槌を打つ。
まて――
「何故私が妹なのだ?」
「だって――――」
凛はよっぽど可笑しいのか、笑いをこらえているように見える。
衛宮士郎も苦笑しているようだ。
「セイバーは頼れるお姉さん、アーチャーはちょっと背伸びした妹って感じかなぁ」
「貴方もそう思う? やっぱりアーチャーってそんな雰囲気でしょ? 一生懸命大人ぶってるっていうか」
「凛! 君は私をそういう目で――――第一何故私が妹」
「ほう。アーチャー。貴女は私が姉では不満ですか?」
俺の反論は、セイバーによって止められた。顔は確かに笑顔だが。
・・・・・・セイバー。目が笑ってないのですが。
「いや、問題、ない」
負けた。この上なく負けた。それも戦わずして。そして初めての敗走でもある。
どうして、これほどセイバーや凛に弱いのだ、俺は。
「それじゃあ、そろそろ別れましょ。もう遅いから」
凛がそう言ってこの場で別れることとなった。
セイバーは俺を心配そうに見ていた。
それが俺の傷に関してなのか、どうしようもない敗北感にさいなまれた表情に関してなのかは俺にもわからなかった。
◇ ◇ ◇
二月三日
遠坂の家に戻り、ほどなくして凛は眠りについた。
さすがに疲れていたのだろう。
私も、受けた傷の回復に専念したおかげでほぼ全快に近いと思う。
バーサーカーとの戦いの折、感じた違和感。
カラドボルクの投影。あれだけがあまりに異常だった。
他の投影は何も問題はない。だがカラドボルクだけが、違った。
神秘の劣化。投影により下がるはずのランクがほとんど感じられなかった。
確かに下がってはいるのだろうが、その差異が他の投影に比べて、あまりにも僅かだったのだ。
そしてあの威力。あれほどまでに力を引き出したのは初めてだ。
ほかにもこれと同じ現象が起こるのだろうか?
そして日は昇り、昼も近い今。
衛宮士郎の家に住む準備をしている。
今朝の疑問は考えても仕方がないということにした。
むしろ威力が上がっているのだから、歓迎しろと。
目の前で凛は大きなボストンバッグに荷物を詰め込んでいる。かなりの荷物だ。持って行くのはかなりの手間だろう。
「アーチャー、貴女も準備しなさい」
「む? どういうことだ凛。私は何も準備など」
「誰がこの荷物持っていくと思ってるのよ。そんな格好で荷物運ぶの?」
そう言って服を渡される。俺が荷物を運ぶのはもう決定済みなのか。
ん? セイバーが着ていたのとは違うな。
これは――――色としてはむしろ凛の服に近いのか?
赤のブラウスに黒のタイ。タイと同じ色ののロングスカート。よくこんな服があったな。
ふっ。聖杯め。何故女性の服の着方まで、情報を送るのだ? こちらは助かるが・・・・・・。
「あら、結構似合ってるじゃない、アーチャー」
「ふむ、君は私に似合わないような服を着せたのか?」
「え? そんなつもりはないけど」
「なら、私に似合うのは当然のことだ。君が選んでくれたのだからな」
いつもいつも俺が赤面すると思ったら大間違いだぞ、凛。
衛宮士郎の家に着く。もちろん荷物は全て俺が持っている。
前を歩いていた凛は、ためらわず屋敷に入った。少しは遠慮などはしないのだろうか?
セイバーは霊体化しているはずだから、道場にはいないだろうとも思ったが、そうでもなかった。
実体化したセイバーと何か話しているようだ。
荷物を道場の入り口に置く。“ドスン”と予想以上に大きな音がした。
「遠坂と、アー、チャー?」
ふむ、面食らった顔をしているな。そしてかなり間抜けな顔だ。
凛の私服姿を見るのは初めてだったか?
固まったままの衛宮士郎は、それは滑稽な見世物だ。
時間が止まるとはこのことか。しかしここまで硬直が長いとは思わなかったぞ。
俺はここまで驚いただろうか?
「な、な、な、な、何で?」
やっぱり間抜けだ。凛々しい表情のまま変わらぬセイバーがいるとなおさらに。
「何でって、私達がここにいること? それなら今日からここに住むからよ。これはその荷物」
「住むって、遠坂が俺の家に・・・・・・!!!?」
「貴方ね、手を組むっていうんだから当然でしょ。何だと思ってたのよ」
ふむ。それが当然かどうかは俺にはわからんな。
内心凛の言葉につっこみを入れる。
凛の姿はお世辞にも、お嬢様と言うよりは、蛮族の女勇者じみた迫力があったが。
それでもこの衛宮士郎には十分のようだ。理性を奪うには。
「あ、う――――」
「それで、私はどの部屋を使ったらいいかしら? 」
「あー、離れの部屋だったら、どこでも好きなもの選んでいいぞ」
「そう? じゃあ行きましょうアーチャー。どっこにしよっかなー」
「あ、ちょっと待った遠坂」
「ん? 何、士郎?」
「えーっと、そのアーチャーの格好は――――」
「ああ、この服? ここまで荷物を運んでもらったから」
俺が再び持ち上げた荷物を指しながらりんは答える。
「あ、いや、そうじゃなくて――――できれば、その、セイバーにも」
セイバーにも服が欲しいということか。まったく、衛宮士郎らしい。らしいが・・・・・・、読まれているぞ。
「大丈夫よ。貴方がそう言うと思って、ちゃんと持ってきてるから。アーチャー」
わかっているよ。出かけるとき、渡されたからな。
まあ、こう言われることは、凛も予測していたということだ。
俺は無言で、セイバーに服の入ったかばんを渡す。
もちろんアルトリアが着ていたのと同じ服だ。
凛は離れの一番良い部屋を選んだ。今度は俺が勝手にクッションを隣から持ってきたし、ビーカーや分度器もこの屋敷に来る前に忠告しておいたから、すでにある。
“君が言うへっぽこなマスターの家にそんなものがあると思うのか?”と言えば一発だった。
もちろんエアコンの使い方も俺が教えた。普通サーヴァントに訊くか?
改装には結構な時間を要したが、まあうまくいっただろう。ほとんど俺がやったのだが。
セイバーと士郎はどこかに出かけていたようだ。改装が終わったころに帰ってきた。
今は四人とも居間に集まっている。俺とセイバーは実体化したままだ。
衛宮士郎が居心地悪そうに見えるのが多少気になる。
長く続いた沈黙の後、凛が真剣な顔で切り出した。
「それで、これは重要な話なんだけど」
「なんだ? 遠坂」
「衛宮くんは1人暮らしなんだから食事は自分で作っているのよね」
「ああ、毎日外食するわけにもいかないからな」
「そう。じゃあ、これからは夕食は当番制にしない? 一緒に住むわけだし」
「それは俺も助かるけど、朝食はどうするんだ?」
「それはいいのよ。私は朝はいらないから」
たしかにあれでは食事などろくにのどを通らないだろうな。
召喚されてから、見た大怪獣凛を思い出す。
「朝、食べないって、遠坂それは――」
「いいのよ。それが私の生活スタイルなんだから。とにかく、今日は衛宮くんが当番ということで、食事してから作戦会議にしましょう?」
「わかった。それよりもセイバーとアーチャーは飯は食うのか?」
「いただけるのでしたら、是非。食事は大きな活力になる」
「いや、私には用意しなくても――――」
セイバーと違い俺は辞退しようとして、
「いや、だめだ。訊いといてなんだけど、アーチャーにも夕食は食べてもらう」
なんて衛宮士郎は言いやがった。
「凛、こいつに何とか言って――――」
「無駄よ、アーチャー。観念するしかないわ。彼、すごく頑固みたいだから」
凛は俺を見捨てたか。
「アーチャー、私も貴女が食事してくれると嬉しい」
セイバーにははじめから期待するだけ無駄か。
「わかった。私も夕食をいただこう」
諦めるしかないか。
衛宮士郎がエプロン姿で、食事の支度を始める。
その間に今後の方針を話し合う。正直なところ、衛宮士郎がいなくとも話は問題ない。
衛宮士郎の方も多少は気になるそぶりを見せたが特に怒っているといった様子はない。
といってもバーサーカーが次元が違う相手で、攻め込まれたら逃げるしかないという結論に至ったが。
そして夕食の時間。机に衛宮士郎の料理が並べられる。
うむ、悪くはないが、まだまだだな。
凛は握り拳を震わせている。衛宮士郎に勝った優越感か。なんにせよ食事の時間にそれはまずいと思う。
そしてセイバーはこくこくと頷きながら、食べている。懐かしい姿だ。
ああ、この顔を見れるのならば、俺も食事をする意義があるかもしれない。
そうだ、俺も料理をしようか。召喚されてから、まだやったことはないからな。
衛宮士郎はセイバーが箸を使えることに多少驚いているようだ。
「それで、結局どうなったんだ?」
衛宮士郎が凛に尋ねる。
「なにがよ?」
「さっき話してただろ。これからどうするのかって」
「ああそれ。とりあえずは学校に結界を展開しているサーヴァントが問題ね」
「結界?」
「――――凛、それははじめて聞きましたが?」
衛宮士郎がすっとんきょうな声を出し、セイバーが凛に迫る。
「そういえば言ってなかったわね。士郎は気がついてなかったけど、学校には結界が張ってあるの」
「ならば、シロウの学び舎にはマスターがいるということですか?」
「おそらくね。しかも相当たちが悪いわよ、あの結界は」
「そんなにやばいのか?」
「ええ。あの結界は発動すれば中にいる人間を溶解してしまう代物だもの」
「遠坂には消せないのか?」
「無理だったわ。私にはせいぜい結界の完成を邪魔するくらいしか出来ない。あの結界の精度は魔法に近いわ。張ったのは十中八九サーヴァントね」
「なら、マスターはわからないのか?」
「残念だけど確証はないわ。だから私達にできることは、いつもと同じように、学校に通ってマスターとばれないようにするしかないわ。結界を張ったサーヴァントも、その結界を発動する時しか出てこないだろうし。後手に回るしかないわね」
そして、学校に行くときはサーヴァントを霊体化させて一緒にいるよう凛は忠告する。
衛宮士郎は浮かない顔をしていたが、否とは言わなかった。
結界を張ったサーヴァント。ライダーか。
クラスまでわかっているのに、戦えないのが歯がゆい。あのような結界を発動させるわけにはいかない。
それで会議はお開きとなった。
しかし、凛。君はサーヴァントに風呂まで沸かさせるんだな。
まさかこの姿になってまで、風呂掃除をするとは。
時刻は午後十一時。
凛は早々と寝てしまった。今日はそれほど寝てなかったから仕方ないかもしれない。それに俺が魔力をずいぶん治癒に持っていってしまった。
俺は実体化したまま屋根の上に立っている。
サーヴァントに睡眠は必要ないのだから、見張りというわけだ。
格好は、武装したものではなく、凛からもらった服のままだが。
僅かに嘆息する。いくら似合っているといっても自分の正体を考えれば、この格好はどうだろうか。
視界の端に衛宮士郎が土蔵に向かっているところが見えた。鍛錬するのか――――。
む、セイバーが屋根の上に登ってきた。彼女も実体化したままだ。
「いいのか?実体化したままで」
ふと疑問に思って訊いてみる。
「ええ、問題ありません。シロウから魔力は流れてきているし、戦闘での消費もそれほどありませんでしたから」
ああ、そういえばセイバーの傷はランサーによるものだけだったな。
それに、夕食のとき初めて気がついたが、衛宮士郎に流れる魔力の量が明らかにおかしい。
一人前の魔術師、いや下手すると、二人から三人分ほどの、魔力を感じる。
そのほとんどの魔力を、セイバーに送っているらしいが。
だからこそ、回路が閉じているにもかかわらず衛宮士郎が問題なくいられるのだが。
「それよりもアーチャー、隣に居ても構いませんか?」
「ああ、問題ない。今は共闘中だ」
「――――そうですね。しかし、凛は期限を設けなかった。貴女とは戦わなくて済むかもしれない」
「何を馬鹿な、君は聖杯を望んでいるのだろう? ならば私達二人が最後に残ろうと、戦うしかないではないか」
俺の方こそ馬鹿だ。セイバーとは戦いたくない。
セイバーは一瞬、顔を歪めたように見えた。
すまない。 頼むから。 悲しい顔は。 見せないでくれ。
「ですが、貴女とはどうしても戦いたくない。それが聖杯を手放すことになったとしても・・・・・・戦いたくないのです」
「――――――――そう、か」
俺はそれ以上何も言えなかった。
どうして、セイバーは今の俺にここまで好意を持っているのだろうか。
昨夜も感じた疑問が頭をよぎる。
セイバーに訊く勇気はない。
怖いから。
今朝はそれほど深刻に考えてはいなかった。
ただ、似ているからだろうと、安易に思っていたのだ。
隣に座っている、セイバーの存在を感じる。
「どうして」
誰にも聞こえないように呟いた。
だが、その問いに答えるものはいない。
ただ、月明かりが二人を照らしていた――――――――
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