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 昼休みが終わると同時に学校を離れ、商店街に赴いたのだ。多少、時間を潰したとしても、屋敷の主や凛が帰ってくるにはまだ早い。当然ながら屋敷には人の気配はなかった。
 渡されていた鍵で、錠を開ける。戸を開ける音も、どこか物悲しい。
 両手に提げていたモノを処理してから、ひたひたと廊下を歩く。
 俺の足はなんとなしに、道場へと向かう。この屋敷は、一人で住むにはあまりに広い。
 誰もいない道場を見渡しながら思った。かつて、俺が経験した聖杯戦争の際。
 セイバーはどんな気持ちで、この屋敷で俺の帰りを待っていたのだろうか。
 公園でイリヤと話したためか、それともあの男の影響なのか。理由など定かではないが、今はここにいないセイバーの姿を描く。
 瞼の奥に映るは、目を閉じ、正座する少女の姿。何故、日本人ではない彼女が、好んで正座をしていたのか。それを考えると、自然に苦笑が漏れる。理由はどうあれ、彼女の姿はひどく清冽だった。それだけで十分な事。
 そして、何をするでもなく道場を後にする。
 歩く音は、どこか軽い。ひたひた、ひたひたと一定のリズムを刻む。
 目指すは土蔵。土を踏むがために、歩む音は自然と変わったが。その足取りは変わらない。
 それは庭の隅に立っていた。扉は重厚にして、無骨。入るのを禁じたのは誰だっただろうか。
 思い出せぬ記憶に幾分苛立ちを覚えながらも、扉に手をかける。
 あの夜、たやすく弾け開いた扉は、今度はゆっくりと、その身を動かした。
 冷やりとした空気が、頬を撫でる。真っ直ぐ、中へと進む。外はまだ明るく、開いた扉から光が差し込むといっても、土蔵の中は十分に薄暗かった。有りと有らゆるガラクタが、押し込まれるように置いてある。何故こんな物がという類のものも少なくない。
 衛宮士郎の部屋は、殆ど何もない。
 だが、この土蔵は、それとは逆に、ガラクタの山……。
 これが、あの世界を模しているようで、思わず苦笑が漏れる。さて、俺はどうして先ほどから独りで笑ってばかりいるのか。それすらも笑う理由になる。
 その笑みを浮かべたままで、俺はあの場所まで歩いた。そして迷わず腰を下ろし、瞼と閉じる。
 思い描くは、一瞬。それは一秒とない、静止した時間。俺が何を忘れようと、決して忘れることなく、思い返すだろう姿。
 鈴を鳴らすような音と共に舞い降りた彼女。けっして、纏っていたものが美しかったのではなかった。
 ただ、無骨なそれを優美にさせる美しさを彼女が持っていただけだ。
 あれほど、強かった風も、彼女が作り出した静けさを破ることなく。差し込む月の蒼い光も、彼女の美しさを際立たせる。
 碧の瞳は穏やかに、金糸の髪は静かに流れる。そう、あの時振り向いた彼女は―――

「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 その言葉をかみ締める。

「召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。―――ここに、契約は完了した」

 忘れる事がないその言葉を、気がつけば口にしていた。
 そう、契約は完了したのだ。彼女が俺を主としたように、俺も彼女の力になると、そう誓った。
 たとえ、―――――ようとも、俺は彼女の―――

 はっと、目を開ける。
 どうやら、家主が帰ってきたらしい。
 凛はまだのようだが、セイバーとその主の姿が中庭に面した廊下に見える。
 まさか、これほどまで近づかれんと気がつかんとは……。

「やれやれ」

 そう言いながら、立ち上がる。彼女と同じはずの声は、俺の癖のせいか、同じ声には聞こえない。
 まさしく、衛宮士郎とアーチャーのそれに似ている。
 やけに錆付き、立て付けの悪い扉を閉める。その音で、二人とも、俺に気がついたらしい。
 何か話していた彼女達が、俺の方を向いている。
 むう。なにやら、セイバーの雰囲気が穏やかではないようだが。なにか小僧が彼女の気に障ることでもやったのだろうか。
 二人の下まで、歩いてきたものの。彼女達は黙ってしまっている。俺の言葉を待っているようにも受け取れるが。

 ほう、と息を吐いて見上げるように、いや真実二人を見上げた俺は口を開いた。

「ふむ、どうも穏やかではないご様子だが、とりあえずこれだけは言っておこうか。二人とも、おかえり」

「―――は、はい。ただいま帰りました、アーチャー」

「――――――あ。うん。ただいま」

 二人とも、少し慌てたように、言葉を返してくる。さて―――。

「まあ、ここで話すのもなんだ、居間にでも行こう。凛がまだのようだがかまうまい」

 そう言って、すたすたと屋敷に入って、居間の方角へと進む。
 呆然と立ったまま、首だけを動かして俺を見ていた二人は、これもまた慌てたように歩き出した。




「ほら、セイバー。何をカリカリしているのかは知らんが、まずは茶でも飲んで落ち着くがいい」

 そう言って俺は、淹れたてのお茶と、先の買い物の土産を二人に差し出した。一応ではあるが、俺の前にも用意する。

「これは、江戸前屋のドラ焼き? どうしてこんなものが」

「なに、事のついでだ。土産と思ってくれればいい」

 俺の言葉で、何かに気がついたのか、気まずそうな目で二人が俺を見る。

「まあ、何を考えているかは大体察しが着くが―――、さあ、セイバー。早速食べてくれないか。買ってきた私としても、君の喜ぶ姿が見たくてそうしたのだが。その様な顔をされては、いささか悲しいというものだ」

「そうですね、いただくとしましょう。その前に、アーチャー」

「なんだ、セイバー」

そう畏まられると、こちらも身構えてしまうが……。

「ありがとうございます。では―――いただきます」

 そう言ってセイバーは微笑んだ。
 その時のセイバーに見とれてしまったのは不覚だったが、鈍い衛宮士郎には気がつかれなかったようだ。
 神妙そうに俺に礼を言う姿は笑いを誘うものだったのだから。
 もっとも、二人から贈られた感謝の言葉が、少し照れくさく感じたのは仕方あるまい。
 それほど、その時の俺の有様は、不本意なものであったのだから。



 大抵の動揺は、時間さえあればどうにかなる。幸いにして俺のそれも時間が解決してくれるものだった。

「それで、衛宮士郎よ。どうなのだ?」

 茶を飲みながら、衛宮士郎に問う。俺の分のドラ焼きは、早々にセイバーに食べてもらった。
 最初セイバーは渋ったが、何とか言いくるめた。まあ話す事でもないろう。

「え、どうって、なにが?」

「屋上での事だ。その、一成とか言う生徒の事を調べるのではなかったのか?」

「あ、ああ。大丈夫。一成は無関係だった」

 俺は、目の前の男の言だけでは信用できぬと、視線をセイバーへと移す。俺の視線を正しく受け取った彼女も、頷きながら同意した。

「ええ。彼はマスターではないでしょう。それだけは確かです」

 つまり、彼女は無関係とは思っていないというわけか。なるほど。確かにキャスターであれば、本人にそれと知らされずに、何か細工をする事も容易いだろう。あれほどの魔術を苦もなく使用できるのだ。その程度のこと、目の前の男が相手でも笑いながらやってのけるに違いない。何しろ、こいつの対魔力は一般人と大差ないからな……。
「では、凛の当ては外れたという事か」

「―――ああ」

 衛宮士郎は安堵と、悔しさが入り混じったような顔をしている。友人がマスターでなかった事に胸を撫で下ろそうにも、キャスターを倒す手段が見つからない現状、そうもいかないというところか。
 アーチャーの言が正しければキャスターは、それほど非道ではないとの事だが……。
 目の前の男にとって、許容できる事でもない、か。
 仕方ない。

「ふん。それほど悔しいのであれば、さっさと剣の鍛錬でもしろ。貴様が、少しでも動けるようになれば、それだけでセイバーの負担は小さくなるのだからな。幸い、今日は凛が夕食を用意するのだろう? 時間はまだたっぷりある」

 そう言って、唇を弧を描くように歪める。セイバーとの鍛錬が衛宮士郎にとって、気絶するかしないかといったぎりぎりのものであると知った上での悪意も、混じってないとはいえないが。
 それから、真面目な顔に戻って、セイバーに視線を向ける。

「ええ。私もシロウの剣の指導は吝かではありません。シロウがよいのであれば、今すぐにでも」

 そう言った彼女は俺に意味ありげな視線を向けた。今朝の件だろうか・・・・・・。その表情の穏やかさは心地よいものだったが。
 どうやら、彼女の機嫌を直す事には成功したようだが――――後で理由は二人に訊くとしよう。

「ああ、そうだな。弱い俺ができる事なんて限られてる。なら、今できる事をやるしかないんだな。そんな事にも気がつかないなんて、馬鹿だったよ。ありがとう、アーチャー」

 よせばいいものを、頭など下げてくる。所詮今の俺の言葉など、偽善者の都合の良い言い訳に過ぎない。
 いや、違うか。俺の言葉は結局の所――――

「アーチャー、どうしたのですか? 顔色が悪いようですが」

「いや、なんでもない。それよりも、もう始めるのか?」

「ええ。貴女が言ったように、時間は有限ですから。限りあるものは有効に使わなければいけません。それに、シロウもやる気になっています」

 立ち上がったセイバーは、気遣わしげな視線を俺に向けたが、どうにかごまかせたらしい。
 遅れるように立ち上がった、衛宮士郎の方は、セイバーの言葉通りのご様子だ。

「そうか、なら、ここは私が片付けるとしよう」

 そう言って、さっさと行けと衛宮士郎に手を振る。

「え―――わ、わかった。行こうセイバー」

「はい、シロウ。それでは、また後で、アーチャー」

 居間を後にする二人を見送った俺は、肺腑に溜まった空気を吐き出す。
 今の俺の顔など想像したくもない。ひどい顔をしている事だろう。





 凛はどうやら、俺に内緒にしておきたい用事だったらしく、訊ねても帰ってくる応えはなかった。
 彼女の用意した夕食に、鍛錬を終え、風呂からあがった衛宮士郎は、感動めいた表情を浮かべていたが、凛相手なら、まあ納得できる。
 その凛に、感動をぶち壊される言葉を吐かれていたのが滑稽だったが。
 セイバーについても問題はない。凛の腕前は、衛宮士郎を上回るほどだ。決してセイバーが“食べにくい”ものなど出てこようはずがない。
 その“食べにくい”ものを作る彼女も、程度の差はあれ賑やかなものだ。
 ――――衛宮士郎ならこう言っただろう。いつも通りの食事だと。


 今夜から衛宮士郎の魔術の指導も始めるらしく、凛は俺を使って衛宮士郎を部屋に呼び出した。おそらく凛の用事とやらも、それがらみだとは思うのだが、どうだろうか。
 縁側に立って、深い色をした空を見上げる。

「なに、ぼけっとしてんのよ、アーチャー」

 その視線の先に、月を隠すようにして、凛の顔が現れた。

「凛か。もう衛宮士郎の方はいいのか。随分と機嫌が悪いようだが」

 今日のあいつは、いったい何をしているというのだ。セイバーといい凛といい、皆機嫌が悪くなっている。

「まあね。とりあえず、急造の課題を出してきたから。ああ、衛宮君が悪いってわけじゃないんだけど。せっかく用意したものが無駄になるってのは、ちょっと悔しいかなって思っただけよ」

「ふむ。つまりどういうことなのかね」

「あいつ、スイッチができてた」

 なるほど――――それは、独力で気がついたということだろうか?
 魔術回路はつくるものではなくあらわすもの。
 今まで使われてなかった回路がどうなっているのかは知らないが、何か契機があったのだろうか。
 考え込む俺を無視して、凛は言葉を続ける。

「まあいいけどね。宝石も使わずにすんだし。それよりも衛宮君の魔術。あんなに成功率が低いなんて聞いてなかったわ。あの時は一発で成功させてたくせに」

 本命はこっちか。

「まあ、土壇場に強いのだろう。集中しきれてないというわけでもないだろうが。普段は特にへっぽこなのだろうな」

「あ、その表現いいでしょ。ほんとに衛宮君にはへっぽこが似合うわ。本当に、どうやってセイバーを召喚したのかしら。一生分の金運を使っても無理な腕前なのに」

 随分と楽しそうな顔をする。だが、

「君が何を言おうと構わんが、セイバーが困っているぞ」

「え? いつのまに」

 まあ、その体勢では気がつかないのも仕方あるまい。

「どうしたのだ、セイバー。何か話があるように見えるが」

 俺の背から飛び退くように凛が離れると、俺はセイバーの方に向き直った。

「それが、シロウの魔術についてなのですが……」

「あいつの魔術? 強化しか使えないって言ってたけど。それがどうかした?」

 セイバーは凛の方に向いて、少し躊躇う様なそぶりを見せた後、こう口にした。

「シロウには強化ではなくて、何か他の魔術があったような気がするのです」

 そこには強さはなかったが、確信の響きがあった。それは、投影魔術のことだと思うが。その言い方は少し不自然だ。それはまるで、忘れていたことを思い出すような。

「何、セイバー。衛宮君から聞いたわけ?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

 本人から聞いたわけではないのなら……。
「セイバー。土蔵の中を見たのか?」

「土蔵ですか。確かにあそこで召喚されましたが。中のものまではよくは……。あの時は急を要しましたから」

 と、なると。セイバーはあそこに散らばっているアレを見たわけじゃないのか。
 そもそも、魔術師ではない彼女では、せいぜい違和感くらいしか読み取れない、か。
 なら、何故奴の魔術に気がついたのか。
 ―――と、凛が疑いの目を向けている。何を知っているのか、と。
 俺はまた中庭のほうに向き直り、足を投げ出すように座ると

「そうだな。知りたければ、凛も土蔵を覗いてみるといい。そこで何を思うかまでは保障できんが」

「ふーん。ということはアーチャーは何か気がついてるってわけね。それも私が機嫌を損ねるくらいの衛宮君の秘密を」

 そう言って彼女は、中庭に降りる。その肩が怒って見えるのも幻ではあるまい。
 別に衛宮士郎も隠しているわけじゃないのだが。魔術師にとってアレは少しばかり―――。

「セイバーは見なくてもいいのか」

「ええ。貴女が知っているのであれば、問題ないでしょうから。それに、本当に知りたくなったらシロウに訊きますから。そういえば、今日貴女は土蔵にいましたがその時に?」

「いや、そういうわけではないのだが。なんとなく行ってみたくなったとしか……」

 少ししどろもどろに答える。
 彼女と同じセイバーの姿を幻視していたなど、恥ずかしくて言える筈がない。

「そうですか」

 そう言って彼女は俺の隣に腰を下ろした。それ以上は訊くつもりはないらしい。
 それに、密かにほっと溜め息を吐き、月を見ていた俺を習うように、彼女も空を見上げる。  視界の端に扉の開いた土蔵が見えた。
 さて、凛がどのような反応をするかは未知数だが、穏やかなものでもあるまい。

 その時まで―――月を見るふりをして彼女を見ていてもいいではないか。そう、言い訳じみた言葉が、思わず浮かんだ。
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