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「お帰りなさい、アーチャー。随分遅かったじゃない」

 ずっと居間にいたのか、屋敷を出たときとほとんど変わらぬ姿で、凛が声を掛けてきた。時計の針は五時を指す前、というところか。

「ただいま。少々遠回りをしてしまってね」

 そう言って、凛から視線を衛宮士郎に移す。まだ、目は覚めぬか……。

「ふーん」

 凛は、気の抜けたような声を出すと、興味を失ったのかそれ以上追求してこない。

「それで、何か連絡はあったのか?」

 冷蔵庫へと向かいながら凛に問いかける。凛は、俺が何を訊いたのか、瞬時に理解したのだろう。間断なく答える。

「皆、大事はないそうよ。結界の基点の生徒は、二三日入院が必要らしいけど。校舎の破損とかのフォローも問題ないわ。藤村先生も元気だったし。ただ、今日は来れないみたいだけど」

「そうか」

 そう言って頷くだけに止める。凛は大事無いと言ったが、あの状況では、基点にいた生徒の後遺症が残る可能性がある。
 結界の展開していた時間を、正確には計れないが、決して短いものではなかったはずだ。
 それでも、大河が無事と言う事は―――俺の時より結界を発動させた日が早かったせいか? 確かに感じる圧力は、前のときより随分弱いものだったが。
 まあ、大河は底なしの体力の持ち主だし、案外明日の朝にはいつものように食卓に現れるかもしれん。
 もっとも、あれほど校舎が破壊されては、学校そのものは、休みになるだろうが。

「それで、セイバーは何処へ? やはり道場か?」

「そうでしょうね。瞑想でもしてるんじゃないかしら。彼女、平静を装ってるけど、やっぱり心配なのよ。衛宮君が。アーチャーも心当たりあるんじゃない?」

 凛はみかんの箱を横目で視界に入れ、そこから衛宮士郎に戻す。
 成る程……。これほど減っているとは。
 先の道場でのセイバーの行動も、凛の予想と相違ないだろう。衛宮士郎の事から、気が乱れたと言う事か。
 この時間になっても、衛宮士郎が目を覚ます気配はない。それは、俺の判断は間違っていた、と言う事に他ならないのではないか。つまり、確かに外見上は治癒しているように見えるが……。

「それだけ、というわけか」

「何か、言った? アーチャー」

 小さく呟いた俺に、凛が訝しむような声を出す。

「いや、この小僧の事だ。目を覚ませば、今日はともかくとして―――。明日になれば、すぐにでもライダーを追うだろう、と」

「確かに、衛宮君ならやりかねないわね」

 凛は衛宮士郎を凝視した後、諦めるように言った。

「だが、この様子では明日までに全快はすまい。こいつがライダー探索を止める事は出来ずとも―――。せめて日の出ているうちは、とは思うのだが」

 今から丸一日あれば、さすがに身体の中身の方も何とかなるだろう。セイバーが現界している際の鞘の力は疑うべくもない。それだけの力がある。

「―――何とかなるんじゃない? 本当の事を言えば」

 疑問が顔に出ていたのだろう。凛はそのまま言葉を続ける。

「そのままじゃ、足手まといだって。体調が悪いくせにそんなことをすれば、狙われるのは当然だってはっきり言ったらどうかしら」

 自分の事など勘定に入ってないこいつの事だ。深く考えずに、自分よりも倒す事が重要などと言い出しかねんが。
 衛宮士郎と言う人間の歪み。凛は気がついてないのかもしれない。どちらかといえば、俺のほうがそれを見てきた感がある。
 間違いなく、こいつは衛宮士郎だ。自分で言うのは滑稽だが、柳洞寺での事がそれを際立たせる。
 まさか、マスター、それももう一人の自分とでも言うべき者にに庇われる日がこようとは。憤りを感じないわけがない。―――アルトリアも、俺と同じように思ったのだろうか……。

「どうだろうな。まあ、考えても仕方ないものかもしれん」

 その呟きは、凛に対する答えと、アルトリアに対する思いが重なったものだったかもしれない。
 衛宮士郎の歪さ。それは俺にとっても同じことだ。ただ、ひたすらに理想を追い続けた。
 瞼の奥に映るのは、雪のような少女か。
 ―――そのために何を捨ててきた? そのために目の前のこいつは何を捨てる?

「っ―――」

 姿見に自分の姿が映った。何を愚かな。自分が省みなかった全てを再び目にして、今何を思った?
 かつて自分が否定したものを―――願う。
 何を犠牲にしても譲れぬもの、それが自分の理想だったはずだ。何より、その象徴として、彼女の姿があった。
 何よりも尊い幻想として、追い続けたのではないか。
 ならば、どうしてかつての自分を否定できよう。

 たとえ、この身が地獄に堕ちようとも、それだけは譲れぬはずだ。
 今まで、振り返ることなく突き進んでしまった俺が、残してしまったもののためにも。

 思考が短絡化し、そのまま迷走しようとしていたらしい。
 まったく―――

「あら、考え事は終わりかしら、アーチャー」

「む、顔に出ていたか?」

 凛の声に、内心の動揺を畳み、そう答えると、凛の顔が意地悪そうに歪む。

「ええ、それはもう。こっちが心配になるくらい悲壮な顔してたわよ。帰ってきたときからね。ま、なんとか落ち着いたみたいで安心したけど」

 その時の俺は、とんでもなくいやそうな顔をしていたのだろう。凛の笑みから大体判る。
 俺は少し乱暴に、掛けてあるエプロンを取ると、台所へと足早に向かう。戦略的には必要な行動だ。

「美味い料理でも、作らねば、割に合わん」

「もしかして、アーチャー照れてるわけ?」

 ここで、声を出してしまえば負けな気がする。こんな所で敗北するわけにはいかない。そもそも、凛からこんな事を言われるのもすべて、そこの衛宮士郎のせいではないのか? 俺は衛宮士郎に精一杯の憎しみを視線に籠め、凛から見えないように、包丁を取り出した。




「そろそろ、セイバーを呼んできてくれないか?」

 最後の料理をテーブルに運びながら、凛に声を掛ける。
 今日はほとんど何もしてないのだ。これくらい頼んでも罰は当たるまい。

「別にかまわないけど、その間衛宮君を―――」

「やはり私が行こう。君はここにいたまえ」

 凛の声を遮って、廊下へと向かう。何が悲しくて、衛宮士郎と。僅かな時間といえど虫唾が走る。

「そうさせてもらうわ」

 そうして部屋を出た俺の背に、勝ち誇ったような凛の声が聞こえた。
 どうにも調子が悪い。凛にやられてばかりいる。




「セイバー、食事の用意が出来た」

 簡潔に伝える。静謐な道場で、目を閉じ瞑想するセイバーに、余計な言葉を掛けたくはなかったが。
 ―――食事は大事だからな……。

「わかりました」

 そう言って、目を開いたセイバーは、立ち上がる。

「それで、シロウはまだ……」

「生憎と、まだ目は覚めてはいないな」

「そうですか。それでは――――シロウ、目が覚めたのですか!?」

 僅かに細められていた目が、俺の背後に向けられ、大きく見開かれた。
 どうやら、凛曰く、眠り姫とやらが意識を取り戻したか。何故、こうも都合よく、目を覚ますのやら。




 すでに、眠りが浅かったのか。それとも、料理が刺激を与えたのか。どちらにせよ、衛宮士郎の目は覚めた事は事実だ。
 俺が残っていれば、何かと説明しなければならなかっただろう。それを思うとぞっとしない。
 結局は、早いお目覚めだったと言う事か……。
 そんな益体のないことを考えながら、目の前の二人を眺めている。
 何処に隠していたのかと言っていいほど、セイバーは衛宮士郎に怒りをぶつけている。
 それは心配していた事の裏返しである以上、甘んじて衛宮士郎は受けなければならない。まあ、奴の行動そのものが、苦言に値するものなのだが、そんなことはいまさらだ。
 セイバーは「貴方のした事は紛れもない愚行だ」「私を追い詰めて楽しいのか」「何故、令呪をもっと早く使わないのか。二度も命を拾ったのは、幸運以外の何者でもない」等と、その口は留まる事を知らない。
 二度と言うのは、柳洞寺の事から数えての事だろうか。
 しかし、俺の記憶と違和感があるのは、やはりセイバーの心配が俺の知るものとは別だったからだろうか。
 間違いなくセイバーは、衛宮士郎が助かる事を確信していた。満身創痍の姿を見たにも関わらず。
 彼女の心配は、ひどい傷を負ったことと、それ故に中々目覚めない事を憂いたものに思える。それでも、多大な心配を掛けていたわけであるが。

「何? 妬いてるわけ、アーチャー」

 思考が中断される。どうやら、結局凛も来たらしい。セイバーも衛宮士郎も忙しいらしく、凛の登場には気がついてない。

「馬鹿な、私が何を妬くと言うのだ。それこそ馬鹿馬鹿しい」

「まあ、あんたはそう思うかもね。でも、傍から見るとそう見えちゃうのよ、これが」

「――――気のせいだろう」

 その声は力あるものではなかった。この体に成って―――今までにも、どんな顔をしているか把握できてないと思える指摘が多くあった。凛の指摘に反論できる材料がない。

「そういうことにしといてあげるわ」

 私を追い抜きながらそう言った凛は、そのままセイバー等のもとへと歩いていく。
 セイバーには悪いが、その状況は中断される事になるだろう。正直、ほっとしたのは事実だが……。それこそ凛の指摘を裏付ける思考なのかもしれない。




 まずは食事を、という凛の言葉でその場は片付けられた。
 なるほど、そうでした。食事は大事だと、セイバーの同意を得、衛宮士郎もそれに倣う形となる。
 たしかに、調理したものとしては、暖かいうちに食べてもらえると嬉しいが。
 それが、顔に出ていたのだろう。またしても食事の際、からかわれてしまった。
 セイバーは食への真剣さから、衛宮士郎はその妙な鈍さから、知られる事にはならなかったが。
 この状況は忌々しき事態だと認識せざるを得まい。
 満足そうに食べてくれるセイバーの姿は、頬を緩めるに値するものだが……。その対価が―――。


「葛木先生がキャスターのマスターだったのか!?」

 衛宮士郎が驚きの声を上げるのが聞こえる。夕食の片付けも大方終ろうというところだった。
 セイバーと凛が、問答無用で、休ませようとしたのだが、何とか無理を言って、ここに留ませる事に成功した。
 衛宮士郎の意識が戻ったと言っても、体の中は治っているとは言いがたい。
 セイバーたちが無理をさせたくないと思うのは当然のことだろう。
 だが、衛宮士郎はせめて今日の顛末を、俺は別の思惑から、不本意ながらも共同戦線を張る事となった。
 強敵ではあったが、結果的には勝利と言う事で、この状況が成立したわけだが……。
 皿を水で濯ぎながら、横目でセイバーを盗み見る。彼女はもっと強引に押し切るかと思ったが。予想に反して、彼女はあっさりと引き下がった。その事が勝機につながったのだが。
 セイバーの隣に衛宮士郎。卓をはさんで凛が座っている。どれだけ効果があるかは、伺い知る事はできんが、多少は早くなろう。

「葛木先生は、キャスターのしている事を知っているのか?」

 その問いに、凛は答えず俺のほうを向いたのだろう。視線がひとつ、ふたつみっつと背中に感じられた。

「どうだろうな。ただ、キャスターのマスターは、傀儡と言うわけではあるまい。あの男は確かに自分と言うものを持っていた」

 もっとも、あの死人のような目では、操られていなくても、キャスターの言い成りという可能性はある。

「キャスターは、自分の悪事を、マスターに隠しているかもしれないのか」

「その可能性は高いかもしれん。キャスターは、本当にマスターの身を案じていたようだからな」

 脳裏に浮かぶは手傷を負った痩身の男に掛けられた、キャスターの声か。表情はフードに隠れ、知る事は叶わなかったが。
 あの言葉には確かに情と、そして安堵が感じられた。
 英霊といっても、知られたくない事は多少なりとも存在しよう。
 そのまま、会話には加わらず、目の前のものに集中しなおす。否、集中しようとした、か。

「とにかく、正体を知られた以上、葛木先生は下には降りてこないでしょうね」

「ってことは、葛木先生は柳洞寺に住んでるのか?」

「まあね、調べればすぐにわかったわ」

 名簿でも失敬したのかもしれんな。あの惨事だ。その程度のこと、凛なら苦もなく可能だろう。

「とにかく、今はキャスターには手を出せない。監視は怠らないつもりだけど。もしかしたら、バーサーカーの方がやりやすいかもしれないわ」

 凛の言葉に返される言葉はなかった。俺が食器を洗う音が、変わらずに響く。
 その止まりかけた時間を、衛宮士郎の言葉が破った。

「―――俺は、明日にでもライダーを追おうと思う」

「―――止めないけど、勝算はあるんでしょうね」

「ライダー自身は、それほど強力なサーヴァントじゃないと思う。だけど、最後のアレは―――」

 凛の言葉に、一瞬考え込むような気配が生まれるが、その答えに淀みはない。どうやら、考えなしというわけじゃなさそうだ。
 ライダーは、セイバーと比べれば劣るサーヴァントなのは間違いない。
 だが、それが全てではないことも確かだ。かつてのように空中戦を仕掛けられては、たとえセイバーといえども、後手に回るのは必至。天馬の能力は把握していないが、明らかにセイバーは劣勢だった。
 ならば、その先にあるのは宝具の発動、ということになるが。
 再度セイバーの姿を視界に入れる。現界出来ず消える、事はないだろう。されど、かなり枯渇することに変わりあるまい。
 多少、魔力が供給されたとしても、もともとの器が強大。宝具の発動にも多大な魔力が必要となれば、結局は一発限りになるはずだ。
 生前は、そのような縛りはなかったようだが。
 凛も言うように、宝具を使われる前に、倒すことが肝要だが。ふむ―――

 最後の食器を立て掛ける。どうやら、会議、のようなものは俺の片づけが終わるまで、という了解があったらしい。
 エプロンをはずした、俺が向かうころにはもう、話しは終わっていた。

 衛宮士郎は明日になれば、探索に繰り出す。これに変わりはない。
 ならば、その先もさほど変わらずに進むかもしれない。ならば俺は。



 衛宮士郎に向けて再開された、セイバーの小言を耳にしながら、俺は今夜、やるべきことを決めた。

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