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「アーチャー!」

 凛の声に遅れることなく、むしろ追い越すかのように敷地内へと飛び込む。

(凛、君は―――)

「心配要らないわ。アーチャーは早く行って!」

 幾らこの身がサーヴァントの括りでは遅いといっても凛よりは速い。いつかのランサーが襲ってきた時のように霊体化して屋敷に突っ込んだ。
 凛なら大丈夫だ。そう言い聞かせて目的の場所まで急ぐ。数秒とないはずのその時間が、ひどく長く感じられた。
 感じるサーヴァントの数は二つ。一つはセイバーに間違いない。もう一つの方は決してバーサーカーや、あの英雄王ではない。
あの者たちに比べれば気配が小さすぎる。第一奴等が室内に入るとは思えない。理由はそれぞれ違うが。なら―――

 最初に見えたのは蹲っている彼女の姿だった。
 ソレを目にした瞬間―――俺は速度を落とさず間合いを詰め、セイバーの傍らにいた敵を両断した。
 切り裂かれたローブが部屋に舞い散る。しかしそれだけだ。

「アーチャー!?」

 叫ぶ言葉は衛宮士郎のものか。その声に応えず、気配を探る。
 両断したはずの剣に手応えはなく、敵が健在である事を示していた。

「ふふ、せっかちな娘ね。そんなに頭にきたのかしら。この状況が」

 周囲を舞っていたローブの切れ端が消え去り、無傷の敵が現れた。切り裂かれたはずのローブにすら損傷はない。その唇は弧を描き、さも愉快気に言葉を紡ぐ。嘲弄すら滲ませて。

「その様子だと、よく理解しているみたいね。セイバーのことを」

 敵の余裕を理解する。―――ここでこいつは殺せない。

「―――キャスター」

 この身まで裂きそうな殺意を、吐き出すように呟いて衛宮士郎の隣に降り立った。

「あ、アーチャー?」

 呆けたような声を衛宮士郎が出す。その傍らにセイバーの姿はなく、代わりに一人の女性を抱いていた。
 小さく、だが確かに胸が上下している。その事に少し安堵を覚えつつ、同時にキャスターに向けての敵意も膨れ上がった。

「衛宮君、無事!?」

 そこに俺から数秒送れて凛が飛び込んできた。
 だが、俺は凛の方を向くことなく、蹲ったままのセイバーを見つめ。そしてその後ろにいるキャスターを射殺さんと睨みつける。
 それをまるでそよ風の様な取るに足らないものと受け流し、魔女はその笑みを深くする。
 そして、その目は俺を艶かしく見つめると、その唇を下弦の月へと変える。

「ふふふ。お嬢さんを返すのをもう少し焦らせばよかったのかしら」

「―――オマエッ!」

 キャスターの言葉の意味を悟ったのか、衛宮士郎が低く叫んだ。
 なるほど。予想はしていたが、どのような経緯でセイバーがキャスターの手に落ちたのか、よくわかる。

 あの惨劇の夜、キャスターの手にあった短剣を脳裏に描いた。
 短剣。終ぞその神秘を見せる事はなく、あの夜、キャスターは消えてしまった。
 だが、今なら思い描くだけで理解できる。あれは神代に息づかうモノ。ある事柄に対しては絶対に位置する免罪符。
 その正体に気づいていたというのに、この状況を招いてしまった愚に脳髄が焼き切れそうだ。

 一度口を開いてしまえばそれは止まらぬとでも言うように、キャスターの言葉は終らない。

「だってそうでしょう? 確かにそこのお嬢さんはやってはならないことをしてしまったわ。だけどそれを躾けるのも、心躍ることだと思わない? でも――――!」

 そう言ってかつて衛宮士郎の手にあった令呪を見せ付けるように手を掲げた。

「間が悪かったわね。手に入らないのであれば、消えてもらうわ。セイバー、アーチャーのマスターを殺しなさい。邪魔をするようなら貴女のマスターだった子も殺していいから」

「馬鹿な! そんなことを!」

 力ない声で、しかし覇気だけは失わずにセイバーが叫ぶ。

「無駄よ、セイバー。貴女も私と同じ。意思にそぐわぬ行為に、後悔を知るといいわ」

 キャスターの令呪が輝き、セイバーがいっそう苦しそうに呻く。そして、その身体がゆっくりと、まるで幽鬼のように立ち上がった。両手は力なく垂れ下がり、俯いた顔は表情を隠している。ただ、呻き声がセイバーの口から漏れ続ける。
 それが油断だったのか。常のセイバーとまったく違う状態だったからか。
 凛は、セイバーの動きに反応できなかった。

 その姿からは想像もつかない速さでセイバーが動いた。セイバーの標的は俺ではなく凛。甦るはあの夜のことか。
 しかし、あの時と違うのは俺が彼女に見惚れていないことと。ここが、室内という事!

「くっ!?」

 真っ直ぐに凛へと踏み込むセイバーに、俺は目の前にあった食卓を引っ掛けるように蹴り飛ばした。それを追うように片手に投影した短剣を投擲する。
 セイバーは眼前に現れた食卓を剣すら振るうことなく粉砕し、その影から迫る剣すら苦もなく叩き切る。だが、その行動でセイバーの速度が落ちる。俺自身も、無理な運動をしたために、一瞬時が止まる。
 だが、それだけで、凛と衛宮士郎は動く事ができた。否、凛は動く事ができた。

「衛宮くん。早く!」

 二対一の不利から判断したのだろう。凛は撤退の意思を告げる。
 だが、そう言った凛の声の先に、大河を抱いた姿はなく

「な!? ば、馬鹿!」

 キャスターの命のためか、邪魔をした俺に標的を変えたセイバーの剣は、俺ではなく、衛宮士郎の身体に突き刺さっていた。
 おそらくこいつは、セイバーの動きに反応したのだろう。後先も考えず。

 不可視の剣と交差するはずだった、俺の剣は所在無げに垂れ下がる。
 急速に身体が冷たくなっていく。だが、怒気が去ったわけではない。種類は違うが明らかに俺の身体を満たしているのはソレだ。
 業火と化して身を焼いていたソレは薄氷の鋭さをもって胸を切り裂く。

 かつての主を両断するなど容易いはずの剣は、致命傷に届く傷でその進撃を止めていた。
 いや、僅かではあるが両腕は上がっていく。
 そして、キャスターと凛が呆然とする前で、剣は衛宮士郎の身体から離れた。それと同時に衛宮士郎の膝が落ちる。それを、俺 はいささか乱暴に襟首をつかんで、俺の横まで引きずった。俺の手から離れた衛宮士郎に、次いで凛の手が触れる。

「この、馬鹿!」

「ま、まて、遠、坂」

「いいから、早く」

 有無を言わさず衛宮士郎の手を引く彼女の声に、迷いはない。
 いささか強引に撤退を敢行する凛に、キャスターはなんら反応する事はない。ただ、呆然と。

「そんな、セイバーの対魔力は令呪にすら抵抗するというの?」

 呟いた。キャスターの声からは先ほどまでの余裕は感じられない。
 キャスターが純然たる戦闘者でなかったのが幸いだった。もし、そうでなければ――
 無駄な思考を振り払うように頭を振る。その目に

「は、やく、逃げ、て」

 セイバーの俯いていた顔が映った。
 令呪に抗いながらセイバーは自分の意思を告げた。涙すら流しながら。それを見たからか、衛宮士郎は大人しく凛に連れられていく。
 剣を持ったまま、振り上げた格好で動きを止めたまま。
 俺自身はキャスターのようには使えまい。だがそれでも―――

「―――!」

 俺の動作に不穏なものを感じたか、キャスターが手を翳す。
 放たれた光は、俺に達する前に掻き消える。だが、その霧散する光は俺の視界を一瞬だけ、奪い去った。

「あ――――」

 その声はどちらだったか。
 俺の漏らしたものか、それともセイバーがそうだったのか。
 俺の目の前にあるのは碧玉の輝き。だが、それはまるで、何か恐ろしいものを見たような。脅されたような瞳だった。
 その瞳が見つめる先は、彼女の剣。俺の方を貫いた聖剣の風。その視線がゆっくりと移動し俺の視線と交差した。
 それは、先と変わらず濡れていて。刹那の間、俺は見惚れてしまった。

「ぐっ」

 肩を走る痛みに眉を顰める。
 たわけが……。一体何をしていた。未熟も未熟。
 屋敷から凛たちの気配は消え、それに変わるモノたちが気配を現す。
 呆然と目を見開くセイバーの顔を見据えたまま、肩を貫く剣から身を捩り引き抜いた。

「あ、ああ」

「―――時間さえかければどうにかなるみたいね。いいわ。ここは退いてあげましょう。アーチャー。貴女の事は、まだ諦めてなくてよ」

 セイバーは言葉にならない声を上げ、キャスターはまた余裕を取り戻した声で嗤い、聞き取れない声で何かを呟く。
 それと同時にセイバーの指が剣の柄から離れ、二人の血を吸った剣は、滑稽な音を立てて畳に落ちた。
 セイバーの震える両腕は、意思に反する身体を押し留めるように。僅かに見える唇が、“逃げて”と再び繰り返すのが見えた。
 その瞬間、セイバーに働く対魔力すら無視して、キャスターはセイバーごと、俺の目の前から消え去った。
 落ちたはずの聖剣も、そこにはなかった。




 キャスターの置いていったソレらをあらかた無視して、凛達を追う。
 セイバーから受けた傷は、回復したもののかなりの魔力を要することとなった。
 先ほど胸を裂いた冷たさにも似た、夜気を切り裂きながら走る。

 凛は無傷だが、衛宮士郎手負いの上、さらに人一人抱えている状態だ。二人に追いつく事は容易かった。
 あと少しで追いつくというときに凛が俺の方を振り返る。俺が追いついた事に安堵したのか、動きを止めて―――

 俺が空を見上げ、そして、凛が声を発した時、ソレは飛来した。油断した。気づくのが遅すぎる。
 七条の光は俺の行く先を凛のもとに限定する。かろうじて、矢を避けた俺は凛の傍らへと着地した。
 凛は完全に立ち止まり、それに伴って衛宮士郎もその傍で動きを止める。

 これは、まずい―――!
 奴の矢がひとつふたつならともかく。多数の矢を分散されては……。

「わかってる。私じゃ防げない。いや、違うか、防げないんじゃなくて反応できない。移動しながらじゃ、もっと無理ね」

 その言葉に頷く。一つ一つの威力は、塀の壁など容易く貫通するほどの威力。だが、それだけなら防ぐのは難しい事ではない。
 問題はその速度。銃弾などを圧倒的に凌駕するそれは、防ぐ事を困難にしている。奴の精度に関しては考えるまでもない。
 抱える大河に傷つけることなく、衛宮士郎を射殺してみせるだろう。
 移動しながら三人を護る事ができない。
 しかし―――衛宮士郎の傷も放置しておけるものではないはず。セイバーとの契約が切れた今、鞘の加護も失われて―――なんだ? 焦点の危うい瞳は変わらないが、傷が屋敷のときよりも小さく……。

「くっ!」

 今度は三条。銀の光が走る。先ほどの射と違い、今度は真っ直ぐ射抜いてきた。
 迎撃しながら、奴を探す。先の狙撃では判らなかった、奴の位置が特定できる!

 数百メートル離れた先に、弓を構えた赤い騎士はいた。
 背の高い木から見下ろすその顔は、不適に笑みを浮かべ……。

「ちぃっ!」

 衛宮士郎に放たれた矢を叩き落す。
 だが、それで終わりではないと、続けざまに狙撃される。
 体が、鈍い! 自分だけならともかく、凛たちを庇っていては、ジリ貧か。
 俺の速さでは奴との距離を―――
 何より宝具を使われては―――
 容赦なく二人を狙う剣を砕く。思考すら満足にできぬ状態で剣を弾く。

「なっ!」

 背後で黙って見ていた凛が、俺の横まで来る。突然の暴挙に、慌てるも凛の眼前で剣を迎撃した。
 そのまま横目で見て抗議しようとしたが、凛の表情に一瞬気圧され、言葉を飲み込む。
 奴も凛が前に出た事に当惑しているのか、狙撃を中断し、弓を構えた状態でこちらを見つめていた。
 衛宮士郎の視線も、先とは違った危うさではあるが、凛に向けられている。
 可笑しなことに、凛に向けて三人の視線が向けられる。
 凛は傍目にも大きく息を吸い

「ああーっ。なんでこんなせせこましい事するわけ! 仮にも英雄なら正々堂々戦いなさい!」

 なんてこと言いやがりましたよ。俺の主は。

 相当、頭にきているのだろう。常の凛ならこんな事は言うまい。
 衛宮士郎にいたっては、思わず両手で耳を塞ぎそうになっていた。
 予想以上に余裕だな。落とさなくて幸いだが。

 息を荒げていた凛が、こちらを向く。状況が状況だけに凛の前に出たいが、奴の動きはそれを許してくれそうにない。なにやら愉快なものでも見るかのような態度だ。

「アーチャー」

 荒げていた息を整えるのに数秒くらいかかっただろうか。
 その声からは先ほどの激昂は感じらない。

「―――なんだ」

「後をお願い。多分、もう狙撃はされないから。ガツンとあいつに喰らわしてやってよ」

 何を馬鹿な―――そう言おうとしてやめた。驚くべき事に、奴は先ほどまで構えていた弓を、その手から消していたのだから。
 凛の声が聞こえたかは定かではないが、信じていいのかもしれない。

「わかった……。君の期待に副うよう努力する」

「―――お願い」

 俯いた凛の肩が揺れている。

「随分しおらしいことだな。先ほどの威勢はどうした」

「―――ふん。言われなくてもわかってるわ。努力したって結果がついてこないと認められないんだからね。ちゃんと重たいのを食らわせないと帰ってきても入れてあげないんだから」

「―――了解した。衛宮士郎。生きているのなら、凛を頼む。この通りまいっているようだからな。先よりは随分楽になっただろう?」

「あ、ああ」

 自分の常態に気がついたのか、瞳に驚きの色が混じる。

「では、マスターのお使いを済ませてくるとしよう」

 そう言って俺はアスファルトを蹴り、奴の方へと跳躍した。





 紅い騎士の手前に降り立つ。
 奴は無言だ。それどころか俺の方を向いてすらいない。視線はずっと凛が走り去った方向へと向けられている。
 だが俺の敵意を感じたか、その身体がゆっくりと俺のほうへと向きを変えた。

「なるほど……。奴を殺す前に、やるべき事がまだあるのだな」

 アーチャーは何かに、今気がついたとでもいうような不思議そうな顔をしていた。あれほど発していた殺気は霧散し、その身からは覇気すら感じられない……。

「何の、ことだ?」

「―――きみのマスターの事だ。たいした事ではない」

 その表情からは何も読み取ることができない。能面のように、何も映してはいない。

「悪いが、殺させるつもりはないぞ」

 よりいっそうの敵意を籠めて放つも、アーチャーは何も返さない。関心を示さない。

「オマエは、その姿になって永いのか?」

「―――何が言いたい」

 その言葉に僅かに困惑しながらも聞き返す。

「その姿、力、魔力、ほぼ全ての面で、私に勝っているのだろうな」

 ―――――実際にそうだろう。俊敏さを除けば、この身体はエミヤシロウの身体とは比べる事も馬鹿らしいくらい優れている。だが、俺の考えていることを見抜いたのか、それともまた表情に表れてしまっていたのか。真偽はわからぬが、アーチャーは皮肉気な笑みを浮かべた。憎憎しいくらいのよく知る姿だ。先ほどまでの呆けたような姿がまるで嘘だったかのような。

「気づいてないようだが。それには落とし穴がある。君の身体の正体。セイバーの真名を知っている私が取る方法も、少し考えればわかることだ」

 そう言ったアーチャーは、ある“剣”を投影した。

「なっ―――」

その瞬間、纏わり付くかのような不快感と共に、身体がひどく重くなった気がする。その重圧は、確かにアーチャーの持つ剣から放たれていた。その原因を理解する。

「アスカロン―――竜殺しの剣か!」

 その言葉にアーチャーは笑みを深くする。
 重圧の効果と、アーチャーの態度に内心舌打ちをしながら、手にした長剣を構える。

 どうやら、きついお使いになりそうだ。
 内心の声さえ、震えているような気がした。
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