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 対峙したままで時間が流れる。住宅地から離れた場所で、高くそびえる木々はいっそうここの闇を深くしていることだろう。もっとも、ある程度強度の感じられる枝に立っている両者には関係ないかもしれない。この戦い。今の奴にはさほどやる気は感じられない。戦う理由がないとでも言うのか、俺にとって天敵とも言える剣を投影したにも関わらず、何の動きも見せない。
 俺から、仕掛けるしかないのか……。
 そう結論付けると同時に仕掛けた。
 彼我の距離はたいした距離ではなかったが、それでも、一瞬で間合いを詰めるに到らない。この様ではよほどのことがない限り、追撃や撤退の類を行うのは難しいだろう。もとより俊敏さに欠ける身。こうなってしまっては割り切るしかない。
 竜殺しの聖剣を片手に持ったまま、構えもなく佇む奴に、横薙ぎに斬りかかった。
 予想に違わず避けられる。軽く跳躍したアーチャーは傍らの木の枝に。標的を失った俺の剣は勢いを落とすことなく木を深く切り裂く。速度は論外だが、膂力に関しては、まだこちらが上。しかし、この様子では最悪、剣を合わせられない可能性もある。剣を相殺できるとすれば、奴が攻勢に回った場合のみか! なら!

「むっ!?」

 続けざまに放っていた斬撃を無言で回避していたアーチャーが、初めて声を漏らす。
 避けられながら、使用していた長剣を消し、大英雄の岩塊を投影する。身の丈に勝るその斧剣を回転する勢いを加えながら、真横に振り切った。
 大きく跳躍してそれを回避したアーチャーは、木ではなくその下。地面に着地する。それに一息遅れて俺はその数メートル前に降り立った。

 背後で、今までのとは比にならないほどの音を立てて、両断された木が倒れる。

「ふむ、中々にひどいことをするな」

 呆れたとでも言いたげに、器用に片方の眉を上げる。
 その表情には余裕が張り付いたままで、気に食わない。
 だが、今はまがいなりにも戦いの時。余計な思考は、行動に関与しない。

「―――このあたりはマスターの私有地のはずだ。問題ないだろう。だいいち君が私の剣を避けるからここまでひどくなったのだ。この責は君にある」

 それなりにこの場所はひらけている。逃げなければ、木を切倒すこともないと目で告げる。
 その俺の言葉に、奴はあからさまに溜息をついてみせた。

「それが本心からのものとすれば……。少々毒されすぎともいえるな。ふむ、三羽目の鳥、か。そもそもそんな剣を喰らってしまったら、冗談ではすまないのだがな。私を撲ることが目的ではないのかね。―――もっとも君の馬鹿力だ。関係ないかも知れんな」

 ―――確かに。両断された奴を殴っても意味はない、のか?
 だが、この戦い自体冗談のようなものだ。殺し合いの聖杯戦争の中で、両者ともに敵意はあろうとも、殺意はない。
 これは、殺す事を前提とした戦いではない。
 俺は斧剣が奴に当たらない事を理解しながら使い、奴も俺が思っていることを理解している。
 矛盾している。当たれば容易く死ぬのだ。当たらないという事は絶対ではない。

 しかし、

「何故、貴様が私の目的を知っている」

「―――たいした事ではない。君は、君のマスターに背を向けて私の所へと来た。その間に君のマスターが教えてくれたよ。中々に痛烈かつ容赦ないコンビネーションだったな……」

 ―――この事には言及すまい。
 どこか遠い目をしている奴も、穏やかだか、引き攣っているのか判別し難い事だ。

 両手で持っていた斧剣から左手を離し、小さく暗示の言葉を呟く。

「ほう。そうくるか」

 それを見たアーチャーが、薄く唇を歪める。
 斧剣を二つ、それぞれの手に持つ。自身との大きさの関係上、刀身がいくらか地面に埋まってしまっているが。
 傍から見れば、さぞかし滑稽に見えることだろう。

 アーチャーに向かって無言で走る。斧剣が地面に痕を残していくが、かまわず引きずった。
 そのまま間合いの数歩手前で、左の斧剣を逆袈裟に振るう。
 無理やり振るわれた斧剣は容易く躱され地面に突き刺さる。それをそのまま手放し、右の斧剣を水平に放った。
 左とほとんど同時に動かしたために身体が流れるが剣は揺るがない。
 それを跳躍して躱したアーチャーは、左手に干将莫耶同時に投影し、瞬時に投擲した。
 木々の間をすり抜けてそれぞれ見当違いの方向へと奔る双剣。だが、それは確実に我が身へと迫るだろう。
 それが自分に襲い掛かるまで、時間がかかると判断。左手に再度斧剣を投影し、連続して斬りかかる。
 しかし結果はこれまでと同じ。むしろ長剣と違ってモーションが大きくなったため、初撃以外は回避に余裕すら持たれている。

 あまり使いたくはなかったのだが……。試してみるか。

 右手に残っていた斧剣に一瞬視線を移すと、今までの勢いと変わらず、だが後ろに下がる。
 その瞬間、アーチャーの手前に双剣が飛来し、俺が踏み込んだであろう位置を切り裂いていった。
 標的を捉えることなく空気を裂いた双剣が木々の間に消えていく。
 その間に俺は斧剣を両手に持ち直していた。

「十を超えて、考えを改めたか。何、そう怒るな。自分から痛い目にあうような殊勝な性格ではないことは、君だって解っているのだろう?」

 周囲に突き立てられた幾つもの斧剣を見ながら、アーチャーが軽口を叩く。
 バーサーカーとは比べるべくもないが、それでも惨状といっていいくらいには傷が刻まれている。

 応える必要は、ない。

 再び突進。速さは衛宮士郎に毛が生えた程度か。両手持ちでも、引きずるのは変わらない。
 変えるのは戦闘方針。アーチャーに対する行動予測に、不可解な直感を加算。
 優先度は、最も予測値に近いものを選択。

 空間そのものを切り裂くように、斧剣をアーチャーに振るう。

「む―――」

 アーチャーが回避した方向にもう一度水平に剣を払う。
 一度目の斬撃よりも間合いを詰めてのそれは、アーチャーに跳躍以外の回避を許さない!
 空中で身動きの取れないアーチャーは初めて

「ぐっ―――!」

 俺の攻撃を剣で受けた。剣の勢いに押されたアーチャーは地面に落ちる。
 そこにすかさず、上段から斧剣を叩きつけた。
 体勢を崩しながらも、アーチャーはそれを横っ飛びに躱す。大量の土を巻き上げた斧剣はそれを間断なく追跡する!
 無理な跳躍で距離のでなかったアーチャーは、着地を断念。片手で無理やり木をつかみ身体を一瞬宙に留める。
 その下を俺の斧剣は振り切るが、躊躇なく、アーチャーに三度叩きつける。


 鈍い音が響く。
 躱すことを断念したアーチャーの筋肉が膨れ上がり、俺の剣撃を止める。歯を食いしばりながら、なんとか押し留めた。

「―――ぬ、ぐ、随分と速くなったな―――。いや、動きそのものの速さは変わらんか。だが、行動に移るまでが」

 食いしばった歯の隙間から、アーチャーが声を漏らす。
 だが、そんな余裕を与えた覚えはない!

 力任せに押し切り、再度アーチャーの体勢を崩す。

「!?」

 その瞬間アーチャーが左手に干将を投影する。
 その意味を瞬時に理解―――だが遅すぎる! 斧剣を放棄しアーチャーにコンマ数秒遅れて莫耶を投影―――

「っが!」

 だが、間に合わずソレは俺の身体を背後から切り裂いていた。莫耶に切り裂かれた俺は前のめりに体制を崩す。
 同時にアーチャーの背後に引き寄せられていた干将はぎりぎりでその標的を外し、木に突き刺さる。
 俺を切り裂いた莫耶を頭上に通過させたアーチャーは

「まさか、運の勝負で私が―――ぬ!?」

 俺が解いた聖骸布が結び付けられた莫耶をすんでで避ける。
 だが、弧を描いて飛んだソレはアーチャーの動きを一瞬阻害し、俺は倒れこむように奴の足をつかんだ。
 そして、そのまま躊躇せず力任せに引っ張る。

「これは、あまり嬉しくない状況だな」

 馬乗りされた状態でなおアーチャーが口元を歪める。
 まな板の上の鯉とばかりにアーチャーは動かない。聖剣と陽剣を持ちながら、ソレを使うそぶりもない。
 ――――重圧くらいは許してやろう。

「この状況で軽口をいえるとはな。せいぜい歯を食いしばれ」

 そう言って俺は右手を一閃させた。
 小気味よい音が響く。生前あまり経験した事ではないが、中々に上手くいった。

「―――まさか、平手、とはな。とは、いえ首が捻じ切れるかと、ごっ!」

 さすがにかつての自分の顔を変形させる趣味はない。とはいえさほど堪えてないようだったので、本命とばかりに脇腹にフックをお見舞いした。さすがに効いたのか、アーチャーの顔から汗が噴き出し、苦痛に歪められる。
 それを確認すると、俺はアーチャーから離れた。使ったのは僅かな間であったが、相反するソレは俺の頭に針となって突き刺さる。
 ―――あまり多用できるものではない。
 痛みを振り払うように頭を振る。
 それに遅れて、アーチャーが痛みに耐えながら、ふらふらと立ち上がった。

「一撃、余計ではないかね?」

 口調は普通だが、顔色はあまりよくない。溜飲が下がるというものだ。

「ソレがあるだろう? 一撃では足りるまい」

 そう言って遠慮するなと、腕を振る。そもそも俺も背中に傷を負ったのだ。
 アーチャーはその言葉に、複雑な表情で自らの手に持つ竜殺しの聖剣を眺めた。どっちが利口かは考えずとも明白だ。

「丁重にお断りする。それで―――どうする。まだ続けるか」

 孤高の鷹の目が鋭利に、声が谺したように錯覚する。殺気が放たれる。

「ふっ、馬鹿を言え。私が貴様を倒すとすれば、マスターが居るときだけだ。そうでなければ、ただの戯れだよ。今夜のようにな」

 そう言うと奴は笑みを浮かべて殺気を消す。

「それは助かる。正直君の馬鹿力は持て余し気味でね。失神しそうだよ」

「馬鹿力馬鹿力としつこい。一度言えば事足りるものを。無駄に連呼しおって。第一バーサーカーよりはましだ」

 憮然としたような声に、自分で言っておきながらも驚く。顔に出さないように努めたが、奴には隠しきれなかったらしい。
 いっそう笑いを深くして、奴は徒手空拳に戻った。

「名残惜しいが退散させてもらう。再び殴られても叶わんからな」

「貴様にその気があるのなら、いくらでも進呈するが」

「結構だ。君の二の腕を見せて貰ったからな」

 體を怖気が奔る。奴は正気か? アーチャーは冗談だとばかりに両手を上げる。笑みを浮かべているのは百歩譲って許せるとしても、珍奇なものを見るような瞳は許しがたい。

「だが、覚えておけよ。その身体のこと。理解してなければ、思わぬ失態を取りかねん。理解しているとは思うが、オレの目的はあの小僧を殺す事だけだ。だが、オレがあの小僧を殺す権利があるとするならば、お前にはそれを止める権利がある。つまらぬことで後れを取るなよ」

 一転して真顔に戻った奴はそう言って飛び上がる。

「まあ、その前に君には試練が待っているがな」

 そう言ってアーチャーはある方向を示し、姿を消した。
 その方向を確認もせず、俺は呟く

「わかっているさ。それくらいのことは―――」

 無数に突き立った斧剣を見つめて、俺は聖骸布を引き戻した。
 最後に見えた、奴の皮肉気な笑みが、残っていた。
 まったくもって、忌々しい。



「お帰りなさい、アーチャー。とりあえず最初に言っておくわ。お疲れ様。最初の平手打ちなんて惚れ惚れするスナップの利かせ方だったもの。でも、今の私の――――用件はわかっているのでしょうね」

 遠坂の屋敷の扉をくぐって、最初に言われたのがこれだった。宝石の使い魔が見ていたのだ。弁解の余地もない。

「―――ああ、わかっている。言い訳はしないさ」

「結構。あれだけ荒らしたんだから、それだけの仕事はやってもらうからね。とりあえずは紅茶でも淹れてもらおうかしら」

「それくらいなら、御安い御用だ。罰にもなるまいよ。それで、どうなのだ」

 予想よりも軽い御達しに、内心胸を撫で下ろす。夜通し、片付けのようなものをさせられるのかと、内心ひやひやしていたのだが。

「どうって、衛宮くんなら、貴女が帰ってきたって聞いた途端倒れちゃったわ。ほとんど傷は治ったって言っても、まだ熱を持ってたから。セイバーと契約が切れても、治癒は残っているのね」

 そういえば、衛宮士郎の身体に関して、俺は会議に加わってなかったな。セイバーのおかげという事で落ち着いたのか……。アスカロンのことといい、鞘のことといい、この身体は真実セイバーを同じものなのだろうか。セイバーのことは思考から努めて除外する。
 理性に負担をかけるわけにはいかない。

「いや、小僧の事ではない。それよりも大河の容態はどうなのだ?」

 そう言葉を返すと、妙な種類の笑みを凛は浮かべた。生前はあまり記憶にないが、この姿になってからはよく見るようになったソレだ。不快でないとは言いきれない。

「元気ね。少なくとも身体は全然問題ない。ただ、キャスターの魔術による眠りだから、ちょっとやそっとじゃ」

「あまり心配せずともよいかも知れんな。彼女の事だ、心配せずともひょっこり目を覚ますのではないかな」

「そうね」

 そのまま声を交わさず、ただ俺が作業する音が静かに鳴る。

「ねぇ、アーチャー」

 あくまで静寂を汚さぬような呟きだった。

「―――なんだ?」

「貴女、あの紅い弓兵と、何か関係があるんじゃない?」

 そう、彼女は、紅い弓兵が示唆した言葉を吐き出した。


 interlude



 扉が閉まる。場所が場所だ。それなりに音は響く。鋼を叩くようなそれ。慣れぬ訳ではないが、ふさわしいとも思わない。
 厳粛さは失われぬままに静謐さを取り戻す。
 そのまま視線を動かさず、一点を見つめる。ただ、扉の方向を。
 なんの価値もない輩だが、使えないわけではない。かの悪意など甘美な蜜にも足らぬものだ。
 その性質上、事を起こさずにはいられまい。その過程で、必ずあの腐った妄執も始末してのけるだろう。
 自分にとっては、最早害すらない、益でもない、どうでもよいことだが。彼は容赦しないだろう。
 それこそどうでもよいことを考えながら扉に背を向ける。

「―――ほう、今夜は騒々しい客ばかりだな」

 何かに気づいたように頤を上げる。
 入れ違いにやってきた客を出迎えねばなるまい。拒むなどはじめから内にはない。

 しかし、場合によっては道化にもなろう。
 それがもとより、変わらぬものであるならば。躊躇すらない。



 interlude out


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