「あれね。まったく……」
意外にも見つけたのは衛宮士郎よりも凛のほうが早かった。向かう先に何があるのか、理解していたという部分も大きいのだろう。
衛宮士郎にしてみれば、まさか、こんな場所にあれだけのものがあるとはさすがに思ってもいなかったに違いない。
それくらい、場違いにも思えるのだから。
ここまで来るのにおよそ二時間。森に入ってからそれだけの時間がかかった。
ひたすら変化の乏しい道を、どこかその場にそぐわないやかましさで歩いてきた。その賑やかさをほとんど一人で担っていた凛が静かになれば、おのずと静けさが戻ってきた。
彼女が見ているのは森の端から見える壁のようなもの。
今日俺が見る二回目のその威容。自身の視力では既に随分と前から捉えていたが、黙っていた。
さすがに常人が見える距離ではなかったからだ。それにもとより自分が水先案内人。
だが、それももう不要。
「ついたか……」
幾分か疲れたそれを含んで、俺の口は言葉を発した。決して肉体的な疲労ではない。精神的な疲労ではあるが。
道中、援護はなく、凛にからかわれ続けたのも、城を見つけるまでのこと。
それまで幾分現実から逃避して胡桃の芽やどこかにいるだろう動物を探したのも許されることだろう。森の主は見つからなかったが。
衛宮士郎の不甲斐無さ、いや、その容赦のなさにはいっそ……因果応報か。思考形態は俺も変わりなかったはずだ。
それに悪夢の時間はもう去った。それを蒸し返してもまったくの無駄だ。そうやって、曲がりなりにも決着をつける。
すでに城の全貌は見えた。
その時には俺から城へと意識は傾いていったのだから。
「呆れた。本当にこんなもの持ち込んでるなんて」
凛は足を止めて、半眼で目の前の城を見渡す。
衛宮士郎も、目の前の巨大な建造物に目を奪われているようだ。
空を覆うほどの森を、見事にくりぬいた様はまさしく別世界。今まで隠されていた恨みを晴らすかのように空が広がっている。
もっとも、広がっているのは青空ではなく灰色の雲だったが。結局、空は今も隠されている。
だが、空や木の存在感などこの場所ではたいした力を持ってはいない。この空間で最も存在感を持つのは、アインツベルンの城である。
だが、その存在感とは裏腹に、そこから感じ取れる生命の気配は希薄に過ぎる。
冬の古城。それはあまりに寂しい印象を覚える。イリヤ一人ではあまりに広すぎる場所。
もし、それが一人から三人になろうとも変わらぬかもしれない。彼女の部屋でさえ、寂しさを覚えるに十分たる代物だ。
「やっぱり、正面から入るのか?」
城の正面を見つめていた衛宮士郎が言葉を発した。それは疑問というよりは確認に近い響きだったが。
城そのものの持つ威圧感のようなものに、幾分気圧されているようにも見えた。
「ええ、真っ向勝負と行きましょう。でかいからって負けるわけにはいかないわ」
どうやら、凛は古城の放つ独特の威圧には何も感じる所がないらしい。
もっとも、凛の場合はそんなものより、あまりの浪費、というか金銭の使いっぷりに何か感じるものがあると思っていたが。
―――その面では、絶対に勝ち目はないぞ。と、想像と違わぬ姿に頭が痛くなる気がした。
「遠坂、負けるって、戦いに来たんじゃないだろう?」
「そうね。話し合いで済めばそれが一番いいけど。相手はイリヤスフィールよ。下手を打てば戦いになる可能性があるってこと忘れてないかしら?」
「それは―――判ってる」
そう言った衛宮士郎は押し黙る。それに小さく凛は溜め息を吐くと城へと足を踏み出した。
それに遅れることなく俺も足を進める。
城はこんな場所に在るというのに、随分と手入れが行き届いていた。
戦いになってしまえば、少なからず城も破壊されてしまうだろう。それは少しだけ嫌だった。
もとより敵意はなかった。協力関係が結べるのならば、それに越したことはない。
それは実体化しているとはいえ、服装でも示すことができるかもしれない。
例え武装していないとしても、サーヴァントが鋭利な刃物であることに違いはないのだから。
だが、それでも何かを和らげることが出来るのならば、この姿も悪いことばかりではないのかもしれない。
何しろ、本来の姿は悪く言えば強面だ……。俺自身は冷徹に、機械のように。
それを鑑みれば今の俺は随分と昔に―――
凛に先行し、巨大な門にたどり着く。それに手をついて俺は、二人を振り返った。
言葉なく、視線だけを交える。ここに来て躊躇う理由もない。俺は再び門のほうを向くと、それを触れる手に力を込めた。
音を立てて門が開く。城の中は、思った以上に明るいようだ。外に、日の光がないことも影響しているかもしれない。
城に相応しく、そのロビーもまた大きな空間である。正面にある階段まで、30メートルほどの通路が延びている。
この城には、その主に相応しいだけのものがそろっている。そして、絢爛な装飾がよく映えていた。
足音が響く。それすらも、どこか気品のようなものに変えてしまう。そんな気がした。
「ようこそ、アインツベルンの城へ。歓迎するわ、リン、シロウ」
城の主は俺達の来訪に気付いていたとでもいうように、門を開いたときから正面の階段の上に立っていた。
その所作は優雅にそして、気高い。セイバーが持っているものに似ているのだろう。
その声も、決して大きなものではないのに、耳に残る不思議な心地よさをもっていた。
「ありがとうイリヤスフィール。用件はわかってるんでしょ? お茶くらい用意してくれててもいいんじゃない?」
あれだけのことをしてくれたんだから、それくらいは当然じゃないの? と凛の背中が語る。
「リンは、我侭ね。だけど、貴方たちをもてなすのにそれは必要ないもの。リンだって判ってたんじゃない?」
そんなことする理由がどこにあるのかしら? とイリヤは小悪魔めいた笑みを浮かべる。
あの奇声では、優雅も何もあったもんじゃない。
あれをもうすこしましなリアクションで耐えていれば、少しは変わっていたのかもしれないが。
変わるのは、せいぜい凛の淑女度チェックが少し良くなるだけだ。
「そうね。少なくともお茶を飲みながら、なんて状況は考えてなかったわ」
「ふ〜ん。大方貴女たちがここに来た理由も、その対応も決めてたけど……。そうね、話だけなら聞いてもいいわ」
「なら、遠慮なく―――」
「―――イリヤスフィール。私達と手を組んで欲しいのだけど」
凛は一度言葉を溜めると、この城まで来たその目的をストレートに発した。
その表情は完全には、いつもの凛とはいえない。既に感じ取ってしまったのだろうか。この結末を。
「ふふ。キャスターを倒すためでしょ。たしかにサーヴァントが四騎もいるんじゃ、リンには手に負えないものね。だから、最強の、私のバーサーカーの力を借りたいのよね。貴女、可愛い所あるじゃない」
「―――ありがとう。それで返答はどうなの? イリヤスフィール」
「解ってて訊いてるんでしょ。ええ、答えは否。わたしにはバーサーカーがいるもの。バーサーカー一人で良いもの。いくら有名無名の英霊が揃おうと、わたしのバーサーカーの敵じゃないわ。それこそ、シロウのセイバーが加わっても」
「そう、それは残念ね。できれば穏便にことを運びたかったのだけど」
「ふ〜ん、物騒なこと言うのね。それじゃあ、最初っからリンは覚悟できてるんだ」
「ちょ、まってくれ。なんでだ? どうして、だめなんだ?」
一触即発な二人に、慌てて衛宮士郎が介入する。
その様を滑稽に感じたのか、イリヤの意地悪そうな笑みは益々深まるばかりだ。
「じゃあ、訊くけど。どうして、わたしが協力関係を結ばなきゃいけないの? 言ったでしょう、わたしのバーサーカーは最強だって」
「な、それは……」
イリヤとの会話が凛から衛宮士郎に変わったのを期に、念で言葉を告げる。
(凛、まずいぞ)
(どうしたのよ、アーチャー)
視線を合わせず、会話を続ける。
(バーサーカーの存在がわからん。どこにいるのか知覚できん)
(どういうこと?)
バーサーカーが霊体化しているにしろ、何処にいるのかわからない。サーヴァントはサーヴァントを知覚出来るというが、現状この様だ。
(何かカラクリがあるのやもしれんが……。さすがはアインツベルン、とでも言っておくか)
(何言ってんのよ。それって、かなりやばいじゃない)
(無論承知している。うまい方法がないとはいえ、なんとか探ろうとしているのだが)
(それでも判らないってわけね。しかたない、か)
確か、結局の所あの時もイリヤは城にいたのだったか。それだけ近くにいたというのに、セイバーもアーチャーも知覚出来てはいなかった。柳洞寺のことも考えると、やはりアインツベルンの何かが絡んでいるのか。
「それは、バーサーカーにだって万が一って……」
その言葉にはむっとしたのか、イリヤの瞳がつりあがる。
「それが間違いだって言うの。やっぱり、無理よ。だって、リンはもう理解しちゃってるもの。あとはおにいちゃんだけなの。そうでしょ、アーチャー?」
両者の戦力を考えれば、絶対はない。だが、イリヤはそれを受け入れることは出来ないだろう。
それこそ、バーサーカーが倒れる、その時になるまで。
「―――そうだな」
発する言葉は感情を込めず。ただ、ひたすら平淡に。
「そういうことなの。だから諦めてね、おにいちゃん。大丈夫、今日は誰も逃がさないから。―――狂いなさい、バーサーカー」
そうイリヤは無邪気な顔で宣言した。
それが、戦闘開始の合図であり、その時点で俺達の敗北は決定していた。
あれほど探していた気配は頭上に。今の俺の五倍以上の質量が中空に現れる。
自身の警戒を軽々と超えられた―――!
そのまま背後に着地し、振るわれる圧倒的な質量。
その刹那の間に俺が出来たのは、それを受け止めるだけだった。
「ぐっ!」
斧剣を華美な装飾を施した長剣で受け止める。無理な体勢に全身が悲鳴を上げ、歯は折れそうになるまで食いしばる。それと同時に、姿は甲冑に変わる。
今度はいつかの夜の剣よりも、はるかに硬いそれ。一片の皹も入ることなく、バーサーカーの斧剣を受け止めていた。
だが―――
「あら、リンはもう寝ちゃったの? おにいちゃんだってまだ起きてるのに。だらしないわね」
例えるならそれは爆弾か。
振るわれた斧剣の爆心地にいた凛と衛宮士郎は、なすすべもなく吹き飛ばされていた。
バーサーカーの一撃は、サーヴァントとしても規格外。最上位に位置するものだろう。
英雄ヘラクレス。幾多の英雄の中でも最高の知名度を誇るに違いない。
剣先がかすりでもすれば、それだけで人間など絶命するだろう。無論二人はバーサーカーの剣に触れてなどいない。
だが、恐るべきはバーサーカーの剣か。完全にその刃が触れていないというのに、その剣圧だけで十分な凶器となる。
凛は俺と近かった。否、近すぎた。それは俺の失態だ。
結果、吹き飛ばされた二人は、衛宮士郎は何とか意識を保っているものの、凛はその意識を闇に落としてしまった。
その、衛宮士郎ですら衝撃に頭が朦朧としている。
無論、最初の一撃でバーサーカーの攻撃が止むわけがない。
俺は、俺達は、バーサーカーに一撃を許してしまった時点で、防戦を余儀なくされていた。
苛烈な打ち込みに足を止めて耐える。暴風のようなそれは、速度という点で俺を圧倒的に凌駕している。
僅か、ほんの僅かずつ、俺は後退していた。
天秤が完全に傾くまで、もうそれほど時間はない。
凛に目を覚ます気配はない。
俺もこの状態は長くは続かない。俺とバーサーカーが戦えば、周りはそれこそ破壊されつくすだろう。
そんな場所に、凛を無防備なまま晒しておくわけにはいかない。そして、まだそこまで破壊を撒き散らすわけにはいかない。
「衛宮士郎!」
戦闘に向ける意識をさらに、少しだけ他の部分に裂いた。
必殺の剣を振るうに等しい呼気を用いて、衛宮士郎を覚醒させた。
「凛を頼む。先にこの城から脱出しろ!」
それは、剣戟の音に負けない強さで。
「遠坂!? おい、遠坂!」
剣戟の中、かすかに聞こえる衛宮士郎の声で、その行動を推測する。
もはや、刹那の間も視線を外すのは自殺行為。
「落ち着け! 気を失っているだけだ。それよりも、早く凛を連れてここから離れろ!」
言葉を一つ発するだけで、天秤の傾きが大きくなる。
「でも、アーチャー、オマエは!」
「こうなってしまっては共闘は無理だ。私も何とか後を追う。だから先に行け!」
このままでは押し負けるから早く連れて行けと。
衛宮士郎も俺が足を止めて打ち合っている理由がわかったのか。
凛のことを優先してくれたのか、定かではないが。
決断してからの行動は早かった。
「っつ―――わかった。必ず追いかけてこいよ!」
そう言って衛宮士郎は凛を背負ったのだろう。十分な速さとはいえなかったが、バーサーカーの剣の間合い。外側を抜け二人はアインツベルンの城を脱出した。
だが、それに安堵する暇はない。
バーサーカーの剣を初めて回避すると後方へと跳んだ。すなわちイリヤがいる階段の下へと。
着地した俺に僅か遅れて動いたバーサーカーが俺を飛び越え、イリヤの後ろに着地した。
「なんのつもりだ、イリヤ」
バーサーカー無傷な今、逃走は難しい。だが、何故バーサーカーを控えさせたのか。
「本当にあの時言った通りになっちゃったね」
それは最後に会った公園の言葉のことか。
「む。それは些か違うぞ。私には君を手にかけるような意思は微塵もない」
それに眉を顰めながら反論する。
それと同じようにイリヤの眉も動いた。
「そうね……、貴女には無理だわ。それは気持ちとか、そういった問題じゃないの」
「それに、なんのつもりかって訊いたわね。だって、これが最後だもの、アーチャーと話せるの。なら、すこしくらいおしゃべりしてもいいじゃない。逃げられないのは解ってるんでしょう?」
そう、そして勝てない。それは厳然たる力の差だと。凛の助力なしでは俺の勝機は呆れるくらいに少ない。
「まあ、やるしかあるまい。イリヤは共闘する気はないのだろう?」
「もちろん。アーチャーを殺すのは最後にしたかったけど、ここに来ちゃったんじゃ仕方ないもの。おにいちゃんもセイバーがいないんじゃ、誰かにとられるかもしれないし」
それは、自分の手で衛宮士郎を殺したいという思い。
「それは困るな。さすがにバーサーカー一人ではキャスターには勝てまい」
柳洞寺は他とは少し状況が異なる。あそこはいかにバーサーカーといえども突破は難しい。
セイバーを加えてしまえば、キャスター側も火力に十分な余裕がある。
「ふふ、それならアーチャー、貴女だけ私のものになる? 今なら許してあげるわよ?」
それが最後通告か。だが、その条件は受け入れられない。
「それこそまさかだ。私は凛のサーヴァントだぞ。ならば、その責務を果たすまで」
その言葉も予想していたのか。イリヤの表情は変わりはしなかった。
「そう、ならバーサーカー。遠慮は要らないからアーチャーを殺しなさい。すぐにおにいちゃんたちも追いかけなくちゃいけないの。全力で、叩き潰しなさい!」
「■■■■■■■■―――」
バーサーカーが吼え、またしても跳ぶ。
先も知覚が遅れたが、強化したバーサーカーは驚くほど早い。それこそ、あの夜のランサー以上にすら思える。
先の不意打ちじみた攻撃も、ただ、イリヤの背後に実体化したバーサーカーがそれこそ疾風のごとき速さで移動しただけだ。
あの夜に等しい自身の失態。取り返すにはそうとうに高くつく。
時間が引き延ばされていく思考の中、バーサーカーの着地点から離れる。
先にここを去った二人の足は遅い。十分な時間を稼がなくてはなるまい。
僅かに一呼吸で間合いを詰められ、否応なく斧剣を受け止める。
無理な攻撃は、それだけで反撃を許すことになる。しかし、防戦だけでは俺自身がここから撤退することが難しくなる。
膂力も速度も、向こうが上。まったく、面倒なことこの上ない。
十二の試練の効果を再確認。自身の筋力はそれに届いているが、得物がそれを下回る場合、それが有効足りえるか不明。
彼我の戦力差を考えた場合、攻撃できる数は多くない。故に、狙うは全て必殺。B以下の宝具は対象から除外。
狂化したバーサーカーの攻撃は正に暴風。その一撃一撃に全力で対抗する。
振るわれる斧剣は、正面、袈裟、逆袈裟、胴、逆胴。
苛烈きわまる剣筋は、迷うことなく急所へと最短で襲い掛かる。
「ぬ、くっ」
受け止めるたび、ほんの、ほんの少しだけ力が奪われていく。
たしかに、バーサーカーは理性を奪われた獣だ。生前振るったとされる剣技、技など振るうことが出来ようか。
だが、しかし。彼が費やした修練は彼を裏切らぬ。技は失われても業は残る。
彼の剣は、決して、力任せに振り回される、だけのものではない。
「こいつは、厳しい!」
意図せず悪態がもれる。そんな余裕、初めからないというのに。
一撃一撃が思い上に、空振りしても戻りが早い。
バーサーカーの体力は無尽蔵か。自身の技を半ば使えず、未だ業に至らぬこの身では十全に力を発揮できぬ。
まさしく圧倒的な格上と相手する上で、その齟齬は致命的。
バーサーカーの剣が深く大理石を削るに合わせて一際高く跳ぶ。
だが、狂戦士はその跳躍にも軽々とついてきた。
「ちぃ!」
「■■■■■■■―――!」
着地も出来ず中空で振るわれた斧剣を防ぐ。
腕力は僅かに劣り、それ以上に体重の差が致命的!
「ぐっ!」
ただの一撃で俺は垂直に壁まで吹き飛ばされる。何とか壁に激突する前に体勢を変えて両足で手すりに着地し、間近に迫る斧剣をすんでのところで躱す―――だが
「がっ!」
バーサーカーの剣を持たない空の手に、俺の足はつかまれていた。
そのまま落下するバーサーカーはつかんだ俺を容赦なく足元に叩きつけた。
俺の体そのものを得物として、大理石の床は圧倒的な力で破壊される。それも何度も。間断なく。
容赦なく意識を刈り取ろうとする。耳に聞こえるのは硬いものを破壊する音か。肉が潰れ、骨が砕かれる音か。
肺が圧迫され、大量の黒い血を吐き出す。――――このままでは、まずい。
回復が追いつかぬ!
思考は一瞬。これ以上この状況が続けば数秒後には意識を刈り取られると判断。
すでに意識の五割以上が失われている。
考えられる手順を全て放棄し、最短でそれを創造する。
必要なものは威力。過度な神秘は不要。最優先は―――
許された時間は僅か一秒に満たず―――
消え去ろうとする意識を全力で繋ぎ止め、剣の構成に全力を尽くす。
「投、影、開始」
俺はバーサーカーの頭上に、巨大な斧剣を投影する。
質量は十分与える初速は音速を超えさらにさらに速く早く、魔力は不要。傷を与える必要は必ずしもない!
顕現と同時に射出された斧剣は狙い通りにバーサーカーの腕に直撃する。音速を超えた斧剣の超重量は、衝撃波を伴い、瓦礫をさらに破壊する。
その刹那の間バーサーカーの腕に傷はなくとも、俺をつかむ手の力が僅かに緩んだ。
それを逃さず全力で足を引っこ抜き、そのまま手の力でバーサーカーから距離をとった。
しかし自身の体重すら支えることが出来ず膝をつく。つかまれていた足の損傷が酷い。未だ修復されていない骨もある。
だが、休む間はない。完全に体の修復も終わらぬまま頭上から斧剣が襲い掛かる。
それを片膝突いたまま、渾身の力で受け止めた。
「ぬっ」
床に亀裂が入る。刃と刃が擦れあう嫌な音が広間に響く。
不完全な体勢だからか。バーサーカーはそのまま剣で押し切ろうというのか。斧剣を戻さず上から押し込もうとする。
丸太と比べることすら馬鹿馬鹿しいほどの腕が、さらに膨れ上がり、俺の体が少しずつ瓦礫に埋まっていく。
このままでは力負けするのは必至。セイバーと同じような戦い方では負ける。
――――その考えが間違い。エミヤシロウは剣で戦うものではない!
「投影開始」
回路に火が入る。押し込まれる前に事を成さなければならない。
バーサーカーの宝具12の試練にBランクの宝具以下は傷を与えること叶わず。投影による射出も、剣そのものに神秘が足りなければ届かない。
二度の確認は不要。もとより自身の世界にそれ以上はたいしてない。放つ時は必殺の時に他ならない。
落ちた撃鉄は九。それが三度。使えるのは両手ではない。ならばそれさえも代用するのみ。
最初の一秒でそれを模倣し、次の一秒でそれを代用する。そして、最後の一秒、それは俺の周囲に投影される!
「■■■■■■■■■―――!」
バーサーカーが吼える。それは俺の意図を悟ったためか、しかしそれは既に遅く。
言葉と共に、力は放たれる。
「是―射殺す百頭」
同時に投影した剣による擬似的な技の模倣。さらにそれの改竄。高速の九連撃ではなく、それは運動能力を加えられたまったく同時の九連撃!
「―――■■■■■■■■■!」
一撃一撃がバーサーカーのそれに匹敵する威力。その力はバーサーカーの巨体を吹き飛ばした。
そのままバーサーカーは城の壁に激突する。
俺はそれに追従するように、未だ満足に力を取り戻してない足で床を蹴る。
手には百を越える斬撃を受け、イメージ瓦解寸前の長剣が。
「I am the bone of my sword――――」
足の力など要らぬ。これがセイバーと同質のものならば。全て魔力で代用できる!
「―――メロダック」
濃い霧のような魔力を纏い、バーサーカーの眼前まで跳んだ俺は、長剣を横薙ぎにすると同時に、力ある言葉を紡いだ。
真名は紡がれ、光となった斬撃は、バーサーカーの首を確かに切り裂いた。
その光の余波がバーサーカーの背後の壁に傷をつける。粉塵と化した壁は視界を奪い―――
埃を払うように振るわれた斧剣を察知する時間を奪っていた。
「づっ!!」
僅かも押し留まることが出来ず、吹き飛ばされる。その途中、階段の一部を破壊することで、俺の身体はやっと止まった。
斧剣を受け止めた剣が存在を維持できなくなり消え去る。
「ふふ、解ったでしょアーチャー。貴女じゃ、バーサーカーには勝てない。あの変な矢とか、さっきの剣みたいにたくさん宝具を持ってるみたいだけど。それももうバーサーカーには効かないわ。降参して楽になったらどう?」
バーサーカーを一度殺したというのに、イリヤの余裕は崩れない。
しかし、斧剣を振るうだけで精一杯だったのか。バーサーカーは動きを止めている。立ち上る蒸気のようなものは、肉体を修復するためか。
それが終わるのが数秒後なのか、それよりも先なのかは判らないが。多少の猶予は出来た。
新たな長剣を投影し、それを支えにして立ち上がる。
脳裏に浮かぶは先の自身の行動。
この身体は、セイバーと同じ……。
この体そのものに、バーサーカーと真正面から打ち合える力は存在していない。
それを可能とするのは、魔力放出というスキルのおかげだ。
だが、それは本当に、単純な攻撃力に及ぶだけのものなのか? もちろん、濃密な魔力はそれだけで防御力を向上している。
しかし、その二つは、自分自身が意識していたものではない。
すべて自動的……。任意のものではない。本当に、セイバーと同じ戦い方では、勝てないのか?
身体を廻る膨大な魔力を意識する。
イメージするのは脳裏に映る彼女の姿。
ランサーの遭遇より、精神と肉体の齟齬は少ない。だが、この身体を理解するには至らず。活かしきれていない。
目の前のバーサーカーが身を起こす。蒸気の晴れたそこには、幾分体躯の色とは違った、面が見える。
自身の修復も八割方終了。真名の解放は無用。神秘が届いているのなら、通常の斬撃で事足りる。
バーサーカーの回復の速度を鑑みて、真名解放後の隙は致命傷足りうる。
先の防御は運が良かった。
恐らく、細かい制御は不可能。
剣を腰に構え、僅かに身を低く。
身体を廻る魔力は循環し、爆発寸前の暴力で荒れ狂う。
本来俺にこれほどの魔力を制御する術はない。
今の俺ができるとすれば、ただひとつの方向へと。莫大な魔力に指向性を与えるのみ。
コマ送りのようにバーサーカーが立ち上がる。
加速する精神は今までのどれよりも早くは焼く速くハヤク―――!
「■■■■■■■■■―――!」
バーサーカーの最早咆哮とも呼べぬような、音と同時に足を踏み出した。
「はっ」
それは歓喜か。常の自分に数倍する踏み込みは、最初の一歩で音の壁を突き破り、狂戦士との距離を瞬く間に無に還す。
魔力を纏った体は一個の弾丸と化し、獣と化した大英雄と刹那の間交叉した。
動が一瞬だったなら、静は永遠か。俺もバーサーカーも交叉しての動きはなく、微動だにしない。
身体を中にある心臓ごと両断してなお、バーサーカーはその身体を崩さず。
それをなした俺は、自身の身体を止めるためにむりやり足を床に突き刺していた。
それでも勢いを殺しきれず、醜い傷跡が大理石に残る。
「嘘……。バーサーカーがたった一人に二回も殺されるなんて」
その静寂をイリヤが、どこか呆けたような声で破った。
それと同時に足を瓦礫と化した床から引き抜き、バーサーカーへと向き直る。
そう、まだ二回だ。どれだけ、大きな傷を与えようと、それが一回分の死に他ならないのなら、まだ終焉は遠い。
手に持ったままの長剣を捨て去り、後方へと跳びながら更なる得物を投影する。
そこに美しき装飾はなく、ただ煌々と鈍色に刀身が輝くのみ。
―――その剣は怪物の死と共に消え去った。
「I am the bone of my sword――――」
故に名前などなく、ただその役目を―――
魔力を込められた剣は閃光と化し、傷を癒したバーサーカーの身体を分断する。
ただ、“バーサーカーだけを”傷つけた剣は役目を終え、刀身が消え去る。
これで三回。これから先は、状況にもよるが自身の手で切り裂かねばなるまい。
少なくともこの位置はまずい。
そうして、俺の視線が自然にイリヤに向いた刹那の間。それは起こってしまった。
バーサーカーの死にイリヤは少なからず動揺していた。しかし、俺の視線に気がついたのか、俺とイリヤの視線が交差する。
その目が不可解なほど大きく広がった。刹那の後。
「―――あ」
俺の胸から、真紅の槍が生えていた。それは綺麗に心臓を貫いて……。
遅れて、やってきた風切り音と、口腔から血が溢れたのは、ほとんど同時のことだった。
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