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 interlude


 アーチャーが消えた場所を呆然と見つめる。眩い輝きは目を焼き、一瞬の後に赤い長躯は姿を消した。
 確かに、あいつにはやる気は見られなかったけど、それにしたって呆気なさすぎる。
 それに、ランサーがみすみす見逃したのが信じられなかった。ランサーは令呪だと言ったのだが。
 アーチャーを煽っておいて戦端を開いたというのに、戦いはあまりに簡単に終わってしまった。

 それはつまり……。

「どういうことかしら」

 遠坂が俺の思っていることを口にする。
 ランサーの言を信じるならば、キャスターの陣営を除いて、残っているサーヴァントはランサーだけのはずだ。
 最大の難敵であったはずのバーサーカーが脱落した今、キャスターがわざわざアーチャーを呼び戻す理由は―――

「さあな。きっちりかっきり俺を殺すつもりなのか、はたまたどっかの誰かに襲われてアーチャーの手でも借りたくなったんじゃねえのか?」

「―――まさか!? あそこには呆れるくらい魔力が蓄えられて、おまけにセイバーって切り札もあるのよ」

 信じられない、と遠坂は頭を振る。バーサーカーでもない限り、そんな芸当は無理だと。
 だが、赤い魔槍で肩を叩きながら、ランサーは気楽に言い放つ。

「まあ、そうなんだけどよ。キャスターは確かに一流の魔術師だ。しかし、これが戦いでも一流かって言えばそうじゃねぇ。ありゃ、魔術師すぎて、出し惜しみが過ぎる。いくら切り札があっても、自分がやられてんじゃしょうがねえ」

「それは、戦力を一斉に投入しないで、逐次送り出すから各個撃破される可能性があるってことか?」

 思ったことを口にする。
 そもそも、セイバーがキャスターに下っているのかも解らない。アーチャーは令呪をもう一つ使われたら、セイバーでも抵抗することは難しいと言っていた。だが、キャスターがランサーが言うように、令呪も使うことを惜しんでいたら。
 アーチャーが此処にいたから、柳洞寺の戦力はキャスターとアサシン、それに葛木だけになる。

「ま、似たようなもんだ。戦巧者ってならさっきのアーチャーの方が上だろ。さっきの令呪も実はあいつの指示だったりするかもな」

 ランサーを確実に倒すため。その指示をアーチャーが出したというのか。その割には、アーチャーも令呪の光に若干戸惑っていた気もする。アーチャーとキャスターの関係は不明な点が多い……。

「でも、それなら誰が、キャスターを?」

「さすがにそれまでは解らねえよ。俺が言ってることだって推測にしか過ぎねえ。もしかしたら、何でもないかも知れねえし、セイバーが暴れてるのかも知れねえしな? こればっかりは行ってみねえとわからねえさ」

 遠坂は、ランサー倒すため、という理由は頭にないらしい。

「なあ、遠坂。なんで、ランサーをぼこる、袋叩きにするためだって思わないんだ?」

 思わず訊いてしまった俺を遠坂と、何故かランサーが睨む。

「だって、あのキャスターがそんなことのために令呪使うわけないじゃない」

 やけにはっきり断定する。だが、ランサーは訳知り顔で頷いていた。
 だが魔術師としては、俺は半人前もいいところだ。たいした反論があるわけではない。
 俺に反論する意志がないことを見て取ると、遠坂は笑みを浮かべる。

「じゃあ、決まりね。此処で悩んでても仕方ないわ。柳洞寺に行きましょう。ランサーが協力してくれる以上は、さっさと行くに越したことはないわ」

 即断即決。こういうときの遠坂は気持ちがいいくらい鮮やかだ。
 もちろん、俺は遠坂に頷く。反対など、する理由がない。

「ああ、ちょっと待った。坊主、そっちよりこれの方がまだ使えるんじゃねえのか?」

 そう言ってランサーは、俺が最初に投影した方の双剣を放り投げた。
 緩やかな放物線を描いた剣が俺の足元に突き刺さる。
 確かに、今手に持っている干将も莫耶も、今にも砕け散りそうなのだが。
 さすがに仕方がない。これは、俺が初めて投影した干将莫耶なのだから。劣るのは当然だ。

「いや、そいつは置いておく。さすがに刃物持って移動するのはな。それに、どっちも投影したものだから」

 そう答えて、遠坂にちょっと待ってくれと目で頼む。突き刺さっている双剣も拾うと、土蔵へと向かう。
 入口の前で、もう一度地面に突き立てると、扉を開いた。

「ああ、そういや、そこでセイバーを召喚したんだったな」

 ランサーが俺の後ろから土蔵を覗き込む。
 何時移動したのかわからないそれは、さすがと言う他ない。
 あの時は、そのランサーにここまで吹っ飛ばされたのだが。
 溜め息を吐く。
 それでセイバーが召喚できたのだから、マイナスではないのか……。
 結局、ランサーの言葉には答えず、俺は手に二本ずつ対になるように剣を持ち、それを丁寧に棚に置いた。

「う!?」

 だが、土蔵を出た瞬間、遠坂の表情に思わず悲鳴を上げそうになる。
 理由は判らないが相当に怒っている。
 その目は俺、というより持っていた剣に対してのような気が、ほんの少しだけした。
 今は何も握っていはいない手を……。

「まあ、いいわ。怒っても仕方ないもの」

 そう言った遠坂は俺に背を向けた。その足は、外へ出る方向へと向かっている。
 俺にしてみれば、遠坂が怒る理由がわからないので、ほっとするより他ないのだが。
 ランサーは口笛を吹くと、遠坂の後に続いていった。



 二人を乗せた二号で疾走し、目的地の下へと到着した。
 たいした速度が出るわけではないが、今回のような使用に限って言えば、一号より使いやすい。
 ともかく、遠坂を降ろした俺は二号を停める。
 此処までの道中、霊体化もせずついてきたランサーは、あの程度の速さはサーヴァントにとってどうということはないというように。
 後ろに座った遠坂に様々なちょっかいを出していた。
 俺はなるべく関らないようにしたが。遠坂はどうやらランサーと相性が悪いらしい。悪い意味ではない。多分……。

「いねえな」

 階段の中ほどで、ランサーが一言呟いた。
 さっきまでの調子の軽さは為りを潜め、猛獣のように瞳を輝かせている。

「どうしたの、ランサー?」

「ああ、アサシンの野郎、どうやら、逝っちまったらしい」

「アサシンが?」

「ああ。サーヴァントが……これは三騎、か? なんか、変なのが混じってるから、そいつの仕業かもしれねえな」

 三騎―――アサシンを除けば、キャスター、アーチャー、そしてセイバーだろうか。
 変なのというのが気になるがとにかく、そこに行ってみないことには―――

「む!?」

 突然ランサーが消える。
 それは、あまりの速さに、見えなかっただけだったが。
 確かに、何かの気配を感じ……。

「うわっ」

「きゃあ!?」

 慌てて、俺と遠坂はそこから飛びのく。
 それと同時にランサーがいた場所を無数の鎖が通過していった。
 その鎖は、何もない中空を恐るべき速さで奔り。

「ぬあっ」

 ランサーの左足を絡めとっていた。それは瞬時にランサーを身動きの取れない空へと持ち上げる。
 為す術なくそれを見上げた俺と遠坂を尻目に、鎖は、悪夢の如き速度でランサーを柳洞寺へと放り投げた。

「衛宮くん!」

 それにあっけにとられる前に、階段を駆け上る。
 ランサーが簡単にやられるとは思わないが、何が起こっているのか予測がつかない。
 何しろ、たやすくランサーを捉えるような鎖が現れたのだから。
 明らかにランサーの方が鎖よりも速かった。だが結果はこれだ。

 鎖―――ライダーも似たような得物だったが、あれとは全然格が違った。
 ランサーを捉えた鎖、あれならバーサーカーだって捕まえてしまいそうな……。
 顔を顰めながら駆け上る。
 謎の鎖を持つ、まだ見ぬ強大な力の持ち主に歯噛みする。

 そして―――

 階段を駆け上り、そいつに出会った。

 わからない。何が原因なのかわからない。だけど、身体が動かない。
 視線を外すことすら、出来ない。

 ―――黄金の騎士。
 黄金の甲冑を身に纏った姿は、明らかに真っ当な人間とは違う。
 何より、その赤い瞳が、怖い―――。
 それは、遠坂も同様なのか、その黄金の騎士を見る顔は真っ青だ。

「ふんっ」

 正体不明の男は、短く鼻を鳴らすと、俺と遠坂の間を通っていく。
 その視界には俺たちなんて入っていない。ただのモノにすぎない。
 そいつはどこまでも傲岸で、どこまでもそれが正しかった。

 俺たち二人は、まったく動くことが出来ず、それはきっとその騎士がいなくなってしまうまで変わらなかった。

「な、なんだったのあいつ」

 まるで長い間息を止めていたかのような息も絶え絶えに遠坂が呻く。
 その答えを俺は知らなかったが。
 膝を付きそうになるのをこらえて、素直な観想を口にした。

「わかんないけど。あいつはヤバイ。バーサーカーでもあそこまでは……」

 存在感じゃない。それなら、バーサーカーの方が凄かった。
 だから、恐怖したのはそんなものじゃない。もっと根源の―――。

「やっぱり、あいつがキャスターを?」

「多分……ランサー!?」

「いけない、妙なことで戸惑った!」

 残りわずかをなった階段を駆け上る。
 先の恐怖が、まるで体を這い回っているようだ。
 身体は石のように重くなった気がしたが、どうにか歯を食いしばって耐えた。
 その先では―――

 高らかに鳴る剣戟に目を細める。

 それは、予想された出来事で、信じたくない現実だった。

 空気が重たい。自分に向けられたものではない、強い想念がこの場に渦巻いている。
 それは純粋な殺気、なのだろうか。
 呼吸もままならない。確かにしているはずの呼吸は、まるで酸素をとりこんでないかのように思えてしまう。

 目の前ではランサーとセイバーが戦っていた。
 キャスターの令呪に屈してしまったのだろうか。セイバーの動きにあの夜のような停滞はない。
 セイバーはバーサーカーもかくやという暴風めいた斬撃を繰り返す。
 それは今まで見たどれよりも強く、鋭い。
 そしてそれをランサーは、今まで見たどれよりも速く、裁き、抗戦していた。

 セイバーの力に圧倒される。自分の契約が不完全でセイバーが力を出し切れぬ身であることは知っていた。
 だが、実際に目の当たりにしてみると、ただただ圧倒される。
 これがアーチャーをして敵わないと言わしめたセイバーの実力。だが―――

「なんだ、セイバー。その様は」

 ランサーが冷たくセイバーに声をかけた。
 セイバーから一瞬の隙に離脱して、呆れたような口調で言う。

「それなら、バーサーカーの方がましだったぜ」

 だが、セイバーは答えず、ランサーに向けてただ一直線に疾走した。
 全ての面で力が増したのか、その速さはあの夜の比ではない。
 しかし、ランサーはそれよりも遥かに、速かった。

「せっかく、こっちが全力で戦えるっていうのによ―――」

 セイバーの剣が振り下ろされるよりも速く、ランサーの突きが放たれる。
 咄嗟にセイバーはそれを払うが、その時には既に槍は旋回し、セイバーの足元を狙っていた。
 ランサーの払いで、セイバーが体勢を崩す。

「肝心の相手が全力で戦えねえなんてな」

 そこから、視認など出来るはずもない突きが幾多も繰り出される。
 セイバーはそれを全弾叩き落すも、あまりの速さに防御だけで手一杯だった。
 たまらず、押し戻される。
 だが劣勢の状態に呼応するように、セイバーが纏う魔力が目に見えて増大する。

「ぬおっ―――」

 ランサーの槍を迎え撃った剣は、ただの一撃でランサーの身体を後退させた。

「衛宮くん、あそこ!」

 遠坂の声で我に返り、その指し示す方向を見つめる。

「あれ、は」

「何でか知らないけど、随分傷ついてる。多分、さっきの奴にやられたんだと思うけど」

 遠坂の言う通り、視線の先にいる三人は、無傷なものは存在しなかった。
 紅い騎士。遠坂と契約したアーチャーとは違う、もう一人のアーチャーは、その外套をぼろぼろにして、傷だらけだった。
 随分と回復しているようだが、それでも全快とはいえない。
 セイバーとランサーとの戦いには介入せず、ただ険しい目で見守っている。
 キャスターはアーチャーに負けず劣らず傷だらけだったが、自分の身体は関係ないと、同じように傷ついた葛木を癒そうとしているようだった。

 黄金の騎士―――そう形容するほかないような男を思い出す。
 正体は分からなかったが、秘めている危険性は読み取ることができた。
 怖い。最悪という言葉が相応しい。
 あの騎士が、キャスターの陣営を破ったことに、何の疑いを覚えることもない。
 戦う姿を見たわけでもないのに、微塵も!

 戦闘の最中であり、あまりにも止まらず、戦いを敢行せんとするセイバー。その姿を完全には捉えられないが、もしかしたら、セイバーもどこか傷を負ったのかもしれない。
 何にせよ、キャスターの戦力。アサシンを下し、セイバー以外に深手を負わせ、自信は無傷。
 その事実に、俺は改めて黄金の騎士に戦慄した。

 しかし今は―――

「遠坂、どうする」

「アーチャーに動きがない。あいつが動く気がないなら私たちじゃ二人まとめて返り討ちになる」

 確かに、ランサーはセイバーを押えてくれている。だが、アーチャーにはその気がないのか。セイバーに加勢する素振りも見せない。  鷹のような相貌は、油断なくこの場を見据えている。
 葛木は負傷していのようだが、キャスター共々まだ戦えるだろう。
 人間と英霊、その中で最弱に位置するキャスターでさえ、人間との差は呆れるほどに大きい。
 どうやら、今は葛木の治療に専念しているようだが、こちらから仕掛ければすぐに牙をむくはずだ。

 葛木の力をこの目にしたわけではない。だが、遠坂の様子から、その強さは多少なりとも感じることが出来た。
 俺たちが勝つためには、せめて二対二に持ち込む必要がある。
 いくら手負いでも、三人が相手では荷が勝ちすぎる。今はランサーの力を信じるしかない。

 迂闊なことをおいそれと出来ない状況に、爆発しそうになる鼓動を抑え付け、俺は自己に埋没する言葉を唱えた。



 interlude out


 頬を撫でる森の冷気は、ある種の爽快感を持っている。
 常ならば寒いと感じるそれも、僅かに感じるお互いの温もりが忘れさせてくれた。

「はは、速い速い―――!」

 イリヤを抱きながら森を駆ける。お姫様抱っこというものはイリヤみたいな相手だと様になる。
 もっとも、私が抱いている、という事実がかなりの部分を台無しにしてしまうのだが。
 胸の中のイリヤは、相当窮屈だろうに、その声はどこまでも楽しそうに弾んでいる。

 木々を縫う速さは、バーサーカーと比べればたいしたことがないと思う。
 抱いているイリヤのことを考えれば、速度に差はないのかもしれないが。
 ただ、バーサーカーとは体格の劣る私が、イリヤを運んだ場合、少々スリルが上がるのかもしれない。

 私の姿は変わらず、鎧を排除したドレス姿のままだ。
 もちろん、髪は常の私と変わらぬ、いや、それ以上に整えられてしまっていたが。
 今は、多少崩れてしまっているかもしれない。



「アーチャー、上手くいかないのですか?」

 セラの、私が自分の髪について知った時から変わらぬ、哀れんだような声を受けて、私の手はさらに加速した。
 なんとか、おかしな髪を元に戻そうと躍起になったが、どうにもこういう作業には慣れてなかった。
 いや、その言葉には語弊があるか。
 ともかく、冷静さを欠いてしまっていたのだろう。
 まるで戦場に挑むかのごとく握られた手では、直るものも直るまい。
 結果、鏡にはいっそう酷くなった私の頭が映るのだが……。
 理性で解っていたとしても、感情がそれを受け入れるかどうかは違うということだ。

「アーチャー、霊体化すればいいじゃない」

 俺の醜態に見かねたのか、イリヤが助け舟を出してくれる。

「―――なるほど」

 どうして、その時は霊体化すれば頭が直るなどと思ってしまったのか、甚だ疑問ではあるが。
 そう思ってしまった以上仕方がない。
 目の前の陰惨な情景をどうにかしたいという気持ちは止めがたいものだった。
 私は、それで万事が解決したと、嬉々として霊体化しようと試みたのだが。

「どうしたの? アーチャー」

 一向に霊体化しない私を不思議に思ったのだろう。イリヤの声には純粋な疑問が含まれていた。
 二人のメイドもそれぞれ不思議そうな目でこちらを見つめている。

「霊体化、できないのだ……」

 私は、なんとかその言葉を、吐き出した。
 あれほど容易く出来ていたことが出来なくなった。それは、私に少なくない衝撃を与えた。
 魔力供給を受けることが出来ぬ、まさにはぐれとなってしまったためなのか。
 霊体化できないという異常。
 そも、不可解なのはサーヴァントとして必要のないはずの睡眠を、否応なしに体が求めたということだ。
 魔力を失っているわけでもなく、自由の利かぬ身体をどうにかするため、と何とか理由らしきものは浮かべることが出来たが。
 サーヴァントでありながら、サーヴァントとしての知識がどうにも足りない。

「受肉、しているわけじゃないみたいね」

「まあ、考えても仕方がないことでしょう。アーチャー、そんな時間はないのでございましょう?」

 確かに、現実を見るならば、この程度のことは放って置いてもいいのかもしれない。
 何しろ、アインツベルンの皆が、たいした事とは捉えてないのだから。
 悪い方向へと加速していた思考を遮断する。深刻ぶっても益はない。何の解決にもならないのだから。

「アーチャー、手が止まってる。わたしにまかせて」

 ただ、結果として鏡の前で固まってしまった私は、リズに心配させてしまったわけで。
 結局、この時に髪の手入れを、リズにしてもらったわけだが。



 思わず、髪のことを思い出して、苦笑する。
 どうやら、森ももうすぐ終わりが見えてくるはずだが……。

「イリヤ、本当に最後まで私でかまわないのか?」

「うん。私自身は魔術で一般人の目はごまかせるし。そもそも、アーチャーは普通の人じゃわかんないよ」

 以前。私がイリヤと会ったときに、バーサーカーは連れていなかった。
 イリヤが言うには森の入口まではバーサーカーに連れて行ってもらい、そこからはイリヤが車に乗って移動したらしいのだが。
 驚いたことに、運転自体もイリヤの手によるものらしい。
 これでは、どんな車か想像するのも困難だ。

 だが、今回に限って言えば、今まで車に頼っていた部分の移動も、私にして欲しいとの事。
 たいした苦ではないし、イリヤが喜ぶのであれば、私には断る理由がなかった。
 車がどこにあるのか、少々気になりもしたが。

 結局、イリヤは衛宮邸に移住する―――(どれくらいの期間になるかはこれからの状況にもよるだろう。)ことに承諾し、ひとまず私と先に向かうことになった。セラとリズは少し遅れて行くとのことだが。
下手すると、屋敷の主には気付かせずに、移住してのけるかもしれない。
まあ、どうであろうと、説明、説得の類は必要だろうし、それをすることに躊躇はないが。

 公道に出る。車と同じ道を走る、という行為に躊躇いがないといえば嘘になる。
 だが、他の道は知らないし。さすがにイリヤを連れて、飛んだり跳ねたりするのは心臓に悪い。私の心臓が。
 鎧を解除している今は、それこそ音に匹敵することが出来る。
 魔力の無駄使いと言われれば、おしまいなのだが。
 さすがにそこまでする必要はない。イリヤを抱えたままで、そのような危険を起こすつもりはないが、なるたけ見つからないように気をつけねばならないだろう。
 動きが直線的過ぎるあまり、小回りが利くとはいえないのが難点なのだが。



 結局、飛んだり跳ねたりがお気に召したようで、屋根から屋根へと飛び移り、目的地の屋敷。
 衛宮邸の庭に降り立った。

「誰も、いないみたいだね」

「―――そのようだ」

 イリヤを抱いたまま、地面に刻まれた痕を凝視する。
 衛宮士郎がセイバーを召喚した夜も、かなり酷く荒れていたが、これも中々……。

「これは、矢の痕だな。戦闘があったようだが、入れ違いになったか」

 痕跡からして、アーチャーと戦ったというのだろうが、こっちの痕は……。
 目に見える痕ではなく、魔力の痕跡を探る。

「これは、ランサーか?」

「うん、そう思う。バーサーカーと戦ったランサーが、こんな魔力だった」

 残っていた残滓に、眉根を寄せる。
 不可解だ。どちらのサーヴァントも敵には変わりない。
 それが、ほとんど無力と化している凛と衛宮士郎の拠点のひとつでやりあうとは。

 ―――協力に成功したのか?

 それしか思いつかない。そもそも、強大になりすぎたキャスターの陣容を潰すために、イリヤとの協力を求めたのだ。
 それに失敗したとはいえ、ランサーを味方に出来ない、というわけではない。
 一応の候補ではあったのだ。二択ではあるが。
 凛のことだ。うまくやったのだろう。

 もし、凛と衛宮士郎がランサーの協力を得たとして、ここにいない理由を考えるとするならば。

「柳洞寺に向かったか。相変わらず無茶をする」

「え? おにいちゃんたち、キャスターのところに行ったの? いくらなんでもサーヴァントなしじゃ無謀よ」

「恐らくはランサーが味方なのだろうが」

 それにしたって、まずいことに変わりはない。
 ランサーが私よりもそういう仕事に向いているとしてもだ。

「イリヤ……」

「うん」

 イリヤをそっと庭に降ろす。
 そして私は、キャスターが居を構える山、柳洞寺の方向を睨みながら鎧を魔力で編み上げた。
 身体を、重厚な護りが包み、視界を金属の冷たさが制限する。

「あの夜とは、随分、変わっちゃったね」

「―――?」

 イリヤが呟いた言葉の意味を計りかねて困惑する。
 私を見上げる彼女の瞳に、何が浮かんでいるのか読み取れない。

「ううん、なんでもない。ちょっとひとりごと……だから」

「―――おいで」

 イリヤに声をかける。わざわざ連れてきて、イリヤを一人にしてしまっては本末転倒だ。
 それならば、戦いの場にいくにしても一緒に居るほうが安心できる。
 森では、それで失敗したのだが。変えるつもりはない。
 鎧姿の私は、イリヤを抱くには少し固すぎるかもしれないが……

 イリヤにとってはかまわなかったらしい。
 森を出る時と変わらぬ勢いで抱きついてきたのを受け止める。
 今度は、私の左腕に腰を下ろすような格好だ。

 私は、イリヤがしっかりとつかまったことを確認すると、地面を強く蹴り上げた。

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