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interlude


 逡巡は僅かな間だった。状況は瞬く間に変化し、選択肢は消えてしまう。
 ただ、変わったのは外界ではなく内界。
 入れ替わろうとするそれは、埋没する意識をさらに奥深くへ埋葬する。
 なす術もなく睨みつけていた時間はいとも簡単に終焉を迎えた。

 それはギチリと、聞こえるはずのない音から始まった。

「くっ、は、う―――」

 アーチャーを中心に据えていた視界が、真紅に明滅する。それと同時に、例の頭痛が俺の頭を襲った。
 顔を顰めることに耐えられず、耳は、自分の荒い呼吸の音を拾う。
 昨日から幾度と経験しているこの頭痛。決して慣れるということはない。
 熱病に冒されたように、意識は朦朧とし、真紅の視界にはそれでも変わらず紅い騎士が存在していた。
 それを振り払うように、歯を食いしばる。

 これ以上は無理だ。すでに、許容量は限界を超えている。だから、これ以上は入らない……。
 無理に入ろうとすれば、全てが失われる。
 当然の理だ。膨らみすぎた風船が破裂するように。
 入らないなら、どうすればいいのか……?
 そんなことは、わかりきっている。
 だから結論を出すまで、たいした時間は要らなかった。

「―――――――!」

 遠坂が何か叫んでいる。何故叫ぶのか、理由はわからないが、心配は無用。
 目を閉じる。目蓋の裏に撃鉄が並び、それがひとつひとつ間断なく落ちる。
 体を奔る回路に、悪魔的な速さで魔力が循環していく。まるでブレーキが壊れたように。
 必要な分だけを取り出す。僅かな量を汲み上げても、流れるそれに変わりはない。
 海は何時だって広大だ。
 すべてを一瞬で凌駕する。
 想像の理念も、基本となる骨子も、構成された材質も、製作に及ぶ技術も、成長に至る経験も、蓄積された年月も、あらゆる行程も―――

 必要ない。

「投影、開始」

 刹那にも満たぬ間に、自身の海から現実へと帰還する。
 両手には、慣れ親しみ、幾度となく共に戦場を駆けた夫婦剣。

 それを―――いつものように握り締め、再び赤い視界にアーチャーを納める。
 葛木の両腕は負傷している。されど、人間の頭蓋を砕くことに苦はないだろう。―――否。関係ない。
 キャスターはその身を真紅に染めている。されど、人間を粉微塵にすることに何の問題があるか。―――否。それも関係ない。
 何故なら、打倒すべきものは己自身に他ならないのだから。

 夢を見ているように不確かな思考は、同時にひどく鮮明だ。矛盾するそれに、なんら疑問を抱くことなく俺は叫びながら疾走した。

「衛宮くん―――!」

 遠坂の声を置き去りにしながら、アーチャーへの間合いを詰める。
 今の肉体を限界まで行使し、循環していた魔力を臨界まで上げる。
 奴はその眉を僅かに、ほんの僅かに上昇させると俺と同様に、両の手に双剣を投影した。

 それに一拍遅れて、右の干将を振り下ろす。
 それは、ランサーとの遊戯の数倍ほどの鋭さで持ってアーチャーへと襲い掛かる。
 それを、同じ剣で防がれるも、間を空けずに獏耶を振りぬく。
 だが、それも同様に防がれた。

 どちらも、必殺の鋭さを持って放たれた一撃。だが、それが決定打にはならない。
 しかも、俺と同様に翻った剣は、同等以上の鋭さを持って俺の命を狩りにくる。
 それに、疾風の鋭さを持って拮抗した。

 そこからは、予想と違わず、四本の刃が、狭い空間で鬩ぎあう。
 同様の剣技、同様の戦闘思考は、必殺を狙うもそれを得ることは敵わない。
 まるで千日手。

 数式を解くかのような、作業のような攻防が酩酊をもたらす。
 盤の遊戯を読み解くような幻想を抱いた。
 戦闘の為に働く思考とは別に、不確かな思考が表出する。

 ――おかしい。

 衛宮士郎ではアーチャーには敵わない。
 衛宮士郎では、アーチャーの剣を防ぐことは出来ない。
 衛宮士郎ではこれほどの剣技を持っていないし、これほど真に迫った双剣は投影できない。
 俺はサーヴァントとは戦えない。

 脳裏に浮かんだ思考を、戦闘の邪魔と即座に斬り捨てる。
 戦闘に感情を介入させることはあまりに愚行だ。それはすぐにツケとなる。
 僅かな、思考の遅延は、均衡を傾け、俺は即座に劣勢へと立たされる。
 ただでさえ、体の性能は劣っているのだ。
 身体能力の差は剣技に、戦闘思考にすら差を与える。
 気を抜けば即座に首を断たれる。
 終わらぬ等という考えは、ただの自分の思い込み、愚考でしかないというように、俺の領域は侵犯され、防戦一方となる。
 そうして、決定的に俺の体を崩す一撃。それをを回避することが出来なかった。

「ぐっ」

 だが、追撃はない。
 それも当然。奴、アーチャーは俺を討つ絶好の機会に何故か、間合いを空けることを選択したのだから。
 距離を開けた途端、魔力の光が襲い掛かった。
 遠坂による魔術。
 その幾多の光弾を、埃を掃うかのように、事もなげに双剣で弾きとばす。
 まるで、それには興味ないというように、奴の目は俺だけを注視して。
 その言葉を発した。

「何故だ」

 わけの判らぬ問いに顔を顰める。
 こっちは、既に呼吸も荒く、頭痛は耐え難いというのに、奴は呼吸一つ乱していない。
 その事実に歯噛みし、再度体に力を束ねる。

「貴様は、誰だ?」

「――――!?」

 その言葉は、すぐさま踏み込もうとした足を、まるで魔法のように止めた。
 熱に浮かされていた思考に皹が入る。

「馬鹿な、―――俺は、衛宮士郎だ。それが、どうした!」

 叫びつつも、足は踏み出さない。踏み出せない―――。

 不安は際限なく表出し始める。
 俺は、どうしてアーチャーに戦いを挑んだ?
 人の身たる自分が、サーヴァントに勝てるはずがない。戦いになるはずがない。

「まあいい。確かに、貴様が衛宮士郎であることに間違いはない。だからといってそれでは、殺す価値があるかはわからんがな」

 馬鹿にしたような笑みを、口の端に浮かべて、アーチャーが剣を納める。それと同時に、俺も、数歩後ろへ後ずさった。その間も、アーチャーを捉え続ける自分の目には、アーチャーの皮肉気な笑みが、今までと違ってどこか薄っぺらいもののように見えた。


 ランサーとセイバーの剣戟が背後から聞こえる。
 轟音とも取れる音は、けっして優雅なものではない。
 そして、アーチャーの双眸も。
 その苛烈さと間逆に、アーチャーの意識は穏やかに過ぎた。
 奴には敵意どころか、やる気すら感じられない。

「どういうつもりよ、衛宮くん!?」

 そこに、俺とアーチャーの戦闘をに、離れた所から介入していた遠坂が肩を怒らせて走ってきた。
 アーチャーへの警戒を怠らず、それでいて俺へ叱責するという高等技術をやってのける。もちろん、警戒の対象はアーチャーだけではない。
 キャスターと葛木は、自ら戦う力はないのかもしれない。
 まったく、動く気配のない二人を視界の端に捉えながら、自身の行動を思い返す。

 サーヴァントと剣を交えたという恐怖を、丁寧に仕舞いこむ。蓋をして蓋をして。
 小さく息を吐いて、わめく心臓を押さえつける。

 どうもこうもない。例の頭痛がして、気がついたらアーチャーと戦っていた。
 どうしてこんなことをしたかなんて、俺の方が知りたい。
 だが、結局俺がしたことなんだから、俺が責任を取るべきなのだろう。遠坂の叱責も甘んじて受けるべきだ。

 何故だか、アーチャーの言葉で頭痛は治まって来てはたが、いまだに鈍器で殴られているような痛みが断続的に続いている。
 戦っている時は熱に浮かされたようで気にもならなかったが、今の状態では辛い。

 その辛さを知られまいとするように、アーチャーを睨みつける瞳に力を込めた。  俺の殺意にも似た視線を、アーチャーは軽く受け止める。だが――  そのアーチャーの表情が僅かに変化した。目は見開かれ、視線は俺たちではなく、違う誰かを見ているよう。
 そして、鳴り響いていた剣戟の音が、それに会わせるように止んだ。




 奴の視線を追う。
 それは、何時の間に現れたのか。
 最初に浮かんだのは黒だ。真っ黒。そこに、白が混ざっている。

「うぐっ―――!」

 それを認識した途端、頭痛は万力で頭を締め上げるが如く悪化し、一瞬視界を消失させる。
 崩れ落ちそうになる体を必死で支える。
 痛みは頭だけなのに、全身が腫瘍に犯されたみたいに熱い。
 その中で、側に何か重いものが降り立つ音を聞いた。

「あ、アーチャー?」

 遠坂の声が聞こえる。僅かに震えたように、それは頼りない。
 その声を辿って、俺は側の人物を視界に入れた。

 あの一瞬で、此処まで移動したのか。
 それとも一瞬というのはただの勘違いなのか。
 たしかに、それはアーチャーに似ていた。
 セイバーに酷似した背格好は、成る程遠坂のアーチャーを思わせる。
 ドレスだろうか。その色が黒というのも同じだ。
 だが、髪の毛の色が違う。白銀に輝いていた髪は、くすんで金色に。
 鎧から覗いていた真紅がない。すべてが黒一色。
 鎧の形状が禍々しいほどに違う。これほど攻撃的な拵えではなかった。
 その表情も、光を発しないただの黒の、ヘルムが隠している。

 まるで、アインツベルンの城で別れたアーチャーを、違う色で塗り潰したみたいだ。
 へたくそな塗り絵は、本来の姿を捻じ曲げて……。

 黒い騎士は肯定するように頤を下げる。
 やはり、彼女はアーチャーなのか。
 頭痛で明滅する赤と黒に、違和感に気づいた。

 ―――さっき見えた白はいったい?

 側に立つ騎士の色は黒一色だ。
 なら、何が白に……。

「大丈夫?」

 心配そうな声で、俺を気遣う声が聞こえる。それが、あまりに意外で思わず頭の痛みも忘れて声の方向へと振り向いた。

「イリヤスフィール」

 それでも、言葉を紡ぐこと敵わなかった俺の代わりに、遠坂がその少女の名前を発した。
 白い少女。まるで、どこかの童話に出てくる妖精のような少女は、心配そうに俺の顔を覗きこんでいる。
 彼女には、いままでさんざん味合わされた殺気というか、敵意がまったくない。

「うん。よかった。怪我してるわけじゃないんだね。お兄ちゃん」

 そして、安心したと微笑む。

「う、あ――――」

 その笑顔に、言葉を失った。この場が戦場だというのに。
 彼女が、バーサーカーのマスターであったことに間違いないのに。

「衛宮くん」

 遠坂の声で我に返る。
 どうにも、さっきから理性と言う歯止めが効かない。
 遠坂と少女が話している姿を、ぼんやりと見上げる。

「訊きたいことがあるけど、今はいいわ。終わってからそうする。イリヤスフィール、それでいいわね」

「かまわないわ。リン。好きになさい」

 そう答えてイリヤスフィールがアーチャーを見上げる。
 アーチャーは頷くと、遠坂の方を向いた。

「ええ、いいわよ。それでいいわ」

 どのようなやり取りがあったのか、遠坂が心なしか諦めたように肩を落とす。だけど、間違いなく遠坂の口元は笑っていた。
 それを見ていたアーチャーの、唯一つ見えていた唇が薄く弧を描いた。
 その俺の視線と、アーチャーの視線が交錯する。

 その黒いヘルムに隠された瞳で、俺を一瞬眺めると。
 爆発するような音と共に、俺の視界からアーチャーは消え去った。

 それが、大地を踏んだ音だと気がついたときには、アーチャーはキャスターの眼前で今にも剣を振りぬく所だった。
 黒い剣がキャスターを両断せんとする直前で、その剣は不可視の剣によって阻まれた。

 視覚化されたほどの膨大な魔力の光が輝く。
 セイバーだ。ランサーと戦っていたはずの彼女は、現在の主を守るために、アーチャーを凌駕する速度で移動したらしい。
 二人は、その石畳を踏み抜きながら鍔競り合いすると、ほぼ同時にそれを止め、全力で剣を打ち合わせた。

 一際高い音を立てて、二人が離れる。

 その一瞬の攻防を見て呆けた表情をしたキャスターに葛木が、あまりに感情を感じさせない声で命じた。

「引け、キャスター。これ以上の戦闘は無理だ」

「ですが、マスター。今の私ではセイバーを……」

「諦めろ」

 キャスターの躊躇を葛木は一言で斬って捨てる。
 それでも、キャスターは諦めきれないような表情で目を彷徨わせていたが、覚悟を決めたのか何かを呟く。
 キャスターを逃すまいと、再び大地を蹴ったアーチャーだったが、またしてもその剣はセイバーによって阻まれた。
 その隙にキャスターはそのローブを翻すと葛木を包み込み、俺たちの目の前から消えた。

「あー。こりゃ駄目だな。逃げに回られると、追いつけねえわ」

 それを、のん気そうな声でランサーが、呟いた。

「何してんのよ、ランサー」

 どこか怒ったように、いや怒っている遠坂が問いかけるが。

「ま、見ての通りさ。この通りセイバーに振られた」

 そう言ってランサーは肩を竦める。全然こたえちゃいない。
 その視線は、セイバーとアーチャーの戦いを。そして、何故か留まっているもう一人のアーチャーに向けられていた。

「奴さんにやる気はねえみたいだしな。そんなのと戦うのは趣味じゃねえ」

 中庭で挑発した時とはうって変わって消極的だ。あの時とは、何かが違うのか……。

「それより、観戦するだけならもう少し離れた方がいい。単純な破壊力で言うなら、二人とも俺の比じゃねえぜ」

 そう言って、ランサーは後退を促す。
 反対する理由はない。
 俺たちではランサー以外に、目の前の戦いに介入する力がない。
 俺は論外として、遠坂も、そしておそらくイリヤスフィールも。魔術があの二人に通用しないのだから。
 そして、唯一通用するランサーが介入する気がまったくないのだ。大人しく観戦するほかにない。
 サーヴァントを失ったマスターが三人。
 そして、目の前で戦っているのは、どちらもかつては共にいたサーヴァント。
 セイバーとアーチャー。

 その時ふと、歪な短剣が脳裏に浮かんだ。
 煌く刀身は、けっして綺麗なものではない、ある者を象徴する輝き。
 頭痛は、先よりはかなり減じてきていた。

「力も剣速もほぼ互角。俊敏さはセイバーがかなり上。アーチャーは代わりにセイバーより堅えな。セイバーの野郎、俺と戦っている間に、勘を取り戻しやがったみたいだからな。勿体ねえ。―――それより、アーチャーの剣。あれは……」

 ランサーが、僅かにいぶかしむように、戦いを、特にアーチャーが振るっている剣を注視する。
 確かに最初に打ち込んでからは、アーチャーはセイバーの剣を防ぐことに徹しているように見える。
 まるで、動と静。セイバーが何者をも破壊する暴風ならば、アーチャーは堅牢な城砦だった。
 それも、隙あらば相手を両断せんとする。攻撃の手数はセイバーの方が上だが、アーチャーも、セイバーが僅かな隙を見せれば容赦ない一撃を繰り出している。

 ――――それよりも。俺もランサーと同じように、アーチャーの剣に魅入られていた。
 見えるのはセイバーと鍔迫り合いをするときだけ。
 それ以外は剣速が速すぎて視認できない。それでも――魅入られる。
 そう、アーチャーが持つ剣は、初めて見るものだった。
 いや、それには少し語弊がある。その剣は初めて見るものではない。だが、その姿は初めて見るものだったのだ。
 漆黒の剣。
 その、あまりに尊い幻想。あれよりも美しい剣も、豪奢な剣もないわけではない。
 それでも、あの剣は頂点に立っている。
 ただ、人々の思いによって編まれた幻想。星によって鍛え上げられた至高の一振り。

「エクス、カリバー」

 知らず剣の真名を口にした。
 そう、あれは表裏が入れ替わっているが間違いない。人類最強の聖剣……。

「嘘!?」

 苛烈な音楽を奏でる戦場で、呟いたくらいの声量を遠坂は捉えたのか。その顔に驚愕を浮かべて俺を睨みつけた。

「いや、小僧の言ってることは嘘じゃねぇよ。英霊の座にいる奴なら、知らねぇ奴なんていねえ。ありゃ、ちょっと妙だがエクスカリバーだな。となると、アーチャーの嬢ちゃんがアーサー王ってことになるが?」

「―――知らないわ。私、アーチャーの真名教えてもらってないもの」

 遠坂は憮然として答える。それに関しては、俺もセイバーの真名を知らないはずなので、何とも言えない。
 もっとも、真名を知らない理由は違うだろうが。
 俺はマスターとして未熟ゆえに、セイバーは真名を秘密とした。
 そして、セイバーこそが間違いなく―――

「大丈夫?」

 その声で我に返る。それは、先と同じ少女の声。イリヤスフィールの声だった。
 一体どんな顔をしていたのだろうか。
 とにかく、安心させるように笑みを浮かべる。大丈夫だと。
 二度目ともなると、さすがに簡単には納得できなかったようで、少女はその細い眉を僅かに吊り上げた。
 それから、何か言葉を紡ごうとでもするように口を開きかけたが……。

 結局俺に見せたのは、どこか困ったような笑みだけだった。
 そして、少女は戦いへと視線を戻す。
 それにつられるように、俺もまた、意識を戦いの方へと向けた。

 二人の剣は月を描く。黒い剣は黒い軌跡を下弦の月に。不可視の剣はその気配を上弦の月に。
 二つの月は真円を描くことなく、反発しあう。月は触れ合うごとに星を撒き散らし、轟音を鳴らす。
 セイバーの横薙ぎの斬撃をアーチャーが縦にした剣で受ける。
 その時には反動で逆から襲い掛かる不可視の剣を黒剣がはねあげる。
 その瞬間には両者の剣はまるで悪夢のように翻り、視認力の限界を超えた音速の刃となっていた。

 互いに渾身の一撃を相殺し、セイバーがその場から飛びずさる。
 戦力は五分と五分。二人の周りは戦闘の名残で、ズタズタに破壊されている。
 圧倒的な破壊力は、その余波だけで周りに存在するものを切り刻む。だが、それでは二人の護りを突破することは出来ない。
 事実、二人の騎士、セイバーとアーチャーは共に無傷だった。
 セイバーは無表情。ヘルムに覆われて表情が伺えないとはいえ、アーチャーの唇も真一文字に結ばれている。

 最初に動いたのはセイバーだった。
 不可視の剣。それを正眼に構える。それから、その異変は起こった。
 セイバーを中心にして、風が轟々と巻き上がる。
 それは瞬く間に局所的な竜巻のように高まり、そしてあまり突然に静まった。

 その手に握られていたのは。

「おいおい。あっちもエクスカリバーかよ。似てる似てるとは思ってたが、まさか宝具まで同じとは」

 俺たちは絶句し、ランサーがかろうじて言葉を紡ぐ。
 ランサーが言葉にしたように、それは黄金の聖剣だった。
 セイバーの、彼女の正義の象徴たる黄金の剣。
 剣を不可視にしていた風は聖剣の鞘だ。あまりに名が知れすぎた剣を隠すための。

 セイバーが聖剣の封を解いた。その意図を察したのか、アーチャーが黒の聖剣を、セイバーと同じように構えた。

「やべぇ。もう少し離れた方がいいな」

 ランサーが額に僅かな汗を浮かべながら、ぼやく。
 すでに、セイバーとアーチャーの剣は光を宿し始めている。
 最強の聖剣同士のぶつかり合い。込められていく魔力は際限なく、いつか見たランサーの解放とは比べるべくもない。
 しかも、両者ともそれを放つ十分な魔力を擁している。
 その余波が、どれだけの破壊をもたらすのか、考えたくもない。

 咄嗟に側の少女を抱き上げる。
 遠坂も石畳を蹴り、少しでもこの場から離れようと駆け出す。
 視界の端に、ランサーが何かするのを目にする。
 そうして、彼女をかばいながら地をけった瞬間。

「「約束された―――勝利の剣―――!!!」」

 真名をもって聖剣は解放され、視覚すらを覆うほどの爆音が響いた。

 イリヤスフィールを抱いたまま、暴風に耐えられず地面に倒れる。
 僅かに見えたのは白と黒。両端に位置するそれは、圧倒的な光を放ち、世界を染めてしまった。
 己以外の光はいらぬと、鬩ぎあう白と黒。

 星の光を集めた最強の剣。
 贋作ではなく、紛れもなく真作の二振り。

 白と黒の拮抗する様を、僅かに開いた瞳で凝視する。
 まったくの互角。
 交わる場所を完全な中心にして、二つの光は両者を押し潰さんと懸命に先へと進もうとする。

 こんどこそ、圧倒的な光が視界をすべて覆っていた。

 パチパチと何かが焼ける音か。暑さと寒さが同時に存在するような、そんな矛盾を肌で感じた気がした。
 ゆっくりと瞼を開く。
 極大の光は、その通り道を無残にも切り裂き……
 その傷は、二人が立っていた場所まで続いていた。

 二人とも、まだ生きている。
 セイバーは倒れ伏している。しかしアーチャーは死に体ながらも、剣を大地に突き刺し、辛うじて立っている。

「頑強さの、差が出たか……」

 どこかで、ランサーの声が聞こえた。
 鏡ではない、二人の斬撃は、そのほとんどを相殺しながらもそれぞれの体を切り裂いた。
 タイミングも威力も同等。だから、結果を分けたのはランサーの言うように、耐久力。
 聖剣の破壊力の前では、セイバーたちの防御もほとんど紙同然だろうが、ほぼすべてを減殺された聖剣の威力でなら、話は違う。
 数値化されている明確な両者の防御力。その差がはっきりと出たのだ。

 そう、今ならセイバーは動けない。
 イリヤを腕から、そっと放す。

「――――あっ」

 何もわからぬまま、まるでこの体が自分のものではないように、俺は走った。
 走りながら、違う何かが、俺の心に潜っていく。

「セイ、バー」

 彼女の名を呟きながら、右手に宝具が編みあげられる。
 宝具としての格は、高いものではない。慣れぬとて、問題など微塵もない。
 そうして、彼女の前に俺は立った。

「―――シ、ロウ?」

 意識があったのか、ぼんやりとした瞳で俺を見上げる。
 彼女の回復力は、生半可なものではない。
 だが、聖剣を使用し、また、くみ上げていた魔力の海を聖剣の余波で失った今、彼女に供給される魔力は少ない。
 致命傷とはいえない傷だが、重傷には違いない。修復は容易ではないだろう。
 死者を前にしたように膝を突く。右の手にある重みを、両の手に握りなおし。
 この体は躊躇なく、裏切りの短剣を彼女に突き刺した。

「うっ―――あっ―――」

 彼女を縛っていた令呪が、キャスターとの繋がりが消え去る。
 依り代を失い、彼女の力がさらに失われる。
 この傷とこの状態では、セイバーが限界していられる時間も、僅かなものだろう。
 そして俺は立ち上がり

 ―――告げる。
 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――

 セイバーの目が、僅かに開かれる。瞳に意思の輝きが灯り始める。
 ひどく緩慢だが、腕に力が込められ、聖剣を支えに立ち上がろうとする。

 ―――我に従え。ならばこの命運、汝が剣に、預けよう……。

 差し出された俺の手と、セイバーの手が触れあい。

「――セイバーの名に懸けて誓いを。貴方を我が主と認めます、シロウ」

 俺の知らぬ言葉と、偽りない俺の意思を同時に発した。

 不完全ではない、二度目の契約。
 十全に引き出せなかった力は正しき常へと。
 彼女が纏う魔力は、烈風の如く巻き上がり、傷ついた体を癒していく。
 あの夜と違いなき強い意志は、先の人形めいたセイバーとは、完全に別物だった。

 それが嬉しくて、頭の痛みも忘れて笑った。

 それを―――名残惜しい安らぎを一瞬だけ。そっと置いて。
 俺は、俺たちは黒い騎士へと振り向いた。

 アーチャー。黒い剣とを杖とした騎士は、主を失って尚底なしなのか。
 すでに、その傷をセイバーと等しく癒している。
 だが、その顔を覆っていたヘルムは砕け、彼女の素顔を晒していた。
 苦痛を耐えるかのごとく、苦しそうな顔をしていた。
 それでいて、彼女を覆う魔力は、まるで減衰したようには見えない。
 それはあまりに異常すぎる。
 絶大な魔力を誇るセイバーと比べてさえ、アーチャーの魔力は桁違いだ。
 まるで、どこからか汲み上げてでもいるかのように……。

「アーチャー」

 俺の隣でセイバーが呟く。
 やはり、先ほどまで意識はなかったのだろうか。かなり変わってしまったアーチャーの姿を見て、驚いているように見える。
 アーチャーはセイバーと違い、まだ衝撃に朦朧としているらしく、瞳の焦点が合っていない。
 俺と同じように、遠坂が向かったかと思ったが……。遠坂はアーチャーの元にたどり着けないでいた。
 その側のイリヤスフィールも。

 アーチャーは独り。
 そのすぐ前で、ランサーと、紅い外套を纏う騎士が、対峙していた。

「何のつもりだ」

 ランサーが槍を突きつけながら、問う。
 紅い騎士に敵意はない。徒手空拳のまま、まるでランサーなど気にもならないと、悠然と立っている。
 では、何故、この場に残っているのか。
 戦う気がないのなら、すぐに離脱すればよかったはずだ。
 だが、キャスターが離脱したにも拘らず、この場に残った。

 そこで、ふと気づいた。
 紅い騎士はランサーを見ていない。その瞳は、真っ直ぐに黒い騎士へと向けられていて。

「お前は誰だ?」

 紅い騎士は小さく呟いた。
 それは何故なのか。聞こえるはずのない問いが、俺にも聞こえた。
 風はない。空の高い場所で無邪気に流れる風も、ここには入り込めない。
 だから、本当に聞こえるはずのない声。

 俺に向けられた問いとまったく同じものが、紅い騎士から黒い騎士へと問いかけられる。
 意味を量りかねたのか、彼女――黒い騎士の目が瞬かれる。
 まるで、その意味を探すように、ゆっくりと飲み干すように、彼女の唇が動く。
 瞳は見開かれ、無防備にも俯いて、何かを呟く。

 そして、彼女が顔を上げたとき―――

 それは、まるで泣き出す寸前に見えた。


 interlude out


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