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「お前は、誰だ?」


 その言葉の意味に気がついたとき、私の心は凍りついた。
 まるで、体を満たしていた魔力が抜けていくかのように、体が空っぽになる……。
 両の手で支える聖剣が、ひどく重たいものに感じた。

 目の前には、背を向けた細身ながらも強靭さを内に秘めた青いしなやかな体躯が。
 その先に、問いを投げかけた、鋼の意志を相貌に宿した紅い頑強な長躯が。
 他に、ここに存在する数多の視線が、私へと向けられていることに気がついた。
 決して多いといえる人数ではない、その目が、目が、目が、私一人に向けられている。

 ただ、それだけのことに動揺した。
 視線など、笑って受け流せるはずのものなのに。それだけのはずなのに。
 その判断すら、あたかも水面に走る波紋のように不確かだ。
 それは何故か。
 それは簡単なこと。
 先の言葉が全てだ。

 ―――私は、誰だ?

 自身に問いかける。
 得体の知れぬものに追いかけられるように、心臓は早鐘を打ち、口の中が乾いていく。
 ひどく、鏡を覗き込みたい衝動に駆られる。
 自己の奥深くへと潜ろうと試みて、それができないことに愕然とした。
 気がつかなかった。気がついていなかった。

 消滅を覚悟した後、不可解にも現界していた事実。
 確かにサーヴァントの核を貫かれ、ただ消えるはずだった自分は消えていなかった。
 ありえぬ現界。
 それに気をとられたのか、自分が何者であるのか、それすらも解っていなかったのだ。
 まるで地面の下から大量の蟲が這い上がってくるかのように、不安が際限なく膨れ上がる。
 それを振り払おうと、自己の内海を探し続ける。

 干からびていく口の中で、粘つく唾液が最後の抵抗をするように残っている。
 まだ、辛うじて立ってはいたが、四肢の力はまるで感じられなかった。

「おい、何のつもりだ」

 ランサーは、質問の意味を問いかねてか、胡乱気な声を上げる。
 彼の声は、アーチャーに比べて、ひどく遠くから聞こえてくるような気がした。
 だが、アーチャーはそれを無視し私に言葉をかける。

「では、重ねて問うが、私が誰か、わかるかね」

 その声はゆっくりと、私の心へと浸透していった。
 ランサーと違い、その声ははっきりと聞こえる。
 でも、目の前のアーチャーが何者なのか。知っているはずの私は、何処にもいない。
 答えられず黙っていると、それでもいいのか。アーチャーはまるでかまわないと続ける。

「わからぬか。本来ならばこの場にいる誰よりも、私のことを知っているはずなのだがな。――例えば、そこの衛宮士郎と比べても」

 背後、と言うには少し遠すぎる衛宮士郎をアーチャーは示す。
 その顔は、ある種の期待も含まれていたような気がした。だが……。
 やはり、私は答えられず沈黙する。
 衛宮士郎を知る私は何処にもいない。
 わかるのは、セイバーのマスターであるという事実だけ。
 そして、それが罪であるかのように、アーチャーの纏う空気が変わった。
 失望へと。

「まあいい。どうやら本当に知らぬようだな。いや、知らぬというよりは……ふん。早々にこれでは、少々気が抜けるが仕方ない」

「おい、待てよ」

 ランサーが剣呑な声を上げる。表情はわからないが、獰猛な、それこそ肉食獣のような笑みを浮かべているような、そんな気がした。
 アーチャーが見せた失望の表情が気に食わないのか、ランサーの殺気が、それこそ鬼気と言ってもおかしくないものへと増大する。
 私自身は、殺気に晒されているわけではないのに、それが痛いほどに感じられた。
 その殺気を正面から浴びながらも、アーチャーは動じた風もなく皮肉気な笑みを浮かべた。

「ふむ、君とやりあう気はないのだがね。しかし、やる気がないかと思ったら、戦う気になるとは。君は本当にムラがあるな」

「ほっとけ」

 ランサーは紅の長槍を回転させ、その穂先をアーチャーの咽元に突きつける。

「それで、やるのかやらねえのか。はっきりしな」

「やれやれ、やる気がないと言っても、君は逃がしてはくれないのだろう? それでは私に選択肢はあるまい」

 アーチャーは溜息を吐きながら徒手空拳だった両手に、虚空から陰陽の双剣を取り出す。
 しかし、視線はランサーではなく依然として私に向けられていた。
 目の前の全てを、ただぼうと眺めていた自分と視線が交差する。
 アーチャーの瞳に映る私の瞳は、ひどく濁っていて、綺麗には見えなかった。
 そして、私の瞳を映すアーチャーの瞳も、失望と、何か違う感情によって濁っている。

「だが、忘れるな。君が自分自身を思い出さぬ前に、私は消えるつもりはないし、そこの小僧を殺すつもりもない」

 それは、アーチャーの宣言。
 決してこの場で負けるつもりはないと。

 確かに、アーチャーは衛宮士郎を殺そうとしていた。だが、その理由はいったいなんだっただろうか。
 マスターとしてでは、なかったのか。
 現界してからの記憶。そのすべてを覚えてはいる。だがその行動の原理。そう自分自身の行動にすら、自身が何を思ってそれをとったのか、まったく解からなかった。
 何をしたのかはわかる。何を考えていたのかがわからない。
 自分がいったい誰なのか、思い出すことができないという恐怖。
 自己があまりに、不確かだ。

 私は一体どのような表情をしていたのだろうか。
 私を移していた瞳は既に私を見ていない。
 対峙するランサーに向けられている瞳は、すでに私とは違い鋼の意志を持っていた。

「もし、ワカラナイママナラバ、オマエハ、僅かにその手に残っていたモノまで、失うぞ」

 その言葉が戦端となったのか、アーチャーがランサーへと疾駆する。
 それを迎え撃つ、アーチャーを数段上回る速さで振るわれる魔槍。
 双剣は、真紅の槍は、瞬く間に風を追い越し、音を置き去りにする。
 青赤の騎士は、サーヴァントに恥じぬ戦いを、目の前で開始していた。

 しかし、それは私の目には映らない。

 その向こう側。
 自分の主たる、少女と。
 さらにその向こう側に。
 紅い髪を持つ少年と。
 紺碧と白銀の衣を纏う少女が。

 私は、最後にアーチャーが発した言葉に、自分を見つめている瞳に耐えることができず、この場から逃げるように離れた。
 いや、真実逃げ出したのだ。




 interlude




「アーチャー!」

 最初に叫んだのは、一番遠い場所にいたセイバーだった。
 何かに怯えたような、そんな顔を隠そうともせず、この場から飛び去ったアーチャーを追おうと、足を踏み出しかけ。
 何かに耐えるように、その足は大地に踏み下ろされた。
 力を入れすぎた右足は容易く石畳を踏み抜く。
 その破壊の大きさが、セイバーの感情の強さを表しているかのようだった。

「あの、馬鹿!」

 凛の悪罵は、アーチャーに向けてのものだろう。普段と変わりなく、強い意思が込められた言葉だ。それこそ、開幕を告げた剣と槍の打ち合う音に負けないほどに。
 だが、その言葉とは裏腹に、彼女の表情には不安が宿っていた。
 その時、何十という剣戟の音が止み、ランサーとアーチャーが離れる。
 アーチャーにその気はなかったのだろうが、ランサーが距離を開けたのだ。
 そもそも速度に関して言えば、アーチャーではランサーに匹敵することも出来ない。
 一度剣を打ち合う距離で戦いを始めてしまえば、アーチャーに主導権がわたることなど、ほとんどない。
 しかし、一度始めた戦いを何故、こうも早く止めたのか。
 その意を問うかのように、凛の瞳がランサーへと向けられる。
 その瞳を真正面から受け止めながら、ランサーが言葉を発した。

「すまねぇな、嬢ちゃん。キャスターがあの調子じゃ、同盟の意味はないってな。うちのマスターが帰って来いとか抜かしやがる」

 その言葉に凛は僅かに眉を顰めた。
 だが――

「ただよ。それじゃあ俺にとっても寝覚めが悪い。こいつはここで抑えといてやるから、さっさと逃げ出しちまったじゃじゃ馬を追いかけな」

 笑みを浮かべたランサーの続けた言葉に一瞬目を丸くすると次の瞬間、凛は微笑み返していた。

「ありがとう! 行くわよ士郎!」

 凛は真っ先に駆け出し、衛宮士郎も僅かに遅れながらもそれに続く。そして、その後から、イリヤスフィールを抱いたセイバーが、ランサーに一瞬意味ありげな視線を向けて、駆けていった。

「私に、彼女たちの邪魔をする気はないのだがな」

 ランサーが仕切りなおしと、間合いを話した隙に、撤退を試みることもなく、律儀に待っていたアーチャーは、幾分ぼやく様に口にした。

「まあ、そう言うなって。うちのマスターがお前を消せってな、命令してきたわけよ」

 槍を肩に担ぎながら、ランサーは気楽に答える。
 その言葉にアーチャーは眉を顰めた。ランサーの言葉は行動と同じく支離滅裂だ。
 溜め息を吐くような、心底面倒そうなぼやきにも似た言葉を吐く。

「帰ってこい、と命令されたのではなかったのかね?」

 だが、ランサーはそんなアーチャーの鬱屈した気をかき消す様に笑い声をあげる。

「まあな。だが、あんまり俺が命令を無視するからよ。ならばお前を消してから戻れってな」

 僅かな逡巡の後、アーチャーは皮肉気な笑みを一層深める。
 ランサーの主にとって、自身の存在はたいした障害ではないらしい。
 いつでも排除できると思っている。
 さすがはキャスターのサーヴァントとでも言うべきだろうか。
 アーチャーの主の圧倒的な魔術の技量は、目の前のランサーのマスターの情報さえ手に入れていた。
 ランサー、そしてギルガメッシュを擁しているのだから、戦力としては圧倒的である。
 単純な火力で量れば、ギルガメッシュに匹敵する存在は、今回の聖杯戦争には参加していない。
 だからこそ、キャスターの魔術師としての力量に素直に感嘆した。
 自分が手の内を晒したのはこの場所でだけ。
 それも、キャスターにより完全に外界と隔絶した状況においてだけだ。
 先のギルガメッシュとの戦いでさえ、手の内は見せてはいない。
 ギルガメッシュの眼は侮れるものではないが、慢心が消えぬ限り、固有結界までは見通すことは出来ない。
 結果として、最後に勝利を収めれば良いのだ。
 ランサーとの戦闘は大きな障害に違いないが、それでも限界値、というわけではない。
 それと同時に、不意に、憐憫のようなものを感じた。
 ――あの神父をマスターにするのは、思っている以上に辛いものがあるだろう。

「難儀なものだ。君に女運はなさそうだが、それは女性に限ったことではないのやも知れぬな」

「はっ、それはお互い様だ。貴様だとて、たいした違いはあるまい」

「私のマスターは男ではない。それに、まあ、あれも判りにくい類の者でね。付き合ってみると、それなりに楽しめるものがある」

「あの女狐がか。趣味が悪いことだ」

 戦わずに軽口で応酬する。
 キャスターのそれは、部外者ではわからぬ代物だが、関れば自然に見えてくる。
 もう消えてしまったようだが、アサシンなどは、それを肴にしている節があった。
 どれもこれも、キャスターの主あってのものだが。

「それに、全て運が悪かった、と言い切れるものではないな」

 そう言って目を閉じる。現在ではない。もう過ぎ去ってしまった時を。
 運が悪かった、というわけではない。ただ、自分が愚かだっただけで……。
 自分から離れてしまった。

「馬鹿言え。てめえは、そういうのからは縁遠そうに見えるぜ」

「そうかな。私にだって、焼きついたものはある。まあ、それを言えば、君の師も私のそれと変わらぬか。強いて言えば、それですべての運を使い切ってしまったのやもしれんな」

 アーチャーの脳裏に浮かぶのは、月下の運命か。ランサーに去来するのは、できなかったことへの無念か。
 二人して、何かを胸に感じながら、それぞれの獲物を握り締める。
 そうして、二人の騎士は、無言のまま再度激突した。




  ◇◇◇◇◇  ◇◇◇◇◇  ◇◇◇◇◇




「セイバー! アーチャーがどこにいるか感じられる!?」

 柳洞寺へと続く階段を駆け下りた凛が、訊ねてくる。
 それに無言で首を振る。私自身の探知する力はせいぜい二百メートルほど。いかにあのアーチャーが強大なサーヴァントでも、その範囲を超えてしまっては、存在を感じることはできなかった。
 それは再びの契約で、幾分か不完全な状態から脱した今とて変わらない。
 むしろ、能力だけなら望まぬ契約を強いられたとは言え、キャスターを主とした時の方が――今は関係ない。

「すみません。私の知覚できる範囲にいないとだけしか……」

 自然と、自分の発した声もどこか頼りないものになっていた。
 単独行動をもつアーチャーなら、サーヴァントにとって鬼門たる結界の中を行動することも可能だろうが。
 それでも、自殺行為に違いない。単純に消えないというだけで、すぐに衰弱してしまうのは間違いないだろう。
 その場合アーチャーが近くにいたとしても、感じることは出来ないはずだ。最悪、アーチャーが消滅してもわからないことになる。

「それより、凛の方はどうなのですか? ラインを辿れば――」

 その言葉に凛は、僅か悲しげな色を瞳に宿したかと思うと、私に抱えられているイリヤスフィールを一瞬複雑そうに見つめた。

「そっか、セイバーは知らないんだったわね。今、あいつとはラインが切れちゃってるのよ」

「なっ!? それでは、アーチャーは現世との繋がりを失って……」

「そうよ。それなのにあの馬鹿。宝具、それもあんな強力な奴の解放をするなんて」

 その言葉にはっとする。
 魔力の供給どころか、自身の依り代すらないままに聖剣を使ったというのか。
 聖剣に必要な魔力は尋常ではない。サーヴァントという生前と比べれば制限される身。その状態での発動は諸刃の剣だ。
 かつて不完全な状態で使用した自分は消えかけたのだから。

「ねえ、セイバー。貴女とアーチャーは、同一人物じゃないんでしょ?」

 抱えていたイリヤスフィールが、少し身動ぎしながら私を見上げていた。
 窮屈なはずだが、それに不満を持っている感じはない。
 そういえば、アーチャーも同じように抱えていたのだったか。

「っつ――」

 問いに答えられず、考え込みそうになるのをすんでで堪える。

「え、ええ。私とアーチャーは同じ人間ではありません。確かに剣以外の得物を使えないわけではありませんが。私が該当するサーヴァントのクラスはバーサーカーを除けばセイバー以外ありえない」

 だが、同一人物。アーサー王でないはずの彼女は、聖剣、エクスカリバーを持っていた。
 かつて、シロウが、カリバーンを投影した時のような、真作から零れ落ちる影ではない。
 あれは、私の持つ聖剣とまったく同一にして、真逆の存在。
 自分の意志で放ったわけではないとはいえ、十全な魔力と言霊によって解放した極光は、黒い極光によって相殺されたのだ。
 聖剣だけが同一ではそうはならない。使用者としての力量も私と拮抗していたということ。
 それはすなわち、アーチャーが聖剣の唯一所有者たるアーサー王に他ならないということではないのか。

 導き出される答えに頭を振る。
 アーサー王が二人。
 サーヴァントシステムと呼ばれるものの性質を考えるならば、それも考えられる。
 しかし、彼女はアーチャーである。
 セイバーたる自分には、彼女のように長距離からの狙撃を可能とする弓の腕や、数多の武装を持ち合わせてはいない。
 故に、私が該当するのはセイバーのみ。
 もちろん、バーサーカーにも該当しないとは思うが、聖杯の括りは侮れるものではない。
 英雄には多かれ少なかれ、殺戮を表す部分がある。
 キャスターが望まぬ行為を犯してしまったように、聖杯により望まぬクラスを与えられることになるかもしれない。
 この地にある聖杯は、名と違い聖なるものではないのだから。

 もし、アーチャーが聖杯により捻じ曲げられた存在であるならば、あるいは……。

「まずは、一度戻りましょう。アーチャーを探すっていっても、ただ闇雲に動き回ったんじゃどうしようもないわ。それに、逃げに回られたら、セイバー以外追いつけないし」

「私はかまわないわ」

 私に抱かれているイリヤスフィールが承諾の言葉を放ち、続いてシロウが無言で頷いた。
 それを見届けて私も答えた。

「わかりました」

 多分、感情ではアーチャーを追いかけたかったのだろう。
 だけど、かろうじて理性がそれを止めていた。
 凛の言う通り、この街でアーチャーを探すのは容易ではない。
 かつて、シロウが私を探した時と違い、ひとところに止まってはくれないのだから……。



 武家屋敷。久しぶり、と言うのは少し大げさすぎるかもしれないが、最初に感じたのはそれだった。
 それと同時に安堵が。
 それほど、この屋敷には安心できるものがある。その反面、キャスターにとらわれていた時間は苦痛に満ちたものだったのだ。
 しかし、それ故にアーチャーの不在が心を締め付ける。
 彼女がいないということ、その失意が安堵の大きさに比例して高まる。
 今すぐにここを飛び出し、彼女を探したかった。
 それでも、アーチャーを追いたくて逸る気持ちを抑えるように、シロウが用意してくれた茶を一息に飲み干す。
 下手をすれば火傷するほどに熱かったのかもしれないが、たいした痛みはなかった。

「それで、私が居ない間に一体何があったというのですか?」

 テーブルを挟んで正面に座る凛に、少し身を乗り出しながら今までの経過を訊ねる。
 敵対するものの傀儡となり、シロウに敵対した失態から鑑みれば私の態度はあまりにも大きなものかもしれない。
 それでも、私は感情を押さえ込めることが出来なかった。
 まるで胸から口腔へと這い上がるような気持ちの昂ぶりを紛らわせるように、両手を付いたテーブルに僅か視線を移す。
 あの時、テーブルは完全に粉砕したはずだが、自分のものではない魔力の残滓を感じる。
 修復するのはシロウには少し無理があるから、おそらくは凛によるものだろう。
 私の視線を真正面から受け止めた凛は、人差し指を立てて、それを自分の顎にあてがった。

「まず一つ。教会が、多分キャスターの仕業でしょうけど、落ちたってことね」

「教会が?」

「ええ。監督役の綺礼は生死不明。ま、死体もなかったし、あいつのことだから生きてるんでしょうけど。――もしかしたら、逃走したキャスターが逃げ込んでるかもしれないわ」

 妙だ。ランサーとはつい先程対面したばかりだ。
 ランサーのマスターが聖杯戦争の監督役だとしたら、キャスターに負けるとは思えない。
 キャスターに単身で向かっては勝ち目はないだろうが、ランサーを呼べば事足りるからだ。
 さすがに、呼ぶ暇もなく倒される、というような失態は、あの男にはないだろう。
 それとも、ランサーの、本来のマスターは未だに無事で、マスターの所有権を奪われていないということなのだろうか。
 それに、教会にはランサーだけではなく……。

「ま、とにかく。あなたが捕まって。それでなくてもキャスターの陣営にサーヴァントが三体。単独ではそうでもないかもしれないけど、さすがにアーチャー一人じゃ分が悪いってことで」

 私の黙考を気にせず、凛が話を続ける。
 その際、凛がちらりとイリヤスフィールを見た。

「そこにいるイリヤスフィールと共闘しようって話になったの。まあ、結局はご破談。私と衛宮くんは……敗走したってわけ」

 凛は一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻った。
 詳しいことは語るつもりがないようだが、余程の失敗をしてしまったのか。
 つまり、イリヤスフィールの居城たる森へと侵入し、バーサーカーと対峙した、と。
 凛が敗走と言うからには、完膚なきまでにやられたのだろうか。

「私はアーチャーを犠牲に逃げ出した。ううん、それは違うわね。私はアーチャーを犠牲にする、という選択さえすることが出来なかった。――とにかくそのときに、アーチャーの契約が切れたから、てっきりバーサーカーに、負けたのだと思ったのだけど」

 凛の口調には自信がない。はっきりとした確信がないのだろうか。
 それに、彼女にしては珍しい悔恨の情が、多分に含まれていた。

「ランサーが言うにはバーサーカーも消えたって……」

 従者たるサーヴァントが敗北し消滅すれば、もちろん契約は切れる。
 バーサーカーほどの大英雄相手ならばアーチャーでもその可能性は十分にありうるだろう。
 だが、そのバーサーカーはいない。
 いるならば、イリヤスフィールがここにいる理由がない。

 一体アーチャーとバーサーカーの間で何が起きたのか。

「イリヤスフィール。ここにいる中で、あのときの結果を知っているのは貴女だけ。できれば、話してくれないかしら」

 凛が皆の気持ちを代弁し、私とシロウの視線もイリヤスフィールへと向けられた。

「いいわ。重要なことだし。アーチャーが勝ち残るためには、まずそのアーチャーに帰ってきてもらわないといけないし」

 イリヤスフィールは幾分頬を膨らませて愚痴るように言葉を吐く。
 アーチャーが、自分を置いていったのは面白くない、とでも言うように。
 私が不在の間に、余程の信頼関係を結んだのか。イリヤスフィールはシロウよりもアーチャーに好意を向けているようにも見えた。

「そうね。結局私のバーサーカーと、凛のアーチャーは決着が付かなかったわ。アーチャーも傷をおったけど、致命傷には程遠かったし、バーサーカーもせいぜい三回しか死んでなかった」

 簡単に言うが、あの、バーサーカーを殺すことは、並大抵のことではない。それこそ、戦いの場が崩壊するくらいには激しいものだろう。
 その戦いでアーチャーがバーサーカーに負けたわけではない、という事実に凛の頬が幾分緩む。
 もちろん、それは私にとっても嬉しい事実ではある。しかし――

「決着が付かなかったのに、貴女はバーサーカーを失った。それはつまり……」

「聡いわね。その通り。第三者の手によるってこと。最初にアーチャーがやられたわ。完全な不意打ち。大量の宝具で背後から滅多刺しにされて戦闘不能。バーサーカーは正面から戦うことが出来たけど、結果は一緒だったわ」

 ある光景が脳裏に浮かぶ。それは幾度も体験したものであり、近いものではつい先程に対峙したものだ。
 アレの威力は、私はその身を持って知っている。それをあの小さな体でまともに受けたとしたら……。
   そして、さらに続けるように想像してしまった光景を打ち消すように頭を振る。
 大量の宝具による、最早一掃とも言える圧倒的破壊。それを為し得る者とは。

「その第三者とはもしや」

「第八、いや、第九のサーヴァント。多分、キャスターを襲ったのもそいつなんじゃないかしら」

 イリヤスフィールの目は確信に満ちている。
 彼の戦いを一度でも見れば、柳洞寺の境内に刻まれた破壊の跡から推測するのは容易い。

「え、ええ。私はほとんど意識を縛られていましたが覚えています。彼、そのサーヴァントは湯水のように数多の宝具を使い、悪魔の如き破壊を撒き散らしました。門を守っていたアサシンは破れ、私とアーチャーを動員して、やっとのことで生き残れた。それでも、キャスターとそのマスターは傷を負い、戦える状態ではなかったのですから」

「――あいつか」

「そう、なんでしょうね」

 シロウ達も既に遭遇していたのか、僅かに顔を青くしながら二人で顔を見合わせていた。

「それで、セイバー。貴女はあいつの正体を知っているみたいだけど?」

「――はい。あのサーヴァントの真名は、ギルガメッシュ。人類最古の英雄王であり、この世のあらゆる財を手に入れたとされる、半神半人の超越者。世界に散らばる無数の宝具、そのほとんどが、彼の所有する財を原典としています」

 私を除く全員が意気を飲む。僅かな時間誰も言葉を発することなく、沈黙に支配される。
 そして、凛がやっとのことで搾り出すように声を発した。

「なんて、反則。それじゃあ、あいつは英霊が唯一無二とする宝具を使いたい放題選びたい放題ってわけ?」

「ええ。ただ、彼は所有者であっても、担い手ではありませんから、一つ一つの宝具に対する練度は高いものではありません。しかし、彼にも、彼だけを使い手とする宝具が存在します」

「その口調からすると、それがたいしたことないってことは、ないわよね」

「単純に言えば、私の聖剣では相殺すらできません」

「さっきの、あれ、で?」

「ええ」

 二振りの聖剣による激突を思い出しているのか、凛も、そしてシロウの顔色もあまり良くはない。

 そう――故に最強。数え切れぬ宝具を所有し、最強の聖剣を上回る剣を愛剣とする。
 彼が真に本気になれば、敵う英霊など存在しないのだから。
 しかし、私は幾度も剣を交えながら、自分の力では彼の正体を見抜くことは出来なかった。
 それを何故イリヤスフィールは……。

「イリヤスフィールは、彼のことを知っていたのですか?」

「うん。アーチャーが言ってたから。やられてすぐに気がついたみたいだった」

 その時の悲惨な姿を思い出しているのか、イリヤスフィールの表情はひどく曇っていた。
 サーヴァントを失ったイリヤスフィールの表情は、あの時よりは和らいではいたが、それでも悲痛に満ちていることに変わりはない。
 一度描くことをすることを放棄した光景を、今度は逸らさずに見据えた。
 その言葉が確かならば、アーチャーは致命傷を負ったはずだ。

「よく、バーサーカーを失って助かったわね。イリヤスフィール」

「そう、ね。アーチャーが助けてくれたから。瀕死の状態で私を抱えて城から離脱したの。その離脱する時間をバーサーカーがつくってくれたんだけど――」

 ギルガメッシュ相手では、いくらバーサーカーでも相手が悪い。
 それも、あのような閉じた空間では動きが制限される。ギルガメッシュの宝具を正面から受けては……

「それじゃあ、なんでアーチャーと契約が切れたのかしら。それに、アーチャーの格好が変わっているのも気になるし」

 凛が眉を寄せながら考え込む。

「先にも言いましたがギルガメッシュは、王の財宝、その宝具の名が示すようにほぼ全ての宝具、それの原典を所有しています。イリヤスフィールが言ったように、アーチャーが多数の宝具で傷つけられたのならば、それによって契約が切れてもおかしくはないのかもしれません」

「だけど、契約が切れるだけなら、あんなに変わりはしないだろうし、力も全然衰えてない、というかむしろ力強かった気がするんだけど」

 確かにそうだ。  いくら私の意識が自分の意のままにならぬとはいえ、アーチャーと剣を合わせたときの私は今と比べてもなんら遜色ない。
 いや、単純に比べれば今の私より上だろう。
 一瞬、シロウに視線を向けてしまいそうになることを堪える。
 以前アーチャーと揉めたが、単純な剣技で言えば私のほうが勝っている。
 だが、アーチャーはそれと真っ向から渡り合った。今の私では最悪力負けしたかもしれない。
 そして、その太刀筋は以前とは違って私と――
 あれではまるで、聖剣と同じように、私を反対にしたような……。

「私に、近づいている?」

 それは呟くように発した声だったが、凛の、そしてイリヤスフィールの耳に入ってしまったらしい。

「え?」

「セイバー、よく聞こえなかった。今なんていったの?」

「いえ、ただ……」

「ただ?」

「私に近づいている、と」

「近づいている……。真っ黒に変わる前も随分と似てたけど、確かにどっちが似ているかって訊かれれば」

「今の方が、セイバーに似ている、と?」

 今まで黙っていたシロウが言葉を漏らす。
 その言葉には、あまり自信が感じられなかった。凛にしても同じようで、どこか歯切れが悪い。
 それを取り払うように、イリヤスフィールの声が結論を告げた。

「つまり、セイバーだけがそう感じているってわけね」

「そういうことに、なるようですね」

 曖昧に頷く。だが、それはある種の確信だった。
 性質は似て異なるものだが、確実にアーチャーは私に近づいている、と。
 一度口にしてしまえば、それがまるで真実とでも言うように、私の心はそれを受け入れていた。
 確かな証拠などないというのに。

 無言になってしまったこの場で、凛の口が躊躇いがちに開かれた。

「あいつは、今の姿が本来の自分のものではないって言っていた……」

 その言葉に、私を含めた三人は声に出さず驚く。
 アーチャーは正体を不明とするサーヴァントだが、姿形まで本来のものと違うとは思ってはいなかった。
 凛に向けられた三者の視線は、無言で続きを促す。

「私、一度アーチャーにも言ったんだけど」

 少し、言葉を選ぶように話す凛は、普段と比べてどこか口調が弱い。

「今回の聖杯戦争。さっきのギルガメッシュって奴を抜きにしても、サーヴァントの数が一つ多いじゃない」

 ギルガメッシュの現界については、不振なことなどない。
 説明するのも難しいことではないのだ。
 前回から残っているサーヴァント。聖杯の中身を浴び、十年間もの間、二度目の生を謳歌していた存在。
 確かに、あの時の遭遇は驚愕をもたらしたが、理由さえ判ればたいした事ではない。
 やっかいさ、という点では何も変わらないが。

 あの時の綱渡りめいた勝利を思い出す。
 もう一度あれをやれと言われて、成功させることができるだろうか。あの英雄王相手に。

「それで、自分のサーヴァントだし、キャスターの側にいるあいつが最初はそうだと思ったんだけど」

 続けられる凛の言葉に、思考を中断する。
 キャスターの側にいるアーチャー。紅き衣を纏う騎士。

「本当にイレギュラーなサーヴァントだったのは、私のアーチャーだったんじゃないのかって」

 そう。私が知る聖杯戦争で、登場しなかった人物こそ。目の前の凛を主とする、黒き騎士。アーチャーに他ならない。

「あいつは否定しなかったわ。多分そうなんだろうって」

「それは――彼女は、自分がそうだと、理解していた?」

「ええ。本来ならば、キャスターについているアーチャー。あいつが君のサーヴァントだったのかもしれないって。あいつは言ったわ。『君は知らんだろうが、あいつと君には中々に複雑な事情があってね。いや、詳細は聞かないでくれ。詳しいことまでは知らないんだ』って」

 確かに、私の知る凛のサーヴァントは、彼女ではなく、彼、だった。
 状況は違うが、殿を勤め、バーサーカーと一騎打ちしたのも彼だ。
 彼の戦闘を間近で見るのは今回が初めて、と言っても過言ではない。
 前回は速攻により切り伏せたが、あの時の彼はあまりに脆すぎた。
 その後シロウから、その脆さは何かしら原因があったからで、本来はもっと出来るのではないかと聞いていたが。
 境内での戦いは、双剣を繰り、驚くほどの見事さで英雄王の宝具を凌いでいた。
 身体能力は言うに及ばず、剣の腕も、私に勝っているとは言えるものではなかったと言うのに。
 そして、話に聞いていた“矢”を彼は使おうとしなかった。
 白兵戦を好み、ほとんどクラスを象徴する飛び道具を使わない。それは――
 憶測かもしれないが、二人のアーチャーが似ていることに他ならないのではないか。
 そして二人は同じ“矢”を使用した。

 彼がどのような経緯でもって凛に召喚されたのかは私の知るところではないが、何かしら縁があったのは確かだろう。
 だが、凛に呼び出されたのは彼ではない。
 しかし、今代のアーチャーは二人。

 そして、イレギュラーという観点で考えるならば、私自身もそれに当てはまる。

 二度目、いや、三度目の聖杯戦争。
 第四回と第五回に続けて参加する。その程度なら、まだ説明は付く。
 しかし、五回目を二度、ともなると、これはもう、釈明の余地がないほどにおかしい。

 ギルガメッシュを倒し、穴を破壊してシロウと別れた。
 そして、自身の時代に戻り、アーサー王としての最後を迎えたはずだ。

 だが、覚えているのはそこまで。
 何故、自分がここにいるのか。聖杯を欲する必要がないのだから、参加する理由がない。
 そもそも、自分は英霊なのか。
 霊体化が可能な時点で、すでに、時が止まっているわけではないことは解る。
 死というひとつの終焉を迎えたことを。
 それは確かだ。
 だが、英霊に存在するはずの知識はまったくない。
 それが、英霊として存在するわけではないからなのか、ただ、記憶が失われているのかもわからない。
 もしくは、英霊という存在そのものを掴みきれていない自分自身の無知によるものなのかさえ、識る手段がない。

 そして、何故、私は還したはずの聖剣を所持しているのか……。
 何故、彼女は聖剣を所持しているのか……。

 彼女も、今の私のように自分の存在がイレギュラーだと理解していた。
 その自身を理解していたはずのアーチャーは、何故、逃げ出したのか。

「何故、アーチャーは逃げ出したのでしょうか」

 逃げ出す前のやり取りを、直接聞くことはできなかった。
 二人のアーチャーの対峙。
 ただ、何かを、宣告されたからであることはわかる。

「そうね。結局の所、あの娘は強くなんかないのよ……」

「アーチャーが強くないって遠坂。それはいくらなんでも――」

「ああ、ごめんごめん。単純な戦力ってところで考えればアーチャーは規格外よ。もともとたいした力を持たないはずのアーチャーのクラスのクセに、単純な戦闘力で最優と呼ばれるセイバーに匹敵してるもの」

 そして、私の聖剣ですらアドバンテージにならない。
 単純な魔力の貯蔵量に関しては、現在私のほうが劣っている以上、宝具の打ち合いになればむしろアーチャー方に天秤は傾く。
 だが、凛は自分の従者であるアーチャーを強くないと言う。

「あの娘の弱さは、心よ」

「こ、ころ?」

 軽い驚きをシロウと同様に覚える。
 アーチャーの心が弱いとは、どうしても理解できなかった。

「そう。あの娘の心はとても簡単に傷つくくらい弱い。それこそガラスみたいにね」

「そう、なのか? 俺にはわからなかったけど。まあ、言われてみれば少し不安定だったような気もするけど」

「まあ、衛宮くんに対して何かしら思うところもあったみたいだし。気になってはいたみたいね」

「言われてみれば、確かにシロウに対してどこか手厳しい所がありました」

 そう、私が言えるのはせいぜいその程度だ。
 だが、凛には確信めいたものがある、らしい。

「そうね。とりあえず、そこはまた今度にしましょう。やっかいなのは。か弱いくせに、馬鹿みたいに我慢強いってこと」

 他者との関わりで、何を知ることができるのか。
 今まで見えていたものが偽りでないとは、決して言えない。
 所詮私はセイバーであり、アーチャーではない。
 アーチャーの心。もちろん、それを知ることができないとは言えない。
 だが、私には凛のように。アーチャーの心を、弱いと言い切ってしまった彼女のようにはなれない。
 凛の断定が、かつてのシロウと私のように、相手の内を覗いてしまった結果だとしても。

 私は不意に沸きあがってくる、凛に対する嫉妬を抑えることに意識を裂いた。

「だけど、どんなに頑張って外側だけ硬くしても、中身が変わってないんじゃ、いつか限界が来る。さっきのがそれってことはないと思うけど……多分、あの娘、ひどく無防備になってるみたいだから」

「二人は聞こえなかったかもしれないけど、あの娘、多分、自分を見失ってる」

「見失っている、というのは?」

「何が原因かは知らないけど、自分が誰だかわからないのよ。きっと」

 言葉を失う。いや、微妙に違う。
 何故だか、言葉を発する気にはなれなかった。

 まるで、皆が呼吸を忘れてしまったかのように、息遣いは聞こえない。
 だけど、きっとそれはただの気のせい。
 時計の音ははっきりと聞こえるし、凛の作業する音も同様だ。
 では、何故、他人の息遣いが聞こえないのか。
 それは、自分の吐く息と、鼓動の音が、耳から消えないから……。

「よし、出来た」

 今まで、何かの作業を止めることなくしていた凛の手が止まり、微笑が浮かんだ。
 それと同時に自身の感じていた閉塞感も失われる。

「それは、なんですか?」

「もちろん、アーチャーを家出娘を探すためのものよ。私じゃどう頑張ってもあの娘には追いつけないから、私ができることをするってこと。幸い、今はセイバーがいるしね」

 凛の言葉は抽象的で、どこかはぐらかすように聞こえた。
 だが、彼女の言葉には追求を遮る意思が感じられる。

「本当は、まだ、セイバーには訊きたいことがあるんだけど、それはアーチャーが戻ってからにするわ」

 凛の目には私がギルガメッシュについて、おそらく知りすぎていることについての、不審のような色が混じっていた。
 だが、言葉の通り、今は訊くつもりがないらしい。

「セイバーと衛宮くんが捜索。私とイリヤスフィールはここに残って」

 そのまま、凛は連絡の手段などを説明する。
 終わるまでは何も口を挟めぬ勢いに、私は完全に気圧されていた。

「それでは、ここが襲われた場合――」

 言峰の生死は定かではないとはいえ、この聖杯戦争のカラクリを知るものがイリヤスフィールを狙うことは間違いない。
 ギルガメッシュの狙いも、イリヤスフィールだったのかもしれない。
 先程からまったく会話に参加しなくなった彼女を見る。  凛の話は聞いているようだが、イリヤスフィールの態度はどこか上の空のように感じた。  凛の話に対して、というわけではなく、まるでこの話し合いそのものが馬鹿馬鹿しいとでも行っているかのような錯覚を覚える。そんな無関心めいたものを、イリヤスフィールから感じたような気がした。
 そうして、僅か外へ向いてしまった私の意識を凛の言葉が引き寄せる。

「その時こそ、アーチャーが来てくれると信じてるわ。ラインの繋がりがない? そんなのは理由にならない。ま、来てくれると言っても、奥の手まで使い果たしたその後になるとは思うけど、ね」

 ラインの繋がりを失って――。

「わかりました。行きましょう。シロウ」

 立ち上がり、シロウを促す。
 心配がないわけでは決してない。
 だが、凛の言葉は聞き流せるものではなかった。
 たとえ、ラインの繋がりがなくても。きっと――
 隣のシロウと、今思い描いたシロウは同じではない。
 それに、少し、申し訳ない気持ちを抱きながら、二人で屋敷の外に出た。


 空は、すでに日が天頂に昇ろうかというころだったが、生憎と雲に遮られてそれを見ることは出来ない。
 それが、アーチャーを探すこれからを暗示しているようで、心は簡単に挫けそうになる。
 屋敷の中で、考えていた事柄も、まるで益のない、ただ同じ所をくるくると回っていたような気になってくる。
 それを振り払うように、隣を歩くシロウに声をかけた。

「そういえば、シロウは投影が出来る様になったのですね」

 キャスターとの繋がりを破戒した契約破り、そしてアーチャーと打ち合った夫婦の双剣。
 それを、脳裏に描きながら言葉をかける。
 かつて、失った選定の剣を投影した彼と、シロウは別人だ。
 戻った。戻ってしまった記憶が、愛していた、愛しているシロウを甦らせ、それがアーチャーがいないことと相まって、負の感 情を際限なく高めていく。
 そう、シロウは何も悪くないのに。
 何かが壊れてしまったようで。
 それでも、世界は。私を取り巻く世界は、ただそこに確として在った。
 望む望まぬに関らず……。


 interlude out


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