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 走る――何処へ向かって?

 走る――そんなことは知らない。

 走る――何故走る?

 走る――そんなことは明白だ。

 走る――私は、恐ろしいのだ。

 走りながら見上げた空は、何処までも無情に広がっていた。




 私は、心の奥底から染み出してくる恐怖に耐えられず、逃げ出した。
 そこに居る、大切な者達と言葉を交わすこともなく。
 全力で、逃げ出した。

 何故なら、怖いから。
 自分自身がわからないのが、怖いから。
 自分がわからないような自分が、触れ合っていいような人たちではないと、思ってしまったから。
 自分に、何の価値を見出せなかったから……。

 その考えはおかしい。
 彼女達が私に向けている感情は理解している。理解したうえで、逃げ出すということは彼女達を貶める行為であることもわかっている。
 それでも、今の私に他の選択肢は浮かばなかったのだ。逃げる、ということ以外の。

 走る。石畳を、木の枝を、アスファルトを、家の屋根を蹴る。
 言葉通り風と化すように。全力で、走る。
 息は切れない。だが、心臓は壊れてしまったかのように、早鐘を打ち続ける。
 そんなおかしな自分に、笑いたくなって、それが泣き笑いになりそうで堪えた。

 目的地などない。ただ、逃げ出すだけに走る。
 周りの景色は瞳に映っても、私には見えない。
 ただ、全てから逃げるように走り続けた。
 そうして、最初に、死のにおいがする場所へとたどり着いた。
 走るうち、身を包む鎧は解いてしまっていた。鎧に必要な魔力すら、駆ける力に用いた。
 あまりに凶悪な鎧は、人に見られれば不審の目を向けられることは間違いないだろう。
 だが、今の黒いドレス姿とて、この場に相応しいものとは思えなかった。
 そんなことを、心臓の音に隠れて考えている自分はほんとにちっぽけで。
 私はそんな姿でふらふらとその場所へと足を進める。
 教会の前へと。崩れ落ちそうな体を支えて、歩を進める。
 そこへ行きたいのに、行きたくない。
 矛盾する心を抱えて、それでも私の目は同じ場所へと向けられる。

 何もかも忘れているはずの私が感じているのは恐怖。
 そして、その忘れてしまったことへの焦燥。
 何か、とてつもなく大切なことを忘れてしまった気がしてならない。
 それを無くしたままで、私は大切な人たちと会えない。
 そう、思えてならない。
 何を忘れたのか。私は何を考えていたのか。
 何故この場所を目指すのか。
 衝動に駆られ、そこを目指す。
 そして、最初にたどり着いたのがここだった。

 いや、最初ではない。
 最初に思ったのは、円蔵山の柳洞寺。だが、そこでは何も思い出せなかった。
 それが、ひどく、自分の心を傷つけた気がして。
 そこから逃げたのだ。
 だが、それもすぐに終わった。
 下界へと続く階段。その場所に静かに下りた。
 その階段が、何処か切ないものを感じさせるようでたまらなかった。
 だから、それがわからない自分が許せず、私はここまで走ったのだ。だが――。

 何も思い出せない。
 この場所に何が在るのか。あったのか。
 自分との接点がほとんどない。ここに来たことも自分の記憶に関係があることではない、はずだ。
 だが、自分の中の何かが告げている。
 ここも、自分の中でかけがえのないものの一つだと。
 一点を見つめ続け、私は片膝をついた。
 そして、手を伸ばし地面をなぞる。
 硬い。ただそれだけ。

 それだけを確認すると、私は、この町で柳洞寺とは間逆にあるようにある教会の中へと足を進めた。
 ふと見上げた空は、一面灰色の雲に覆われていた。
 それに僅か眉を寄せ、扉に視線を戻す。
 つい先日入った時とまったく変わらない。ただ、扉を閉めるまでひどく風が冷たかった。
 人の気配は、やはりなかった……。
 教会の主はなく、誰も居なくなってしまったただの祭壇。
 神はなく、そして悪魔もいない。
 数多の供物は長い年月を経て役目を終え、断罪されるものもない。
 ただ、この教会の奥から僅かに、怨嗟の匂いがした。

 何故、私は不快に思ったのだったか。

 教会の奥へと足を進めながら自問する。
 前に来た時と何も変わらない。
 変わったのは自分。ここに来たことも、何をしたのかも覚えている。
 だが、自分の心はわからない。
 そう、不快に思ったのだ。私は。ひどく気分が悪くなって。
 あの時、ここに戻ってきた。

 かつんかつんと、自分の鳴らす硬質な足音が響く。自分以外いない教会で、その音はよく響いた。
 それは心臓の音といっしょに、私の耳へと続く。
 響く音は足音の方がはるかに大きいはずなのに、心臓の音のほうが大きく聞こえた。
 その破裂しそうな心臓に手を添えながら、祭壇の前で足を止める。
 祈るでもなく視線を上げ、そして下げた。
 この礼拝堂で、目に付く異物は床に残った血痕だろう。なのに。
 私には、この礼拝堂が、教会の壁や床がデタラメに破壊された姿に見えたのだ。

 目を閉じ、僅かに頭を振る。
 そんな光景はないし、幻覚でも、ましてや魔術によるものでもないはずだ。
 では、今の光景は何なのか。
 少なくとも、この教会で戦いがあったことは間違いない。
 だが、ここではない。そう、血の跡からすれば、戦いはもっと奥。
 私が悪寒を感じた場所に他ならない。
 それに、一瞬見えた破壊の跡は、戦いなどではなく、ただここを通っただけ、というような気がした。
 それが凄まじい力だっただけのこと、だと。

 そんな考えをいだいたことに、先より大きく頭を振る。
 そんなわけがない。まさか、バーサーカーがここを攻めたわけでもないだろう。

 なのに、礼拝堂から先、地下聖堂への道が、無残に破壊されているように見える。
 見えるだけで、実際には正しく教会は存在している。
 壁や床に穴は開いていないし、柱も倒れてはいない。

「バーサーカー、ではないな」

 小さく呟く。  呟くことに意味はあったのか。そんなことを自問しながら歩き続ける。
 すでに、この目に映る二重の光景を否定する気はなくなってきていた。
 それがなんであれ、自分の記憶を探すものに他ならないと、私の何かが告げている気がした。

「バーサーカーにしては、少々破壊が小さい」

 単純なことを言葉にする。
 破壊した主も申し分ない力を持っているが、バーサーカーではこのような破壊にはならない。
 そもそも、この程度の破壊であれば、戦闘を生業とするサーヴァントであれば労さず為して見せるだろう。
 バーサーカーたる彼がこの教会に突撃すれば、瞬く間に倒壊するはずだ。
 壁に残った穴や、床を砕いたそれから考えるとバーサーカーよりはるかに小さな姿が浮かぶ。
 それこそ私とたいして変わらぬほどの。たとえば、セイバーのような。

 そして、地下への階段の前にたどり着いた。
 比較的、見える破壊は少ない。
 それはここが階段だからか。それも螺旋状の。
 なるほど。確かにここならこれまでの道のように障害をぶち抜く必要はない。最短で移動するなら落ちればいい。

 どうやら、この破壊を為した者は、余程急いでいたらしい。
 まだ、輪郭しか想像できなかったが、階段を転がり落ちる姿を思い描いた。

「クっ――」

 思わず笑みを浮かべる。
 自分の記憶がなくて、まるで少女のように泣きそうだった自分の心が軽くなっていた。
 そう、この光景の中に登場するはずの人物を想像するだけで、私の心は軽くなっていたのだ。

 まあ、ただ軽くなったような気がするだけだが。
 自分については何も解決してないし、皆の所に戻るつもりもない。
 サーヴァントとして考えるならば完全に不忠、失格だ。もっとも、それはすでに逃げ出したところから、か。
 多少冷静になってきた頭で思案する。
 やはり、帰れない。
 今の自分の冷静さも、それこそ気まぐれに戻ってきただけかもしれない。
 自分がわからぬことによる恐怖は、今も自分の胸に巣食っている。
 でも、ただ逃げ出すよりは余程良い。
 闇雲に何かを探すよりはずっと良い。
 階段の壁に触れる。ひんやりとした感触が、指先から流れ込んでくる。
 その冷たさで、恐怖を凍らせるように、今度は意識して笑みを作る。
 階段を降りる音は、心臓の音など気にならぬほど響いていた。

 かすかな死の匂いがする。
 それが、その光景の中でのことなのか、この地下聖堂が本来から持っているものなのかはわからない。
 ただ、それは確かに残っていて、痕跡の見えぬこの聖堂の奥から漏れている。
 死体の安置所。
 そんなフレーズが頭に浮かぶ。
 さりとて、奥の部屋に死体などない。残っていない。
 さて、生きた死体に囲まれて倒れていたのは誰だったか。
 僅かに感じた胸の痛みと共に、一瞬だけ何かが見えた。
 胸を押さえる。
 誰かが怪我をしたのか。
 頭に浮かぶフレーズはとりとめもなく、理解に到るには程遠い。
 そして。

「痛い」

 何かが聞こえた気がして、周りを見渡す。だが、誰もいないのはあきらかだ。

「何処?」

 それでも聞こえてくるのであれば、それは現実とは剥離したものなのか。

「戻して」

 悲鳴にも苦痛にも懇願にも聞こえる声は、先の光景と同じ類のものなのか。

「痛いイタイイタイ」

「返してカエシテカエシテ」

「ねえネエネエ」

 この頭に響く声も、自分の記憶と何か関係があるのか。
 胸が痛い。吐き気を催すほどの痛みだ。それが響く声と共に自分を締め付ける。
 声は頭の中を反響するように、続けられる。
 だが、言い換えれば吐く程度の痛みでしかない。
 はたして、本当にこんなものだったのか。

 自分の胸を見下ろす。
 なだらかに丘を為すそれに、何の傷もない。
 痛みを感じたのは誰だ。

「つっ――!?」

 唐突に視界が遮られる。
 見えるのは一面赤い世界。たくさんの火と、それ以上に消えていく数多くの命。
 炎で焼かれるのであれば、後に残るのは黒い何かだけ。
 なら、この光景を見ているものが、同じような結末を迎えないのはおかしい。
 等しく、黒焦げの何かになるだろう。
 こんな地獄で、何を得たのか。
 死んでしまうはずの地獄で命をもし拾ったとしても、その責め苦を受けた心は無事なのだろうか。
 声は際限なく増え、胸の痛みもまた同じようにひどくなる。
 地獄の中で膝をつく。
 立っていられないほどに痛くなった胸は、まるで穴が開いたようで。
 自分が倒れているような気になってくる。
 胸の穴から流れ出すのは、血だけじゃない。だけどここで――

 この痛みは、地獄によるものじゃない。
 見える光景は紅蓮に包まれた地獄でも、身を苛むのは胸を突き破りそうな痛みだけだ。
   それと同様に、悔しさと、怒りが穴の開いた胸に溢れる。
 だが、穴は開いてない。
 矛盾した中で誰かが、歯を食いしばって答えを。
 だから、その言葉は。誰かの真実に。

 聞こえていた声が、胸の痛みが消えていく――

「う、あ?」

 そして、それが落ちた時に立てた音で、私は目を覚ました。

「なみ、だ?」

 知らず泣いていたのか。両方の目から熱いものが頬を伝っている。
 それが、雫となって落ちたのか。

「な、ぜ?」

 何故泣いていたのかが、わからない。
 ここで何があったのか、何が関係しているのか、わからない。
 胸の痛みが、紅い景色が何なのか、何もわからない。わからない――

 天井を見上げる。視界に広がるのは、無機質なそれ。空など、見えるはずもない。
 だけど、ここで何か特別なことがあったことは分かった。
 自分のことはわからない。だけど、自分がここにいることは、ここでの出来事なくしてはありえないと。そんな気がした。

 部屋に背を向ける。
 まるで、手招きするように影が私の先に佇んでいる。
 私の記憶を探すなら、その影についていけば良い。
   それがここでの光景を作り出したものなのか。判るはずもないのに、何故かそう思った。

 教会の扉を抜け見上げた空は、やはり灰色に覆われている。
 ただ、こうやって空を見上げたのは誰だったのか。
 空を雲が隠してしまうように、私の心も晴れやかとは言いがたい。

「くっ――」

 視線を下げると影が、墓地の方に立っている。
 待っていたのだろうか、私が見ていることを確認するかのように――何もない顔で私を見上げて、走り始めた。
 私の足は、影の後を追った。

 影は決して速くはない。ただ追いかけるだけなら簡単だった。
 だが、それはサーヴァントと比べた場合の話であって、人間の範疇から考えれば規格外といってもおかしくない程度には速かった。
 まるで、人の目を避けるように進む影であっても、人とまったく会わないということはありえない。
 ただ、影は私にしか見えていないのか、たとえ、横を通り過ぎてもその異形に気がつくような人間はいなかった。
 影が他人には見えないのだから、人目を避けるように移動しているのは、私のためなのかと勘ぐってしまうが。
 先にも言うようにまったく会わないというのは無理だった。
 だから、その後を付いて行くときに、私自身の姿を、とらえられないようにすることの方が難しかった。
 教会から離れていくほどに、その回数は増していく。
 まるで教会は命あるものとはかけ離れたものであるとでも言うかのように。
 幸いなことに、自分を探しているかもしれないマスターや、セイバーたちの姿はなかった。
 そして、それは他のサーヴァントたちも同様で。
 俺がわかる範囲では、まったく感知には引っかからなかった。

 そうして、影が降り立った場所は、新都と深山町を繋ぐ橋を越えた場所だった。

「公、園?」

 その場所に降り立った時に、影はまるでそれが夢か幻であったかのようにあっけなく消えた。
 空が晴れているわけではない。だが、時刻にすれば日は天頂にさえ辿り着いてはいないはず。
 なのに、この公園には人気というものがまるでなかった。
 そのかわりとでも言うように人気のない公園の中で、やけに飾られた街灯や噴水やらが存在感を放っている。

「ん?」

 なんとなく、両手を胸の前まで掲げた。
 冷たい。
 基本的にサーヴァントも人間の姿をとっている以上は、ある程度その法則に順ずる。
 寒い外気に長時間晒されれば熱を失ってもなんらおかしくはない。
 それが、戦闘に影響を及ぼすかは別だが。
 だから、私の手は冷たいはずはない。
 私は、夜の寒さに立ち尽くしていたわけでも、佇んだわけでもなかったのだから。

「くっ、また、か」

 教会の地下聖堂の時と同じように、体に痛みが走る。

「よほど、私の記憶には、痛みというものが付きまとうらしいな」

 問題は、この体が感じる痛みが、一つではないような気がするということだった。

「ぐっ」

 全身が焼けるように痛み、それと同時に体が二つに分かたれてしまったかのように痛む。
 むろん、現実に体には何の異常もなく、怪我一つない、はずだ。
 だが、まるで魂が記憶していたかのような痛みは、たやすく私の体の機能を奪った。

「あ、あ――」

 目が光を失い、視界が闇に堕ちていく。
 自分の感覚がつかめなくなり、立っているのかどうかさえわからなくなる。

「く、はは。私という奴は、どこかおかしいのか? こんな、のを経験して、何で生きている?」

 こうして喋る声も、自分のものなのに聞きづらくなっていた。
 はたして、本当に声を出せているのか、それすらも定かではない。
 胸の痛みも、ひどいものであった。
 教会で味わったあれも、死にはひどく近い。
 だが、今回のは別格だ。死に近いんじゃない。死んでなきゃおかしい。

「まさか、ゾンビでもあるまいし、記憶を、取り戻す、というのも――楽じゃない」

 ああ、そうだ。全身を焼かれていることより、ともすればずり落ちそうな上半身の方がいただけない。
 でもまあ、立ったのだろう。
 光のない目でそう信じる。
 でも、見えないってことは、立ったのは私ではなく
 焼かれたことは、ひどいことだけど。致命傷じゃない。
 見えないし、大地の感触も感じられないけど、時間が立てばすぐに元通りになれる。
 立ったのだろう。
 傷ついた誰かは立ったのだろう。
 己を焼かれたのだとしても、二つに断たれかけたのだとしても。
 ただ、誰かは何で立ったのか。
 何故立ったのか――

「はっ――!?」

 初めから倒れてなどいなかったのか。私は最初降り立った場所から変わらず動いていない。
 ただ、光の戻った目が最初に映したのは、光を失う前と寸分変わらぬ景色。

 その視線をゆっくりと地面に落とす。何もない。戦いの残滓もなく、この場所は平和に保たれている。
 だから、その地面に手を付いて、己の感じた痛みをかみ締めた。
 そう、誰のものでもない、あの痛みは自分のもののはずだ。
 また空を仰ぐ。空は変わっていない。
 だけど、空がいつも今みたいなわけじゃない。
 それこそ数え切れないくらい、空は表情を持っている。
 じゃあ、それを知る私は、数え切れないほど空を仰いだのだろうか。
 何を思って?

 ふと、視界の端に、手招きする黒い影が見えた。




 interlude




「そういえば、シロウは投影が出来る様になったのですね」

 アーチャーの捜索で家を出て初めてセイバーが発した言葉が、それだった。

「ん、ああ。そういえば、セイバーには話してなかったっけ」

「ええ。まあ、シロウが投影を使えることには気づいていましたが」

 後ろめたそうな顔をするセイバーは、どこか申し訳なさそうにしている。

「あー、もしかして土蔵か?」

 投影に拘らず、魔術のことは土蔵に多くその跡が残っている。
 セイバーが俺の知らない間にそこを覗いても、まあ仕方ないのかもしれない。
 何しろ、あそこで寝てしまい夜を過ごしてしまうような人間なのだから。俺は。

「そ、そうですね。あそこで妙なものを見たものですから」

「あれは、強化の気晴らしにやってたようなもんだから。それに、中身のない出来損ないしか出来なかったし」

 なんとなく、セイバーが慌てていたような気がしたが、とりあえずは指摘せずに続ける。

「そういった意味では、きちんと使えるようになったってのは割と最近ってことになるのか」

 もっとも、投影に成功したものにも随分と差がある。
 ランサーとの戦いで、最初に成功したものに、それ以降の物はとどいていない。
 二つとも土蔵に残っているから、比べるのも容易だ。
 もっとも、比べるなんておこがましいほどに差があるが。

「しかし、どういった経緯で投影に成功したのです?」 
  
「あ〜、いろいろあって、かな」

 俺の口調から察したのか、セイバーの眉に力が入る。
 それに、こころなしか肩も怒っているような気がした。あくまで、俺の印象だが。

「つまり、話せば私が怒るようなことをしでかしたわけですね」

「そう、なるのかな。だから訊かないでくれると助かる」

「まあいいでしょう。いろいろ言いたいこともありますが、無事なら不問とします」
 簡単に引き下がってくれたことに、心の中で安堵した。セイバーは相当な頑固者で、前にもひどく衝突したのだ。
 あれは――

「しかし、アーチャーの双剣に、キャスターの呪剣、ですか。他には投影しようとした剣はないのですか?」

「え? ない、けど。どうしてだ? セイバー」

「あ、いえ、特には」

 顔をセイバーは紅くして俯く。
 変な質問じゃないのだから、そこまであわてる必要はないと思うのだが。
 セイバーの気分を紛らわすつもりで話題を変える。
 それにもともと、目的はこっちなのだから必要なことでもある。

「それより、アーチャーはこのまま歩いて探すのか?」

「ええ、そうですね。歩きましょう。なるべく、シロウとは離れたくない」

「そうか、って、ええ!?」

「ふ、深い意味はありません。バスなどで移動した場合、いろいろと不都合がありますから」

「それは、そうだろうけど。セイバー」

「なんでしょう、シロウ」

「なんか、さっきからおかしくないか?」

「っつ――」

 結局我慢できなくなってしまって指摘した。
 セイバーが息を呑む。いつも揺ぎ無い瞳が、どこか揺れている。

「すみません。私シロウが思っているほどに、強くないのです」

「強くないって、セイバーが?」

「もちろん、剣をとっての戦で負けるつもりはありませんが――」

 なるほど、そういった面での強さではないということか。 

「なんだ、アーチャーにそんな所も似てるんだ」

「そう、かもしれません。ですが、私は――いえ、なんでもない」

「とにかく、私達ができるのはこうして歩き回って、探すしかないでしょう。凛の方がうまくいけば、何か連絡をくれるでしょうし」

「そうだな。何をしてたのかはわかんないけど。遠坂の実力は本物だ。ところで、もし遠坂が見つけたとして、どうやって連絡をくれるんだ?」

 最後の言葉はセイバーにではなく、自分に問いかけたものだ。
 簡単に相手との通話が可能な文明の利器を、俺は持ってない。
 だとすると、連絡は魔術的な手段ってことに。

「まったく」

「どうしたのです? シロウ」

「いや、まだ見つけてもいないのに、見つけたときの算段をしてた。まったく、呆れるくらい未熟だよ、俺は」

 何しろ、今回の捜索は、襲ってくるとわかっていたライダーや、一所に留まっていたセイバーとは違う。
 本当に何処にいるかわからないという点で、やっかいさは尋常ではな――

「いっ――!?」

 一瞬頭に入った痛みの亀裂に眉を寄せる。

「どうしました!? シロウ!」

「いや、大丈夫。ちょっと、頭が」

 俺が言葉を発すると同時に、セイバーの気配に緊張が入る。
 大丈夫といった手前、平気な顔をしなければならないのだが、頭痛はどんどんひどくなっていた。

「シロウ。サーヴァントが来ます。注意を」

 そんな時に限って、イベントというものは起きてしまうのか。自分の妙な境遇には本当に呆れてしまう。そして。
 どうやら、やってくるサーヴァントは俺達の探している方ではないらしい。
 それは、セイバーの何かを邪魔された時のような悔しげな表情からすると明らかだった。
 セイバーの視線の先から、赤い姿が降り立つ。

「つ、てめえか」

 心底嫌な奴に会ったと、顔を歪める。
 頭痛はほとんど一瞬で消えたために、本当なら顔を顰める必要はないのだが、こいつの前なら仕方ない。
 だが、それは奴も同様らしく、同じように苦りきった顔をしていた。ただ。

「その傷で何のようですか? まさか戦いに来たなどと冗談を言いに来た訳ではないでしょう」

 そう、セイバーの言葉の通り、奴の姿は傷だらけだ。満身創痍と言ってもいいだろう。
 ただ、あまりに、傷ついたその姿は、その表情の原因が、痛みからによるものなのか、感情からくるものなのかをわからなくしていた。

  「まさか。戦うつもりなどない。やっとのことで、ランサーから解放されたのだからな」

「ランサーを倒したのですか?」

「いや、彼は私以上に生き汚くてね。私以上にピンピンしている。まあ、今頃はどこかを駆けているのだろうよ」

 苦い顔をさらに苦くしたような、もうこれ以上ほどの渋面でぼやいている。
 だが、俺達の、特に俺の視線から、自分が招かれざるものだと言うことは理解しているらしい。
 俺の視線に対して皮肉な笑みを浮かべると、アーチャーは口を開いた。 

「無論。会いたくて貴様に会いに来たのではない」

「じゃあ、何のようなんだよ」

「こちらとしても、これは予期せぬことだったのだ。私が会いたいのは貴様ではない」

「じゃ、誰にって。まさか」

 アーチャーを追っていたのか、と言う言葉を飲み込んだ。
 目の前の男の言葉で、あの時アーチャーはおかしくなった。

「なるほど、強い残滓の方を追ってきたが、その結果が貴様。ということは、そうか」

「何を一人で納得してやがる」

「ふん。お前に言ってやる義理はないが。そうして激昂すればするほど、ことはうまく働くかもしれんな」

 説明する気がないのか、意味のわからぬことをアーチャーは口走るだけだ。

「どちらかといえば、あいつは――瓦解するのも容易いだろう。もっとも、あれはあれで何かの希望もある気がするが――」

 だから、何を言っているのかわからない――そう言おうとして機先を制される。
「これは言っても無駄かも知れんが、そう、悲観することもあるまい。貴様が探さずとも戻ってくるだろうよ」

「なんで、そんなことがわかる?」

「言ってもわからぬ輩に、話してやる意味はないな」

「私が貴方をここで討つ、とは考えなかったのですか?」

 黙っていたセイバーが本当にポツリと、小さな声で呟く。だが、それははっきりとした問いだった。
「ふむ。それは君達と会った際に考えないでもなかったが。そもそも、その気がない者相手に必要あるまい」

 確かに、セイバーはサーヴァントと相対しているというのに武装すらしていない。いくら一瞬でできることとはいえ、戦うつもりなら武装をしない理由はない。

「なるほど。見破られていましたか」

「まあいい。そこの小僧も、おそらくは重要になってくる。探すなとは言わんが、今日が終わる前には必ず戻れ。それが一番の近道だろうよ」

 そう言ってアーチャーはこちらを向いたまま後方に飛び上がる。
 あまりに一方的な宣言は、何処までも不快に思えたが、その反面。
 奴も、アーチャーの記憶が戻って欲しいのではと、僅かだけだが思ってしまった。



 interlude out



 前を走る影は、今朝通った道を逆に疾走する。
 舗装された道を逸れ、再びアインツベルンの森へと私は足を踏み入れた。
 影の姿は深い森に遮られ、ひどく視認しづらい。私の視力をもってしなければ見失っていたかもしれない。
 もともと太陽に光が射してない上に、森の木々が空さえも遮ってしまっているのだから。
 順番からすれば、妙なことこの上ない。
 柳洞寺、教会。橋。そして、郊外の森。
 魔力自体は、まだ余裕があるとはいえうかうかしていられるものではない。
 消えるはずだった自分が消えなかった、という以上はともかくとして。
 いくら不調がなくても依代なしに現界できるのはさすがに丸二日が限度だろう。
 それが私のクラススキルの限界だった。まあ、多少は無理できる、かも知れないが。
 その時になってみなければわからない。
 それまでに見つけられなければ……。

 私は自分が消えることを望むのだろうか。

 代わり映えのない森を疾走しながら、気持ちが沈んでいくのを止められずにいる。
馬鹿みたいに、気持ちが浮き沈みするのも、記憶がないせいなのか。
 それとも、私自身が元々持っていた性質なのか。
 はたして――

「ん?」

 アインツベルンの城まで行くのかと考えていたが、どうやら違ったらしい。
 リズとセラにイリヤを置いてきたことを咎められることを覚悟していただけに、少し気が楽になった。
 イリヤに謝り倒すことは間違いないが。

「く、は、はは――」

 さっきまで消える消えないを悩んでいたくせに、すでに戻る算段とは。
 思わず顔を手で覆って空を見上げた。
 森なんかなくても、手の平で空は見えない。
 自分があげる笑い声も、どこか乾いていて、遠くまで響くことなく消え去っている。

「ああ、すまない。またせたな」

 廃墟の前に立っていた影は、まだ消えずにどこか呆れたように方を竦めた。
 そのまま親指で廃墟の入口を示すと、霞のように消える。

「まったく、この影について行こうなんて考えた私も、どうかしてる」

 悪態をつきながら、廃墟の入口へと足を進める。
 やはりただの幻覚なのか。影に対しての判断を着きかねてるくせに、ついていくことに何の躊躇もないのがおかしい。
 もう、ここに来るのは三度目だろうか。場所柄を考えると、中々の頻度だ。
 逃げた場所。

「なんで、これが三度目なんだ?」

 そんな疑問が頭に過ぎる。
 単純だ、見つけたときと逃げ込んだとき。そして今。
 だから三度。
 しかし、何故私はアインツベルンの城に直接行かずに、ここに来たのだったか。
 疑問を封殺して廃墟へと近づく。

 廃墟。その言葉ほど相応しいものは無いといえる建物だ。
 それは緑に侵食された亡骸か。
 近づいて壁をなぞる。
   そして、廃墟の中へ。
 一階は木々に侵食されすぎて、ほとんど機能を失っている。
 と、なれば二階なのだが。
 ここに居たのは一日も前ではない。
 それなのに、ここに来る理由とは。
 やはり、ここには夜具があるだけだ。
 階下に比べればまだましとはいえ、ここで何かあるとは思えない。
 確かにイリヤと夜を過ご――

「うっ、あ――?」

 唐突に体に異変を覚える。
 前の二回は、体の痛みだったが、これは――。

「何、甘、い?」

 何か熱いものを口にしたように。
 咄嗟に手を口元へと伸ばす。
 体が、熱い。
 ただ、それは身を焼くような熱さではなく、誰かと触れ合うようなそれ。

 ふらふらとベッドに腰掛ける。
 頭の中が白くなっていく。
 まるで夢の中に居るような心地になっていく。
 吐く息まで、どこか熱を持っているような気になってくる。
 視界が霞んで見えるのは、涙なのだろうか。
 そして、どこか耐え難い何かに押し流されるように私の意識は白く落ちていった。



「――ん、んん?」

 壊れた窓から空を見る。
 それが一瞬夜明けを映しているように見えて慌てた。

「うっ、わ」

 それで慌てすぎたためかベッドを滑るように落ち、結果として自分の尻を強かに打ちつけた。
 だが、そのおかげで目が覚めた。
 空は、変わらず灰色の空。夜明けなど来てはいない。
 一体どれくらい、眠っていたのかはわからなかったが、そう、たいした時間ではないかもしれない。
 そんなことを思いながらぼんやりと空を見上げる。
 今回のは特に意味がわからない。
 なんとなく、満ち足りたような気がするのは確かだが。
 雲がゆっくりと流れていたが、あまりに大きく、広く空が晴れる様子はない。
 ぼんやりとしているのは、さきの眠りの余韻なのだろうか。

 そんなどこか安らかな空気を、違うものが押し出す。

「なるほど、こんな所にいれば小僧と間違うはずだ」

「なっ、アーチャー!?」

 予期せぬ来訪者に、心臓は壊れたように跳ね上がった。
 慌てて立ち上がり、奴の真正面に立つ。

「ふん、何故ここに、なんて質問はするなよ。お前とて本気で逃げていたわけではあるまい。そうでなければ、ここまで不規則に移動する必要もないからな」

「――なんのようだ」

「ふむ。思ったよりは……」

 アーチャーは私の問いに応えず、思案するように眉を寄せる。
 そのことに抗議しようとした私の先をとるように。
 奴の視線が私を射抜いた。 

「衛宮士郎に会え。それがまあ、一番の近道だろう。もっとも、それはどちらにとっても災難になるだろうがな」

 そう言ったアーチャーはくつくつと、似つかわしくない笑みを浮かべる。
 そして、用はそれだけだと私に背を向ける。
 それで、初めてアーチャーが傷だらけだということに気がついた。

「邪魔をしたな」

「アーチャー、お前」

「ふん、勘違いするな。お前と違って、まだ切れたわけではない。まあ、セイバーの気持ちというものは少しわかったがな」

「ん? セイバー、の?」

「そうか、そうだったな。セイバーはそれほど不都合してなかった、か」

 溜め息をつくようなアーチャーの姿は、大きな体をどこか小さく見せた。

「お前が本当にそうなら、覚えているはずだ。思い出す必要さえない。そう、俺達は地獄に堕ちようと忘れないと、あの時思ったはずだからな」

 そう言い残すと、アーチャーは窓から木に飛び上がり、そのまま森の入口へと去っていった。

「思い出す、必要が、ない。 馬鹿な、私は――」

 壁に、手をつく。記憶を失ったままでいたくない、その気持ちは間違いないはずだ。
 一度なら、まだ耐えられる。だが、二度は? 三度は?
 ぐるぐると回る思考を止めようと、森の景色を見る。
 はたして、何か気分を落ち着けるものがあるのか、と問われたら否といわざるを得ないはずなのだが。

 いつの間にか、外に影が立っている。

「次は、どこだって言うんだ?」

 影は付いて来い、と走り出す。

「思い出す、必要がないだと? ちぃっ」

 アーチャーの残した声が、頭から離れずにいる。
 僅かに見える空を仰いで、走り去った影を追おうとして、瓦礫に躓いた。

「あっ」

 手が、何かを探すように宙を彷徨い、敵わずして倒れそうになる。
 だが――

「えっ?」

 まるで誰かが彷徨っていた手を取ったかのように、私の体は宙で止まっていた。
 そして、何故だか顔が上気する。

「つっ――――――!?」

 それが本当にわけがわからなくて、瓦礫を蹴る足に力が入った。




 ライダーが死んだビルで空を見上げる。
 空を裂いたのは何故だったのか。



 何度も凛と行った学校で空を見上げる。
 紅く染まったそらを、裂いて飛び込んだのは誰だったのか。



 瓦礫と化した道路に倒れて空を見上げる。
 消えていく意識の中、見たのは何だったのか。




「次は、ここ、なのか」

 太陽が沈み、深い闇が支配する夜に、消えかけている影が示したのは、衛宮邸。
 主たる凛の屋敷よりも長い間過ごした、武家屋敷だった。
 影は、塀をするすると昇り、敷地の中に入っていく。
 確か、このあたりは……。

「ふっ――!」

 一息で、塀に登り、音もなく降り立つ。
 どうやら、影が用があるのは土蔵らしい。

 霊体化できない身でさすがに屋敷の中に入るのは難しいと思ったが、土蔵なら何とかなる。
 もっとも、すでにセイバーには気づかれているだろうが。
 気づいているはずだが、動く気配がないようだが。
 まあいい。その方が、やりやすい。

 影は土蔵の前で待っている。
 さすがに扉を開けることはできないのか、何となく手持ち無沙汰にも見えた。
 扉を開く。静かな夜に、微かに扉が軋む音が響く。
 影は私が扉を開いている間に、するすると中へ入っていった。



 interlude



「どうやら、戻ってきたようですね」

 何気ない口調で言い出したのはセイバーだった。
 さっきまでもくもくと食べていた箸を止めて呟く。
 
「ちょ、ほんと?」

 遠坂がテーブルを乗り出しながらセイバーに顔を近付ける。
 鼻先が触れ合いそうになるほど近づきながら、テーブルの上の食事にはまったく触れてないのがすごいといえばすごい。
 だけど、遠坂がここまで大きな反応を示さなかったら、俺の方がこんな風になっていたかもしれない。テーブルの上の平和が保たれていたかはわからないが。

「ええ。どうやら、土蔵の方にいるようですが」

 それよりも、あくまで無表情なセイバーが気になる。
 遠坂は気づいてないようだが。それどころでもないのだろう。

「そう、帰ってきたのね。あいつ」

 そう行って立ち上がろうとした遠坂をセイバーが止めた。

「待ってください、凛。行くのは、もう少し待ってくれませんか?」

「もう少しって、なんでよ」

「それは――」

 言いにくいことなのか、セイバーの瞳が揺れ、表情が曇る。

「セイバー。それは、奴が、アーチャーは戻ってくるって言ったからか?」

「奴って? 聞いてないわよ」

 もちろん、言ってないのだから遠坂が知っているはずがない。
 結局、一日探しても見つからなかったためか、遠坂の機嫌は決して良いものではない。
 まあ、そのおかげで連絡手段がなかったことも、問題ではなくなってしまったのだが。

「もう、およしなさい、リン」

 今まで黙っていたイリヤが、セイバーに言葉を放とうとした遠坂を止めた。

「イリヤスフィール!」

 結果、遠坂はセイバーに開きかけた口をイリヤに向けることになる。

「どうしてよ」

「リン、貴女がアーチャーのことを心配していることはわかってるわ。もうじき、アーチャーのクラスが持つ、クラススキルの恩恵も尽きてしまうってことも」

「そうよ、そこまでわかっているなら」

「だからよ。消えるってことはアーチャーだって理解してるはず。それでも逃げ出したんだから。その覚悟もあったはずだわ。そして、戻ってきた。そう、戻ってきたのよ。貴女が、貴女たちがいるここに」

 遠坂が、僅かに気を静めるように息を吐く。

「そうね。まだ私達の所に顔を出してないことは気に食わないけど」

 そして、その声に宿る。ほんの僅か混じっているその感情は隠しきれない。

「戻ってきたのね」

 セイバーは、凛から向けられた言葉に首肯する。

「だから、あと少しだけ待ってあげなさい。きっと、もうすぐ、アーチャーの探し物も見つかるのよ。きっと」

 イリヤはそう言うと、目を閉じて、ゆっくりと開いた。

「だけど、待ってるだけじゃ、どうしようもないわ。そうね、五分。五分だけ待ってから、皆で行きましょう。それで良いわね、リン、シロウ、セイバー」

 遠坂が結局どっちなのよと呟くのが聞こえた。
 だが、それで納得したのか傍目にもしぶしぶと承諾する。

「わかったわよ。きっちり五分だからね」

「ああ、わかった」

「ありがとう、イリヤスフィール」

「私だって、もう眠いんだもの。そんなに待ってはいられないわ」

 にっこりと笑う姿が、敵だったことを忘れるくらい可愛かったことは、心の中に仕舞っておこう。



 interlude out


「そう言えば、雲はなくなってたのか」

 暗いながらも、差し込んでくる光がどこか美しい。
 差し込む光を背に、土蔵の奥の壁まで歩く。
 指でなぞると、やはりというかひんやりとした。

「ふっ」

 そのまま体を180度回転させて、壁に背を預ける。
 そのままずるずると座り込むのに、数秒もかからなかった。

「ころされて、たまるものか?」

 何となく頭に生まれたフレーズを口にする。
 意味はわからないが、その言葉は今にも殺されそうなものが放つ言葉であることは間違いない。

「こんな場所で殺されかける、人間」

 そう、単純なことだ。
 英霊とはなんだ。それは必ずしも過去の人物なのか。
 ああ、セイバーやランサー、バーサーカーやギルガメッシュ。此度の戦いに呼び出されたほとんどの者はそうなのだろう。

「だが、私はアーサー王では、ない、はずだ」

 そう、私はセイバーではない。
 右手にエクスカリバーを握る。
 何故、これを持っているのか、何故これを使えるのかはわからない。
 こいつを持っていることに疑いはなかったし、真名を唱えることにも迷いはなかった。
 そう、セイバーとの宝具の打ち合い。それ以前にも使ったような気がする。
 それは、一日かけて出歩いた結果、ぼんやりと思うことのできた成果だ。

 私が見たもの、感じたものは、一人分ではなく二人。
 そう、混戦している。
 つまり、どちらかが本者で、どちらかが偽者。

「あれ?」

 ふと気がつく。扉は閉めていただろうか。
 いつの間にか差し込む空の灯がほとんどなくなっている。
 光の大部分が、開いた扉から差し込んでいたのだから、それが閉まってしまえばおのずと灯は少なくなる。

 その扉が、音を立てて開いた。

「あっ」

 その光景を、座り込んだまま私は見ている。
 ゆっくりと開く扉は、夜気に悲鳴染みた音を流す。
 少しづつ、月光が差し込み、扉を開くものの姿を照らし始める。

「セイ、バー?」

 しゃらん、という華麗な音。
 だが、そんな音がするような格好をセイバーがしているわけではない。
 白い服は確かに清楚だが、そこに華美なものは含まれてはいない。
 ただの服が、そんな音を立てる筈がない。

 その姿に、無骨な鋼が重なる。
 目の前のセイバーの姿が、戦う装束を纏った姿と重なる。
 月が闇を冴え冴えと照らし、自分の鼓動の音すら聞こえぬ静けさに包まれる。

 そして、セイバーの唇がゆっくりと開かれ

 私の時間が、止まった―――


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